とけてゆく_2
この記事はマスクドnote企画投稿作品です。
【ゆきのしたチーム 2 エッセイ】

誰しもひとに言えない思い出のひとつふたつ、あるものでございましょう。
今宵の旅人は私でございます。行先はどこでありましょうか。どうぞゆるりとご堪能くださいませ。
◇◆◇◆◇
空港に着陸すると、機長の沖止めを知らせるアナウンスがあった。
何度かこの地へ降り立ったが沖止めは初めてのこと。普段と異なる旅なのだと、覚悟を促された気がした。沖止めの理由は積雪と凍結である。空は雪雲に覆われたが、行先変更はなく待ち合わせの空港に着いた。
あの日北国生まれのその人は、白い肌を真っ赤にしながら白い大きなテディベアを抱え、わが家を訪問したのだった。あの日から半年ぶりの再会。
雪と氷に覆われた景色は、かつての婚約者と歩いた街並みを脳裏によみがえらせた。記憶に舞う小樽運河の雪。ガス灯のやさしい色が、あの耐え難い痛みを再び胸に刻む。痛みと決別するために、その腕に抱かれるためにこの地を訪れた。
雪道のドライブをこの日初めて経験した。
どこまでも続く銀世界に時間の感覚すら奪われ、いつしか甘美な空想に耽ってゆく。ほんとうは何者かもわからない相手に今、すべてを…命を委ねている。静かな情熱が熱い潮流となり全身を駆け抜ける。たまらず自身を抱きしめた。
雪に覆われた支笏湖。どこまでも深く澄んだ湖面は青く、凍らないことが却って冷たさを私に教える。赤い山線鉄橋は雪化粧を施され、樹氷の華が咲き乱れる。氷爆の容赦ない迫力と美しさに胸を打たれる。心に刺さった氷の刃は未だ解けていない。独りで訪れようものなら湖底の花嫁となっていただろう。
私たちのほか誰もいない冬の湖に、壊れた過去をそっと手放す。温かくも情熱をたたえた眼差しを受けながら、
―今度こそ、忘れられる。
暗くなる前に札幌市街へ。料理に舌鼓をうち、足湯をつかいマッサージされる。このうえなく丁寧に扱われ、境界線の氷解する音が聞こえた。
やがてその肌に溺れながら…最初で最後の札幌の夜、熱に浮かされていたかもしれない。解けてゆく氷の刃と私とを、彼の人は一滴残さず飲み干し味わい尽くした。
この日以来、小樽の街を思い乱れることはなかった。
恋人のように余韻を残しては離れがたくなる。それでもこの二度とないであろう瞬間を、互いの内側に刻みつけたい。
出発ロビーにて口づけを交わす。あとは振り返らなかった。
互いに事情を抱えながら求め許しあった夜を胸に、これからも私の旅は続いてゆく。
( fin. )
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