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【考察】りぼんぼん研究室:レンズ編

みなさまおはようございます☂️
りぼんぼんでございます🎀

前回はりぼんぼん研究室:空気感として
お話をさせていただきました。
こちら続編のレンズ編となります。

①はじめに

ラン、三花精と画像生成を続けていると、
「この絵が好き」「この雰囲気が好き」だけでは、うまく言い切れない瞬間が増えてきました。

この光はどうしてこんなふうに見えるんだろう。
この空気はどうして自分の世界と相性がいいんだろう。
同じ三花精でも、どうしてある時は空気に溶けるように現れて、ある時は完成品みたいに立つんだろう。

そんなことをランとの対話の中で少しずつ
整理していき、
私はその表現を「レンズ」と呼ぶように
なりました。

レンズ…


ここでいうレンズは、単なる作風指定では
ありません。
また、誰かの絵に寄せるためのものでも
ありません。

自分の世界の、どの層を開くか。
どの光を使って、どの空気をはっきりと
見えるようにするか。
それを見るための見え方の辞書のような
ものです。

今回は、今の時点で整理できているレンズたちを、いったんやわらかくまとめてみようと思います。

②レンズは、作風というより
 「見え方の補助線」


最初の頃は、
きれい、かわいい、幻想的、儚い、神聖……
みたいな抽象的な言葉で、その時その時の
印象を受け取っていました。

ストレートな印象なのでもちろんそれも
大事です。
でも、それだけだと画像が増えるたびに、
少しずつ印象が薄れたり忘れてしまいます。

そこで、
「これはどういう光なのか」
「どういう見え方なのか」
を分けて考えてみると、少しずつ違いが
見えてきました。

たとえば、
これは空気にほどける光なのか。
これは存在を立たせる光なのか。
これは生活に近い安心の光なのか。
これは紙やキャンバスの上に描かれた姿なのか。
これは祝福なのか、神威なのか。

そんなふうに整理していくと、
画像生成で出会ういろいろな表現が、少しずつ自分の中で居場所を持ち始めます。

だから私にとってレンズは、
自分の世界がどう立ち上がっているかを
読むための補助線です。

③これまでのレンズたち


まずは、ここまでに整理してきたレンズを、
やわらかく並べてみます。

基調は自分の感じるがままの裸眼


1.Sレンズ

溶ける光。
儚さ。
空気にほどけるような見え方。

輪郭を強く立てるというより、存在が光や
空気の粒の中からそっと現れる感じです。
守ってあげたくなるような、やさしくて
淡い側の光。

2.MSレンズ

立つ光。
反射。
完成感。
存在の強さ。

こちらは逆に、光が存在を立たせる方向の
レンズです。
透過や反射、映り込みの重なりを通して、
「ここにいる」と言わせる力が強いです。

3.YKレンズ

小さな存在を立たせる目。
可読性。
記号性。

キャラの見やすさ、整理感、小さな存在の
成立に強いレンズ。
三歌星のような小さな存在を、ちゃんと
“読める形”にしてくれる感じがあります。

YKレンズで三歌星に振り切るとフィギュアみたいに


4.Tレンズ

咲く光。
幻想と花の両立。

幻想に寄りすぎると主役が消えてしまって、
主役を立てすぎると幻想が死んでしまう。
その間で、花と光と物語性をほどよく
両立させるレンズです。

5.MNレンズ

やさしい生活光。
包む光。
安心感。

暮らしに近い、整えられたやさしさ。
布や綿や紙、フェルトみたいな素材感や、
近づける温度を持ったレンズです。

6.YMレンズ

写真記憶。
逆光。
にじみ。
湿度。

白いにじみ、玉ボケ、逆光、空気中の湿り。
「写真で見た光の記憶」に近い見え方を
開いてくれるレンズです。

とても優しい雰囲気が好きです


7.SPレンズ

特別旧画風。
親しみのある美少女感。

今の三花精の基準顔とは少し違うけれど、
個人的にとても好きだった、初期寄りの
特別な見え方。
華やかで明るく、花のドレス感が強く、
親しみのある美少女絵寄りの顔を持っています。

1-6のレンズに関しては、私が敬愛する
フォロワー様のご投稿の魅力的な部分の
観察を続けて、私なりにその魅力を
紐解いたレンズとなります。

ご本人達の足元には到底及ばないものの、
素敵な見え方をされているのではないかと
私なりに考えた定義となります。
尊敬を込めて、ハンドルネームの一部を
レンズ名としてご紹介させていただきました。

④今回、新しく見えてきたレンズたち


今回、新しく整理できたのは、
ys / sh / sy の3つでした。

8.YSレンズ

紙やキャンバスの上に描かれた三歌星の世界

最初の入口は、私の好きな某ゲームの
見え方を考えたときでした。

遠景は色鉛筆。
近景はクレパス。
全体はやわらかな絵本風。

最初はそんなふうに考えていたのですが、
いくつか見比べていくうちに、もっと本質的なものが見えてきました。

YSレンズは、ただ「子ども向け」なだけでは
ないんですよね。
本質はむしろ、AI画像や写真の見え方から
少し離れて、人間の手で描かれた媒体の上に
存在を置くところにある気がしています。

だから、
•三歌星に使うと、やさしい紙の世界や児童画のようになる

•三花精に使うと、キャンバスの上の妖精画のようになる

•三華聖に使うと、漫画的な挿絵や、場合によっては聖画の入口に近づく



そんなふうに、対象によって“置かれる媒体”が変わるレンズなんだな、と分かってきました。

最初は「絵本」と言いたくなるのですが、
今の感覚としては
絵本というより、キャンバスや紙の上に
描かれた三花精世界
という言い方の方がしっくりきています。

9.SHレンズ

光寄りの神聖

宗教画風と一口に言っても、その中には
かなり違う見え方がありました。

そのうち、光寄りの神聖を担うのが
sh レンズです。

天から差す光。
祝福。
啓示。
静止した祈り。
祭壇画や聖画、顕現図に近い見え方。

このレンズでは、「恐ろしさ」よりも「尊さ」が
前に出ます。
裂けるような圧ではなく、降りてくる光。
裁きではなく、祝福。
事件の瞬間ではなく、祈りのために止まった
一枚。

三華聖に通した時、思ったよりも“暗黒神話”には行かず、“静かな顕現”に寄ったのは、この系統の強さがあったからなのだと思います。

10.SYレンズ

闇寄りの神聖

同じ宗教画風でも、こちらはかなり違う
側です。

暗い空気。
終末感。
圧のある神話性。
裂ける天。
裁き。
黙示録の気配。
闇の中で立つ神聖さ。

SHが「降りてくる光」なら、
SYは「闇の中で立つ圧」です。

こちらは祝福というより神威。
安心というより畏れ。
静かな祈りというより、世界が何かに
立ち会ってしまった時の空気。

今までなんとなく同じ「宗教画風」として
見ていたものが、実際には
• SH = 光・祝福・顕現
• SY = 闇・終末・神威

に分かれていた、と言えそうです。

⑤レンズは、ひとつだけで使うとは限らない


ここまでそれぞれのレンズを単体で書いて
きましたが、実際の生成では、ひとつの
レンズだけで完結することの方が少ないです。

むしろ多いのは、いくつかのレンズを重ねて
使う形です。

たとえば、

S4、YM3、MN2、T1
のように、どのレンズをどれくらい強く
効かせたいかを、自分の中で配分しながら
考えることがあります。

上記配分でのおやすみ三花精の姿



これは厳密な数式というより、
どの見え方を主役にして、どの見え方を
補助にするかを整理するための目安に
近いです。

この配分なら、
• いちばん強いのは S の「溶ける光」
• 次に YM の「写真記憶、にじみ、湿度」
• その下に MN の「やさしい生活光」
• 仕上げとして T の「咲く光」

という重なり方になります。

つまり一枚の絵の中に、

空気として強く効いているもの、
近景にだけ効いているもの、
色味にだけ足されているもの、
最後に少しだけ華やぎを添えるもの、

そういう層の違いを作るために、
合わせレンズを使っています。

単体レンズが「辞書」だとしたら、
合わせレンズはその辞書をどう配合して一枚の空気にするかという工程に近いのかもしれません。

そしてここでも大事なのは、全部を均等に
混ぜるのではなく、
何を主役にして、何を補助にするかを
はっきりさせることです。

私の中では、レンズは単体で完結するもの
というより、
必要に応じて重なり合いながら、その時の
三花精世界を立ち上げるものとして
使われています。

⑥それでも基調は「私の空気」


ここまでいろいろ整理してきましたが、
いちばん大事なのはたぶんここです。

私の基調は、あくまでレンズなしの
自分の空気にあります。

自然光。
空気。
匂い。
温度と湿度。
時間帯。
その場所だけが持つ呼吸。

レンズはそれを否定するものではなくて、
その上に必要な時だけ借りるものです。

誰かに寄せるためではなく、
自分の世界の中にすでにある別の層を
開くためのもの。

そう思うと、レンズが増えること自体は
悪いことではなくて、
むしろ自分の世界を、自分で読めるように
なってきた証拠なのかもしれません。

⑦おわりに


まだ、これで完成だとは思っていません。
たぶんこれからもレンズは増えたり、
分かれたり、まとまったりすると思います。

でも、増やすことそのものが目的では
ありません。

三花精たちの世界が、
どういう光や空気、どういう媒体の上で、
どう立ち上がるのか。

それを見失わないために、
今の私はこうしてレンズという言葉で
整理しています。

これは誰かのための正解ではなくて、
私が自分の世界を読み解くための
研究メモです。

でももし、同じように
「この絵はどうしてこんなふうに見えるんだろう」
と考える人がいたなら、
このレンズたちも、何かの小さな参考に
なるかもしれません。

小さく惹きつけられることを大切にして、
噛み砕いて言語化する。
それを整理して覗かせてもらう。
すると新しい見え方や世界が広がるかも
しれません。


今回も長丁場にお付き合いいただきましてありがとうございました✨

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