見出し画像

トマトスープ | おいしいエクスタシー

20代の頃、人と食事するのが苦手だった。

会食恐怖症と呼ばれるものに近かったのか、そうでないのか。わからないけれど、とかく人の話に適切な間で相槌を打ったり、適切な返答をしたりするのに必死で、誰かと食事をしている間はご飯の味がしなかった。ただただ、食道から胃へ食べ物を落として、その重みを、それもなんとなく感じるだけ。食べた気がしないから、飲み会の後はいつも一人で閉店直前のスーパーに駆け込んで半額シールが貼られた唐揚げや寿司を買ったり、日高屋で餃子とザーサイとビールを頼んだりして、今日はうまく話せただろうかなどとひとり反省会をしながら、0時を回る頃に2回目の夕食を口にした。おかげで、今よりも5kg近く太っていた。

そんなことなら、人と食事に行かない選択をするとか、食事に集中したいと伝えればいいではないかと思われるかもしれない。でも、そうはしたくなかった。そもそもそんな風に自分の気持ちを率直に伝えられる間柄の人はいなかったし、恥ずかしかったのだ。ともに食事をして、心からおいしいと思っている自分を見られるのが。

他方、人前で裸になることは恥ずかしいと思わなかった。性的な行為に及んで、全く何も感じないと言えば嘘になる。けれども、今思えば、服を脱いで肌が空気に晒された刹那、ピシピシと鱗に包まれて、皮膚の感覚が鈍くなっていくような心地がした。薄いアクリル板を数枚重ねた先に相手がいるようで、頭は常に冴え渡っていた。

これまでの人たちの名誉のために言っておくけれど、彼らのテクニック云々の問題ではない。よく、セックスを食事に重ねたり、セックスはコミュニケーションだと言ったりすることがあるけれど、私にとってそれはまさに「食事中の会話」とほとんど同じだったように思う。細かな反応を見逃すまいと相手を常に観察し、"正解"や"合格点"を出さなければならないといつも緊張していて、気持ちいいと感じる余裕がなかった、と言うべきか。だから、好きな人との行為であっても、いつも早く終わってほしいと思っていたし、終わるとホッとした。しかし、それも束の間、相手はちゃんと楽しめただろうかと不安になった。

けれど、これまでに一人だけ、そうではなかった人がいる。彼は当時よく遊んでいた友人グループの一人が連れてきた人だった。どういうきっかけで、2人で会うようになったのかは覚えていない。どちらともなく、気づけば月に数回は飲みに行く仲になった。

彼とは変な店にばかり行った。日本人が一人もいないインド料理屋とか、鹿や馬などの睾丸を漬けたお酒のラインナップが豊富なお店とか、ボロボロのビルの通路のような場所で、いかにも訳ありの過去を背負っているような店主がやたらと刺身を勧めてくるスパイのアジトみたいな店とか、店主がカウンター越しにだる絡みする酔客を1m以上はあろうかという長い棒で殴るラーメン屋とか、店主のやる気がなさすぎて白飯以外のメニューがほとんどない半地下のお店とか。彼は変な店の引き出しが異常に多く、私も負けじと変な店を見つけては彼を誘った。店に入るときは緊張して、肩をすくめて伏せ目がちに入るものの漏れ出す好奇心が抑えきれず、爬虫類のようにチロリと店内を見やり、この空間と時間の体感ごと持ち帰るぞという気概で、食べ物を口にした。鹿の睾丸ってつるんとしていて思ったよりもエグみがない。この店の匂いを嗅いだだけで異国に来た感じがする。その国らしさを表すものって匂いなんじゃない?

感じたことを言葉にしたいと思うと五感がめまぐるしく働いた。彼には自分の感じたことを共有したかった。最近読んだ本の話や政治の話、お互いの恋愛の話なんかもした。彼と食事しているときだけは、食べ物の味がした。

彼は大事な友達だったが、身体を重ねることもあった。当時の私は、人と接点を持つことが怖かった。LINEの通知が届くたびに窓から人が入ってくるかのごとく怯え、インタビューに行く前に脂汗をかき、かといって夜は一人で眠れなかった。夜が近づけば、仕事で人と接触する翌日の朝も近づく。不安が夕暮れどきの影のように刻々と広がりゆく中でも連絡できず、結局ベッドの上に寝転んで天井のシミを数えているうちに数時間が経った。「今から飲めない?」と連絡して乾杯するのが終電近くになることも日常茶飯事で、始発を待つ前までの間にどちらかの家に行き、ヌタ場で泥をこすりつけて遊ぶ豚みたいに、無邪気に身体を重ねたり重ねなかったりした。

彼と会うときは前後不覚になるまで飲んでいたこともあって、最初は気持ちいいとか気持ちよくないということがわからなかった。けれども、彼は他の人とは決定的に違った。彼は事の最中に唐突にふざけ出すのだ。たとえば、過去お付き合いした女性との行為の思い出話をよくしていた。それだけ聞くと、デリカシーがない人のように思われるかもしれない。けれども、そのどれもこれもが可笑しかったのだ。学生時代に韓国のネイティブの中で一人、韓国料理屋でバイトを始めたとき、当時付き合っていた彼女との行為中に韓国語のメニューを暗唱し、メニュー表を持った彼女に答え合わせしてもらっていたという話。昼下がりに寝ぼけながらセックスをし始めたものの、ヤマバトの「クーク、クルッククー」という声を聞くうち、自ずとリズムに合わせて腰を振ってしまっていて2人で笑ったという話。行為の最中に「そういえば」と唐突に切り出され、そんな話を聞かされた私は涙が出るほど笑った。ときには腹圧で失禁するのではと思うほど身体を捩らせて笑ったが、彼はおもしろがってヤマバトの鳴き真似をやめない。自分も他人も貶めず、ただただ笑えることなんてどれくらいあるだろうか。それも性にまつわる話題で。

 私はそれまで、セックスは厳かかつ真剣に取り組まなければいけないもので、「ムード」こそがすべてで、その場その場で求められる自分を演じることが大切だと思っていた。けれども、そんな人間のルールはヤマバトの前では無意味なのだった。そもそも人間界にさえそんなルールはなく、私は私を勝手に縛り付けていたのかもしれない。彼とヌタ場で遊ぶうちに、私はほぐれ、五感を取り戻していった。

 ある日の翌朝、私が起きると彼は台所に立っていた。
「朝飯食う?スープだけど」
「食べる」
青っぽい酸味が鼻をつついた。
「トマトだ」
「よくわかったね」
外食以外で、人が作ってくれた料理を口にすることなんて久しぶりだった。とりわけ、身近な男の人が作ってくれた料理を食べるのは、初めてかもしれなかった。ポコポコと粘度の高い液体が煮立つ音を聞きながら、白く立ち上る湯気をぼんやりと眺めた。

「もう少し煮込んだほうがいいから」
そう言って、コンロの火をごく小さくして、まもなくベッドに戻ってきた彼に腕を伸ばした。夢と現実の狭間を行きつ戻りつしながら、私たちはまたヌタ場で互いの身体に泥をこすりつけ合うようにして遊んだ。
 どのくらいそうしていただろうか。不意に、台所のほうからトマトスープの匂いが漂ってきた。少し青くて、酸っぱい匂い。嗅覚が働いたからだろうか。その瞬間、視覚が、聴覚が、そして触覚が、ぱっと開くのを感じた。目に見える光が一点に集まってくる。世界はこんなに美しかったのか。生きているって、こんなに幸せなことだったのか。そう思うと、涙が出た。

その刹那だった。あ、という声が出て、眼裏に閃光が走り、私は小さく痙攣した。一瞬、我を忘れてしまった。どうしよう、と思った。あわてて目を開けると彼はなにも変わらず、動揺する私を見て、キョトンとしたままそこにいた。電球の切れかけた蛍光灯のように、ささやかな頂点だった。

「めしあがれ」
彼がおたまでトマトスープを掬い、マグカップへと注いで差し出してくれた。
「いただきます」
机以外にテーブルなんてない部屋で、台所の床に座ってマグカップを傾けた。童話の絵本に登場する魔女がつくったスープがあったとしたら、きっとこんな味だ。私が知らないスパイスがたくさん入っていて、どちらかというと不協和音のように、それぞれがバラバラに主張してくる。きっと適当に入れたのだろう。もう二度と同じ味は食べられないのだという確信が、嗚咽となってこみあげてくる。
「おいしい」
私はそう言って、マグカップをさらに傾けて、嗚咽を喉越しに押し返した。

あれから、もう何年も経った。私は紆余曲折を経て東京を離れ、故郷に戻った。これまた紆余曲折があり、今は2歳の子どもと、馬1頭、猫2匹と暮らしている。私自身も、世の中も、何もかもが変わった今、東京時代の記憶は、もはや前世の思い出だ。それでもときどき、あの頃のことを思い出すと、あたたかな湯船に浸かったときのように、胸のあたりがじんわりと熱を帯びる。

彼は今どこで、何をしているのだろう。
そう考えかけて、私ははたと〈今ここ〉に引き戻される。

彼はもう、この世にいないのだ。


※この作品は、連載「おいしいエクスタシー」の1篇です。
バナーデザイン:増田ぴろよ


関連記事

#創作大賞2026   #エッセイ部門


いいなと思ったら応援しよう!

佐々木ののか とてもうれしいです!