なんでそんなに緑が好きなの?──知らん。ワニも好き。理由はない。
緑色が好き。
かなり好き。
服でも、小物でも、何か色を選べと言われると、だいたい緑を見る。
エメラルドグリーンみたいな鮮やかな緑も気分が高まるから好きだし、カーキとかオリーブみたいな、ちょっと土と仲良くなりすぎた感じの緑も落ち着くから好き。
そして、ワニが好き。
だからラコステも好き。
服にもいる。
鞄にもいる。
靴にもいる。
小物にもいる。
気づけば私の生活圏には、小さなワニが大量発生している。
ワニによる静かな侵略。
サイレント・ワニワニパニック。
ハンマーでぶたないでね。
このまま繁殖が続いた場合、数年後には自宅が、湿地帯としてラムサール条約に登録される可能性がある。
心しておきますわね。
で。
たまに聞かれる。
「なんでそんなに緑が好きなの?」
知らない。
「なんでそんなにワニが好きなの?」
もっと知らない。
困るのよ。
好きなものには、理由があることを期待される。
青なら、
「海が好きだから」
とか。
赤なら、
「情熱的な感じがするから」
とか。
黒なら、
「落ち着くし、何にでも合うから」
とか。
そういう、インタビュー記事に載せられそうな答え。
しかし私にはない。
緑を見ると、
あ、緑。好き。
終わり。
ワニを見ると、
あ、ワニ。かわいい。
終了。
思考時間、約0.4秒。
我ながら知性の介入する隙がない。
一応、後付けならいくらでもできる。
緑は自然の色だから落ち着く、とか。
生命力を感じる、とか。
緑は再生と回復の色なんだよ、とか。
ワニは強そうなのに、どことなく間抜けな顔をしているところがかわいい、とか。
水の中では静かで、突然ものすごい力を出すところに惹かれる、とか。
ほら。それっぽい。
心理テストの解説欄くらいには載せてもらえそう。
でも、たぶん嘘なのよね。
いや、完全な嘘ではないけれど、好きになった理由ではなく、好きになったあとで作った説明だ。
私はどうも、自分のことになると、何にでも説明をつけたがる。
なぜ私はこういう人を好きになるのか。
なぜ私はこういうことで傷つくのか。
なぜ私はこういう服を着るのか。
なぜ私はこういう文章を書くのか。
なぜ。なぜ。なぜ。
なぜ。なぜ。
なぜ。
お前は五歳児か。
同い年の友だち募集中よ。
たぶん私は、自分の行動に理由がないことが、少し怖いんだと思う。
理由があれば、
「ああ、だから私はこうなんだ」
と、自分を理解した気になれる。
原因と結果を一本の線で結べば、私という人間が、ちゃんと説明可能な存在になる。
取扱説明書が完成する。
故障時にも安心。
お問い合わせ窓口はこちら。
でも実際には、人間なんてそんなに親切設計ではない。
好きになる人だってそうだ。
どこが好きなの、と聞かれて、
優しいから。
顔が好きだから。
話が合うから。
一緒にいると安心するから。
いくらでも並べられる。
けれど、その条件を全部満たしている別の人を連れてこられても、たぶん好きにはならない。
逆に、どう考えてもやめておいたほうがいいだろ、という人に執着することもある。
どこで仕様書を紛失したんだろうか。
そのせいで一生謎のまま終わりそう。
「好き」は案外、理由より先に発生するの。
知ってた?私は今気づいたとこ。
そのあと理性が慌てて追いかけてきて、
「えー、ただいま発生しました感情につきまして、原因を調査しております」
と記者会見を始める。
でも調査結果はだいたい推測。
なのに本人だけは、正式発表みたいな顔をしている。
そう考えると、
私が緑色を好きな理由も、
ワニを好きな理由も、
わからなくて当然なのかもしれない。
むしろ、理由がわからないまま何年も好きでいるものって、かなり強い。
誰かに褒められたからでもない。
得をするからでもない。
似合うと言われたからでもない。
思想に合っているからでもない。
──思想?そもそもなんかある?
ただ、
目が行く。手に取る。
なんとなく嬉しい。
それだけ。
私はこれまで、自分という人間を理解するために、ずいぶん言葉を使ってきた。
言葉にすれば、輪郭が生まれる。
輪郭が見えると、少し前に進んだ気がして、安心する。
たぶん文章を書くこと自体、私にとってはその作業なのだと思う。
でも、言葉にできないものまで、全部無理やり言葉にする必要はないのかもしれない。
……おそらく。
なぜ緑なのか。
──知らない。
なぜワニなのか。
──知らない。
そう答えるしかない場所に、
意外と私自身が、そのままの姿で佇んでいる気もする。
理由を説明できるものは、
環境や経験や価値観が変われば、理由ごと失われることがある。
でも理由もわからず好きなものは、
気づいたら昔から好きで、
今日も好きで、
おそらく明日も好き。
理由のない「好き」って、案外、理由のある「好き」よりしぶといのかもしれない。
自己理解というと、
自分について、たくさん説明できるようになることだと思っていた。
私はこういう人間です。
こういう経験があったから、こうなりました。
こういう価値観があるから、これを選びます。
そういうのも大事。
でも、
「わからないけど、私はこれが好き」
という部分まで消してしまったら、
それは自己理解というより、自己解説になってしまう。
私という人間は、
私にも全部はわからない。
まあ、長年一緒に暮らしている本人ですらこの有様なのだから、
それを他人に完全に理解してもらおうなんて、ずいぶん無茶な注文だったのかもしれない。
そんなわけで、
今日も私は緑色を選ぶ。
理由は知らない。
ワニを見ると、かわいいと思う。
理由はもっと知らない。
そして、そのくらい説明不能なものが自分の中に残っていることを、
最近は少しだけ面白いと思っている。
私は私について、
まだ全部知らない。
とりあえず、
ワニは増えている。
さっき、ネットで、
ラコステのブレスレットを注文してしまった。緑じゃなくてシルバーだけど、ワニ。
あと、スニーカーね。
ラコステじゃなくてアディダスだけど、緑。
緑化ワニワニ計画。
いや、実際には無計画か。
(昔はピンクが好きでワニが好きっていうもっとカオスな趣味だった。ピンクのワニのスマホカバーとか自作してたわ。やばすぎ)
