なぜ会社は「目に見える頑張り」を評価してしまうのか
なぜ会社は「目に見える頑張り」を評価してしまうのか
「ハードワーカー」と聞くと、どんな人を思い浮かべるでしょう。朝早くから会社にいて、夜になってもSlackが返ってくる。仕事をたくさん抱えていて、いつ見ても忙しそう。こういう人を見ると、「あの人、本当によく働くよね」と思います。
では、他の人なら12時間かかる仕事を8時間で終わらせ、18時にさっさと帰る人はどうでしょう。この人も相当、一生懸命働いているはずです。しかも成果が同じなら、生産性はこちらのほうが高い。それなのに、前者のほうが「ハードワーカー」に見える。考えてみると、ちょっと変です。
私たちは「苦労の痕跡」を評価してしまう
これにかなり近い研究があります。2010年に発表された「Passive Face Time」の研究では、特に仕事をアピールしなくても、上司から職場にいるところを見られるだけで人物評価が変わりました。通常の勤務時間によく見かける人は「頼りになる」、勤務時間外にも見かける人は「仕事へのコミットメントが高い」と評価されやすかったのです。
おもしろいのは、上司が「残業する人を評価しよう」と考えているわけではないことです。ただ、夜遅くまでいる人を何度も見ているうちに、「仕事熱心な人」という印象ができていく。
似た話として、「Effort Heuristic(努力ヒューリスティック)」という研究もあります。成果物そのものだけでなく、「どれだけ手間をかけたか」という情報が品質評価に入り込むことがある、というものです。効果の再現性には限定がありますが、手間が評価に混ざること自体はあり得る。
たとえば、まったく同じ資料について「これ、3日かけて作りました」と言われるのと、「AIを使ったら1時間でできました」と言われるのでは、本当にまったく同じ目で見られるでしょうか。本来見るべきなのは資料の質なのに、「そんなに手間をかけたんだ」という情報が気になってしまう。
どうも私たちは、成果そのものが見えにくいと、「長くいた」「忙しそうだった」「ものすごく手間をかけた」という、見えやすい苦労の痕跡を評価しやすいようです。
「残業を評価していない」のに、残業が評価される
日本企業でも似た構造が見られます。RIETIの研究では、労働時間が会社へのコミットメントを示すシグナルとなり、その後の昇進と結びつくモデルが検討されています。大手日本企業1社の人事データでも、そのモデルと整合的な結果が確認されました。
考えてみれば、理由はわかります。能力は見えません。その人がどれだけ深く考えたかも、過去にどれだけ勉強してきたかも見えない。でも、何時まで会社にいたかは見える。
すると本来は別物である「労働時間」が、「努力」「意欲」「コミットメント」の代理指標になってしまう。「残業を評価しているつもりはない」のに、結果として残業している人が評価される。これは十分に起こり得ます。
15分早く仕事をやめた人のほうが伸びた
では、本当に仕事を頑張るとは何なのでしょう。ここで思い出すのが、「木こりのジレンマ」です。切れ味の悪い斧で必死に木を切っている木こりに「斧を研いだら?」と言うと、「木を切るのに忙しくて、そんな暇はない」と答える。
これに近い実験があります。ハーバード・ビジネス・スクールなどの研究チームが、インドのWiproの研修社員を対象に、一方のグループには最後まで仕事を続けてもらい、もう一方には毎日の最後の15分を使って「今日何を学んだか」を振り返ってもらいました。
つまり後者は、毎日15分、作業をしていません。ところが約1カ月後の最終テストでは、振り返ったグループの成績が、働き続けたグループより平均22.8%高かったと報告されています。
横から見れば、一人は最後まで黙々と働いている。もう一人は15分前に手を止めて、ノートを書いている。「頑張っている人」に見えるのは、おそらく前者でしょう。でも、一カ月後に仕事をする能力がより高まっていたのは後者だった。
ここで、ハードワークの意味が少し変わります。
仕事をすることと、仕事をする能力を高めることは別です。そして、後者も仕事です。
頑張った人ほど、頑張って見えなくなる
「斧を研ぐ」というと、繰り返し作業を自動化する話に聞こえるかもしれません。でも、それだけではありません。専門知識を学ぶ。仕事を振り返る。新しい道具や進め方を身につける。
スキルそのものを高めることも、斧を研ぐことです。
すると、以前は10時間かかっていた仕事が5時間になる。3回やり直していた資料が一発で通る。毎回調べていたことを、その場で判断できるようになる。
ここで少し皮肉なことが起きます。
頑張った人ほど、頑張っているように見えなくなる。
過去の努力が能力に変わると、現在の苦労が減るからです。何度も失敗してきた人は失敗しなくなり、たくさん考えてきた人は短時間で判断できる。その結果、「あの人、余裕ありそうだな」と見える。
だから、ハードワーカーを評価するのは意外に難しい。今どれだけ苦労しているかではなく、同じ時間で以前より何を生み出せるようになったかまで見ないといけません。
誰をスターにするかで、会社の働き方は決まる
さらに、この評価は若手にも伝わります。若手は「この会社では何をすると評価されるのか」を、人事制度の資料だけから学んでいるわけではありません。誰が昇進したのか。誰が上司に褒められているのか。誰が「エース」と呼ばれているのか。そちらをよく見ています。
実際、上司の長時間労働が部下へ伝播することを、社会的学習の観点から説明した研究もあります。会社が「残業は評価しません」と言っていても、毎晩23時まで働く人ばかり昇進していたら、若手が受け取るメッセージは明確です。
「なるほど。この会社で評価されるのは、こういう人なんだ」となる。
なので、若手が先輩を見るときも、帰宅時間を真似するだけではもったいない。その先輩は何を知っているのか。なぜ判断が速いのか。昔は時間がかかっていたのに、今は簡単にできることは何なのか。そちらを見たほうがいい。
もちろん、長時間働くこと自体が悪いわけではありません。新しい能力を身につける時期や、難しい仕事に挑戦するときには、多くの時間が必要なこともあります。
ただ、毎年まったく同じ苦労をしている人を、毎年「今年もよく頑張った」と褒めているのなら、一度考えたほうがいい。
非効率は、努力という名前で保存されているのかもしれません。
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