若い時こそ、苦労を選べ
SNSなどで「最近の若者は仕事を頑張らない」とよく言われます。残業をしたがらない、管理職にもなりたがらない、会社の飲み会にも参加しない、タイパを重視して頼まれた仕事以上のことをやろうとしない。こうした話を聞くと、確かに昔より仕事への意欲が下がっているようにも見えます。
でも、本当にそうなのでしょうか。
2026年のマイナビ調査では、20代正社員の59.1%が「昇進したい」と答えており、これは全世代で最も高い数字です。「さまざまな職業を経験したい」は35.9%、「将来は独立したい」は23.7%で、これらも他世代より高くなっています。一方で、「稼げても残業したくない」と「稼げるなら残業してもよい」は、ほぼ半々でした。
昇進したい。いろいろな仕事も経験したい。独立にも興味がある。でも、無条件に残業したいわけではない。
これを「仕事を頑張りたくない」とまとめてしまうのは、少し違う気がします。もしかすると今の若者は、頑張らなくなったのではなく、「何を頑張るのか」を自分で選ぶようになったのではないでしょうか。
「頑張りたくない」のではなく、「それを頑張る意味がわからない」
たとえば会社から、「今日中にこの資料を仕上げてほしい」と言われたとします。会社から見れば、「あと2時間くらい残業して頑張ってほしい」ということです。
でも本人からすると、気になるのは別のことです。なぜ今日中なのでしょう。明日の午前中では困るのでしょうか。この資料をここまで作り込むことで、誰のどんな意思決定が変わるのでしょう。そして、この2時間を使うことで、自分には何が残るのでしょう。
もちろん、仕事なのだから頼まれたことをすべて自分の好き嫌いで判断してよい、という話ではありません。ただ、同じ2時間なら勉強もできるし、運動もできる。友人や家族と過ごしてもいいし、翌日に備えて早く寝てもいい。本人が比べているのは、「頑張るか、頑張らないか」ではなく、自分の有限な時間を何に使うのかです。
そう考えると、「上司に言われたから」「昔からそうしているから」「若いうちはそういうものだから」という理由だけでは、以前ほど人を動かせなくなっているのかもしれません。
昔より「無駄」が見えるようになった
昔にも、長すぎる会議や、誰も読まない資料や、付き合いだけの飲み会はあったはずです。変わったのは、それらが突然増えたことではありません。
今は「生産性の低い会議」「過剰な資料作成」「目的のない定例」「付き合い残業」といった問題について、SNSや書籍、他社の事例からいくらでも情報を得られます。「会社とはこういうものだ」と受け入れる前に、「他の会社ではどうしているのだろう」「そもそも本当に必要なのだろうか」と比較できるようになりました。
以前なら「嫌だけど仕方ない」で終わったものが、今は「嫌だし、そもそも合理的なのか?」と問い直されるようになったわけです。
もちろん、本人の「無駄判定」が正しいとは限りません。でも大事なのは、無駄かどうかを自分で判断しようとするようになったことです。
「管理職になりたくない」のではなく、「あの管理職にはなりたくない」
管理職についても、同じことが言えそうです。
別のマイナビ調査では、20代正社員の理想年収は平均645万円なのに対し、実際の平均は約400万円で、43.1%が現在の給与に満足していません。決して「給料はいらない」という世代ではありません。
一方で、出世したくない理由としては「給料は増えないのに責任ばかり増える」「ワークライフバランスが崩れそう」といった声が挙げられています。
つまり、「出世したくない」というより、責任や負荷の増え方に対して、管理職という仕事が魅力的に見えていない可能性があります。
若手社員は管理職を知らないわけではありません。毎日、自分の上司を見ています。会議ばかりで、自分の仕事をする時間がない。上司と部下の板挟みになり、トラブルが起きれば責任を負う。そんな姿を見せたうえで「将来は管理職になりたいだろう?」と聞き、「なりたくありません」と言われる。
それを「最近の若者は出世欲がない」と解釈するのは簡単です。でも、むしろ会社が考えるべきなのは、「なぜ、うちの管理職は若者から見て、なりたい仕事になっていないのか」ではないでしょうか。
リクルートマネジメントソリューションズの調査では、若手・中堅社員の管理職志向は入社4〜7年目まで低下したあと、8年目以降に上昇する傾向が見られています。また、職場リーダーとしての役割を経験し始めた後に、管理職志向が高まる可能性も示されています。
管理職そのものが嫌なのではなく、魅力的なロールモデルや実際の経験によって、見え方が変わる余地はありそうです。
本当に「楽をしたい世代」なのか
もうひとつ興味深い数字があります。中小企業庁によると、29歳以下の起業者は2012年の7.6万人から2022年には11.3万人へ増えています。
もちろん、この数字だけで「今の若者のほうが昔より挑戦的だ」とまでは言えません。ただ、「今の若者は大変なことを避け、とにかく楽をしたい」というイメージとは、少し噛み合いません。起業は、上司から頼まれた資料を2時間残業して作るより、たいていはずっと大変です。
だとすれば、避けているのは「大変なこと」そのものではなく、自分にとって価値がわからない大変さなのかもしれません。
私は、ここまではかなり合理的だと思います。意味のない会議も、誰も読まない資料も、成果につながらない残業も、なくせるならなくしたほうがいい。
問題は、その先です。
若者に「無駄」に見えるものが、本当に無駄とは限らない
経験の少ない人には、まだ価値を判断できない仕事があります。
たとえば若手社員が顧客との打ち合わせに同席しても、最初はほとんど発言できません。議事録だけならAIでも作れますから、目の前の効率だけを見れば「自分が参加する意味はあるのか」と感じるでしょう。
でも何度も参加しているうちに、「この質問が出る案件は危ない」「この役職の人はここを気にする」「この説明の順番だと納得されやすい」といった感覚が少しずつ蓄積されることがあります。最初は何も生み出していないように見えた時間が、あとから判断力になるわけです。
もちろん、本当に無駄な会議もあります。難しいのは、「本当に無駄な仕事」と「今の自分にはまだ価値が見えない仕事」は、よく似ていることです。
買うべきなのは「苦痛」ではなく「成長につながる負荷」
組織心理学には、仕事上の負荷には「成長につながる負荷」と「ただ消耗させる負荷」があるという考え方があります。
複雑な仕事や大きな責任は大変ですが、乗り越えることで能力や経験につながる可能性があります。一方、矛盾した指示、社内政治、過剰な手続きなどは、どれだけ頑張っても仕事が前に進みにくく、ただ消耗しやすい負荷です。研究でも、この二つは仕事への意欲や成長との関係が異なることが示されています。
どちらもその日は「大変だった」と感じます。でも、中身はまったく違います。
だから「若い時の苦労は買ってでもせよ」で買うべきなのは、苦痛ではありません。
成長につながる負荷です。
判断基準は「あとに何が残るか」
では、何を基準に選べばいいのでしょう。
私は、「この経験が終わったあと、自分に何が残るのか?」と考えればいいと思います。
能力や判断力が残る。次に選べる仕事が増える。自分の得意不得意がわかる。そういう経験なら、目の前では大変でも買う価値があります。
そして価値のある苦労には、ただ耐えるだけではなく、自分で試して、失敗して、修正できる余地があります。実際、失敗を避けるのではなく、「失敗から学ぶ訓練」という考え方もあり、試行錯誤を通じて学ぶことが、新しい課題への対応力につながりやすいことが研究されています。
要するに価値があるのは、「苦しかった」という事実ではなく、試す → 失敗する → 学ぶ → 次は変えるという経験です。
なぜ「若い時」なのか
理由は二つあります。
ひとつは、若い時のほうが失敗のコストを限定しやすいことです。本人にとっては難しい仕事でも、上司や先輩が最後に確認し、最悪の事態になる前に止めてくれることがあります。自分にとっては大きな挑戦なのに、守られた環境で試すことができる。これはかなり恵まれた条件です。
もうひとつは、経験には複利が効くことです。早く得た経験ほど、その後の仕事や意思決定に長く使えます。そして、その経験が次の経験を理解するための土台になります。
同じ経験なら、早く買ったほうが長く使える。その意味で、若い時には経験を安く買えるのです。
若い時こそ、苦労を選ぶ
無駄な苦労を疑うのは、とてもよいことです。「昔からそうだから」「上司が言ったから」「若いうちは苦労するものだから」という理由だけで、自分の時間を差し出す必要はありません。
でも、無駄な苦労を避ける能力と、価値のある苦労を見つける能力は別物です。
だから、「若い時の苦労は買ってでもせよ」という昔の言葉を、私はこう言い換えたいと思います。
若い時こそ、苦労を選べ。
苦しいかどうかではなく、その経験が終わったあと、自分に何が残るのか。
それを基準に選べばいいのだと思います。
付録:人生でも、苦労は選んだほうがいい
これは仕事だけの話ではありません。一人旅、海外生活、恋愛、スポーツ、知らないコミュニティへの参加など、面倒でも自分や世界についての理解を増やしてくれる経験があります。
一方で、慢性的な睡眠不足、暴力、ハラスメント、壊れた人間関係に耐えることまで、「人生経験」として買う必要はありません。
良い苦労は、自分の世界と選択肢を広げる。悪い苦労は、それを狭める。
苦労は、多いほどいいわけではありません。だからこそ、どの苦労を選ぶかが大切なのだと思います。
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