議論の叩き台を作る人が、一番えらい
「この会議、何のためにやっているのだろう」と思うことがあります。
参加者は次々と意見を述べています。しかし、話はなかなかまとまりません。会議が終わっても、何が決まったのか、何が変わったのかが分からない。「いろいろな意見が出ましたね」とだけ確認し、次回も同じ議題について話し合うことになります。
そんな会議では、主催者の準備不足を批判したくなります。アジェンダが曖昧だ。ファシリテーションが悪い。参加者が多すぎる。発言するのをやめて、メールやチャットの返信を始める人もいるでしょう。
しかし、社内会議で扱われているのは、参加者にも関係する共通の問題です。会議の質を評価して終わるだけではなく、自分でその価値を上げる方法もあります。
ここでは、情報共有や報告ではなく、何らかの議題について結論を出すための「議論の会議」について考えます。
議論の成果は、議題が一段前へ進むことである
議論の目的は、全員が発言することではありません。意見をたくさん出すことでも、全員が納得することでもありません。
議論の成果とは、議題が一段前へ進むことです。結論や暫定的な結論が出る。選択肢と判断基準が整理される。あるいは、結論を出すために必要な情報と次の一手が決まる。このいずれかが起きれば、会議前と会議後で議題の状態は変わっています。
会議の生産性は、参加者、議題、情報、権限、進め方など、複数の条件に左右されます。ただし、意見がかみ合わず、一般論ばかりが飛び交う会議では、共通の叩き台がないことが少なくありません。
議論する対象が、参加者の頭の外に置かれていないのです。
叩き台がないと、全員が別のものについて話す
「来期の事業方針について議論したい」
アジェンダには、それだけが書かれています。
会議が始まると、営業担当者は顧客の要望について話し、開発担当者は実現可能性について話します。しかし、対象とする顧客も、解決する課題も、期間も、予算も決まっていません。
参加者はそれぞれ、頭の中で異なる「来期の事業方針」を想像しています。共通の対象がないため、話がかみ合わないのです。
すると、「顧客視点が重要だ」「競合との差別化が必要だ」「実行可能性も考えるべきだ」といった一般論が増えていきます。どれも正しいですし、反対もしにくいでしょう。しかし、具体的な案は一つも改善されません。
これが空中戦です。空中戦になるのは、参加者の能力が低いからではありません。全員が見る対象が、机の上に置かれていないからです。
叩き台があると、議論は共同編集になる
議論には、叩き台が必要です。
企画書の初稿でも構いません。選択肢を並べた比較表でも、顧客体験の図や簡単な試作品でもよいでしょう。完成度は高くなくても大丈夫です。
例えば、「来期の事業方針」を議論するなら、次のような叩き台を用意します。
ゴール
来期末までに、新規事業で年間売上一億円を達成する。
現時点の前提
対象顧客は、従業員百人未満の企業である
顧客の最大の課題は、請求業務の負担である
開発へ投資できる人員は、エンジニア三人である
提供開始は、来期上半期を想定する
施策の選択肢
方向性A:請求書作成に特化した小さなサービスを提供する
方向性B:請求から入金確認までを一つのサービスにする
方向性C:既存の会計サービスと連携し、追加機能として提供する
今回の提案
まずは方向性Aを選び、機能を三つに絞って提供する。
確信を持てていない点
従業員百人未満の企業が、想定価格を支払うか
請求書作成が、本当に最も大きな課題か
年間売上一億円に必要な営業体制を構築できるか
今回、議論したいこと
対象顧客の設定は妥当か
方向性Aを優先すべきか
検証前に確認すべきリスクは何か
この案は、間違っていても構いません。
叩き台があれば、参加者は初めて同じものについて話せます。「百人未満の企業では、支払える金額が小さすぎる」「請求書作成より、入金確認の方が課題は大きい」「方向性Cなら、開発人員を抑えられる」「この売上目標には、必要な営業人数が反映されていない」と、具体的な指摘ができるようになります。
その結果、対象顧客が変わります。施策の方向性が変わります。数字の前提が修正され、別の選択肢が追加されます。会議の前後で叩き台が変わっていれば、議論には成果があります。
叩き台がない会議では、全員が自分の意見を発表します。叩き台がある会議では、一つの案を全員で編集します。
議論とは、意見を言い合うことではありません。一つの案を共同編集することです。
良い叩き台は、情報をまとめただけの資料ではありません。市場データや顧客の声を並べるだけでは、参加者は何を議論すればよいのか分かりません。
叩き台には、仮でよいので作成者の判断が必要です。情報がすべてそろうまで待つ必要はありません。分からないことは、分からないと書けばよいのです。
決定権がなくても、推奨案は作れます。叩き台を作ることは、自分で勝手に決定することではありません。決定者が判断できる状態を作ることです。
良い叩き台は、完成品ではありません。しかし、思考済みです。
叩き台を作った人が、一番えらい
叩き台が作られない理由はいくつかあります。作り方が分からない。全員で話せば、自然によい案が生まれると思っている。自分には決定権がないと考えている。未完成の案を出し、批判されることを避けたい人もいるでしょう。
しかし、叩き台を置かなければ、会議が中立になるわけではありません。最初に話した人や、役職の高い人の意見が、目に見えないバイアスになるだけです。
文章として置かれた案であれば、発言者と内容を分けて検討できます。前提や根拠を確認し、具体的に修正することもできます。一方、頭の中にしかない案は、発言者の影響力と切り離して検討するのが難しくなります。
そして、叩き台を作れば、当然ながら批判されます。前提が甘い。数字が違う。選択肢が足りない。顧客を理解していない。もっと考えた方がよい。さまざまな指摘が出てくるでしょう。
何も案を出さずに、「リスクも考えた方がよい」「顧客視点が不足している」と指摘するだけなら、自分の考えは検証されません。他人の案の欠点を見つける方が、案を一本作るより簡単です。
そのため、会議では叩き台を作った人より、鋭く批判した人の方が賢く見えることがあります。しかし、評価としては逆だと思います。
叩き台を作った人は、ほかの参加者より先に問題を理解し、事実と仮説を整理し、選択肢を比べ、最初の案を出しています。一人が先に考えることで、残りの参加者はゼロから始めず、追加、修正、反論から議論へ入れます。
欠点が見つかるのは、欠点を指摘できるところまで考えが具体化されたからです。叩き台は、叩かれ、修正されるために作られています。
叩くべきなのは、叩き台です。作った人ではありません。
一方で、作成者も最初の案を守ろうとしなくてよいでしょう。自分の案が否定されても、よりよい案が生まれれば、議論の目的は達成されています。
最も正しい答えを出したからではありません。ほかの人が具体的に考えられる地点まで議論を先に運んだから、叩き台を作った人が一番えらいのです。
誰も作らない叩き台を作ることが、リーダーシップである
生産性の低い会議では、主催者の準備不足を批判できます。発言をやめ、別の仕事をすることもできます。
しかし、その会議の目的を達成したいのであれば、もう一つの選択肢があります。
誰も叩き台を作っていないなら、自分で作ればよいのです。
頼まれていなくても、このままでは議論が進まないと考え、ゴール、前提、選択肢、推奨案、未確定の論点を机の上へ置きます。
これは、単なる資料作成ではありません。会議の目的から逆算し、足りないものを自分から補う行動です。
リーダーシップとは、役職を持つことでも、会議の司会をすることでもありません。複数人で実現する目的を自分の問題として引き受け、現実を前へ進めることです。
叩き台を作る人は、目的には頑固で、自分の案には柔軟です。
正しい案を出す必要はありません。叩かれて原形がなくなっても構いません。最初の案が捨てられ、まったく別の結論になっても大丈夫です。
何も出さなければ、間違いは指摘されません。しかし、議論も一歩も前へ進みません。
議論で一番えらいのは、最後に正しいことを言った人ではありません。
最初に、叩かれるものを出した人です。
補足
リーダーシップは目標を達成するためにありとあらゆる手段を講じることです。詳しくは下記の記事で記載しています。
