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みんな大好き!”大戸屋”は、なぜ戻ってこられたのか。売上370億円目前、創業家社長で始まる第3の創業

大塚家具は去り、大戸屋は華麗に復活壊:プロキシーファイトの分かれ道:30億円の相対取引から始まった、大戸屋「第3の創業」の本当の出発点 ※写真はイメージです


大戸屋オリジナルの黒酢あん 何度リピしたことでしょう。
その大戸屋さん。
2026年6月22日、大戸屋ホールディングスの社長に創業家出身の三森智仁氏が就任しました。同じく創業家騒動を経験した大塚家具が法人格を失った一方で、大戸屋は売上高370億円台、営業利益率6%近くまで業績を立て直しています。何が両者を分けたのか。プロキシーファイトがブランドを壊す構造、創業家が選んだ相対取引によるエグジット、そして「第3の創業」の意味を、できるだけ静かに辿ります。介護や福祉の現場にも通じる、線引きの話として読めるはずです。

※本情報は、情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的 としたものではありません。投資に関する最終的な決定は、ご自身の判断と 責任において行われるようお願いいたします。

セオドアアカデミー独自まとめ

同じ時期、別の家族の話

大戸屋の話を始める前に、もうひとつの会社の名前を出させてください。大塚家具です。

2015年3月、創業者と、社長だった長女は、株主総会の議決権を奪い合いました。日本のプロキシーファイト史に残る、父娘の対決です。会社側提案が61%、創業者側提案が36%。久美子氏が勝ちました(ZUU online「大塚家具の父娘抗争 過去のプロキシーファイト事例と比較」2015年3月)。

その後の経緯は、ご存知の方も多いと思います。

ブランドイメージは傷つき、客足は遠のき、業績は急速に悪化しました。2020年4月期まで4期連続の営業赤字、年間40億円規模の損失。2019年12月にヤマダ電機(現ヤマダホールディングス)の子会社となり、2022年5月、ヤマダデンキに吸収合併され、株式会社大塚家具という法人は消滅しました(Wikipedia「大塚家具」沿革)。総会で勝った側が、会社ごと消えました。

ここで、ひとつだけ立ち止まりたいのです。

なぜ、株主総会で勝った側まで、会社を維持できなかったのか。

プロキシーファイトが壊すもの

委任状争奪戦というのは、株主同士の数の取り合いです。法律的には、株主に与えられた権利の正当な行使です。それでも、いったん火が付くと、ブランドという無形資産がやせていきます。

理由は四つあります。

一つ目。経営陣と株主側が互いに相手の落ち度をメディアに流すので、顧客は「この会社は大丈夫か」と感じ、取引先は契約の継続に身構えます。二つ目。株主側は他の株主の賛同を得るために、現経営陣の業績不振や資本効率の悪さを数字で公表します。たとえ防衛側が勝っても、突きつけられた疑念は市場に残ります。三つ目。社員が「自分たちの未来はどうなるのか」と落ち着かなくなり、サービスの質がじわじわ下がっていきます。四つ目。短期的に株主を引き留めるために、ブランド投資や研究開発の予算が削られ、長期の体力が削られていきます。

大塚家具の場合、この四つがすべて起きました。

総会で久美子氏側が勝った後、会社は値下げ路線へ転換しました。会員制の廃止、「お詫びセール」と呼ばれた価格戦略。長年築いてきた「高級で会員制」というブランドの輪郭は、内側からも外側からも崩れていきました(PRESIDENT Online「なぜ大塚家具は失敗したのか」2021年1月)。

総会の勝者が会社を持って行かれた。プロキシーファイトという仕組みそのものが持つ、後遺症のような副作用だと思います。

大戸屋は、どこで分岐したか

ここで大戸屋に話を戻します。

入口は似ています。2015年7月、実質的な創業者である三森久実氏が57歳で急逝しました。長男の智仁氏は、その前月に常務取締役・海外事業本部長に就任したばかりでした(家業イノベーション・ラボ 三森智仁氏プロフィール)。その後、相続税対策、創業者功労金の扱い、経営方針をめぐって創業家と経営陣が対立。智仁氏は2016年2月に常務を退任し、大戸屋を離れました。本人は後年、「創業者理念にあぐらをかき、大戸屋は変化を拒んだ」と振り返っています(日経ビジネス 三森智仁氏インタビュー 2020年11月)。

ここまでは、家族の中の話です。

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