#40 あなたにとって「学校」はどんな場所? しあわせの学校を夢見て✨
偶然の一致で、しあわせ探求庁メンバーは3人とも、昨年末から新年にかけて学校にまつわる記憶を紐解く機会がありました。お正月に帰省して通っていた小学校の近くを通りかかったら、色々思い出された……そんな共通点もありました。学校は、多くの思い出が眠っている場所ですね。
今後のしあわせ探求庁の記事は、メンバー3人のうち2人が交代で記事を担当して参ります。これまでと変わらず、導入部分は担当の2人によるトークでお届けします。再生ボタンを押して放送をお聴きいただけると光栄です✨
(ヘッダ画像:2人とも、学校の一番の思い出は「高2の文化祭」だった)
〜 以下の記事は、上の stand.fm 放送の続きです 〜
学校の思い出といえば、高校の文化祭!

美織さん、「学校」といえば、ズバリ最初に何を思い出しますか? もちろんいろいろあるとは思いますが、あえて一つに絞って、印象深かった出来事をお互いに挙げることから始めませんか?

いいですね。私が最初に思い出すのは、高2の時の文化祭ですね。私が通っていた高校では、文化祭では学年毎にやることが決まっていて、高2はクラス単位で演劇をしました。「部活にかける青春」に恋愛を絡めたストーリーの劇でヒロイン役を演じて、学年で1位も取ったりして。それほど長くない劇でしたが、私の青春の1ページとして思い出深いです。透さんはどうですか?

美織さんが演じるヒロイン、見てみたかったです。実は僕も全く同じで、高2の時の文化祭です。僕が通っていた高校は男子校でしたが、他の男子校や女子校、共学校と一緒にやっている団体の活動に関わっていて、当日は他校の仲間が文化祭の応援に来てくれました。当時の記録は残念ながらネット上にはありませんが、Kansai Newspaper Association (KNA) というジャーナリズム団体をやっていました。

大学でよくあるインカレサークルの高校版な感じですね。高校生の時からネットワークが広かったんですね!

今思えばそうですね……逆に、大学に入ってからはおとなしく内にこもった感じになりましたが……それで、自分たちの展示の呼び込みを共学校の女子や女子校の友だちにやってもらいました。「男子校の文化祭で女子が呼び込みしてるぞ!」って話題になるのが楽しかったです。その他にも、他の男子校の知り合いが乱入してきてダンスパフォーマンスをして盛り上がったり、思えばやりたい放題でしたね。
そんな母校、甲陽学院の記事を見つけました。写真に写っている先生、僕が高一の時の担任の先生なんですよ……よく叱られました(笑)

ずいぶん自由な学校だったんですね。お互い、高校時代に存分に青春した感じですね。私ももちろん大学受験勉強はしましたが、「高校時代=勉強」ではなかった感じだったからこそ、学校は「楽しい」「ワクワクする」感情と繋がっています。これって、とても幸せなことですよね。

そうですね。実際には、「学校にいい思い出はあまりない」という人もかなりいますよね。僕は大学卒業後教員になったわけですが、教員になったり、美織さんのように教育に深い関心があったりする人は、学校に関していい思い出を持っている人が多い印象ですね。

そうですね。しあわせ探求庁のような活動をしていると、どうしてもそういう人が集まってしまいがちで、学校文化の負の側面が見えづらくなっているかもしれませんね。学校が楽しかった人と、嫌だった人で属するコミュニティが分かれてしまって、接点が減ってしまうのは残念なことですね……
一方、荒れていた中学校……

とはいえ、美織さんも僕も、学校の記憶すべてが楽しかったわけではないですよね。少し戻って、中学時代はどうでしたか? 高校と同じく、毎日楽しく過ごしていましたか?

ん〜、それこそ楽しいというより複雑な気持ちを感じることが多かったです。自我の芽生えてきた小学生が、複数の学校から一つの中学校に集まってきて、混沌としていました。入学式の数日後には廊下で男子が殴り合いをしていて、その時は女子でよかったなんて思いましたね。中1の早い段階でいかにクラスのヒエラルキーの上部に入り込んで、安全に暮らすかというのが重要事項でしたね。透さんはどうでしたか?

僕は中学から私立校へ行きましたが、その経緯は美織さんの話してくれたことと似ています。本来ならば行くことになっている公立中学校がとても荒れていて、いろんな噂が聞こえてきました。
今では考えられないと思いますが、当時は頭髪指導が厳しくて、その公立中学校では男子は丸刈りが校則でした。「規定より髪が長い場合は、職員室で先生が裁ちバサミで髪を切る」ことが日常だったそうです。恐ろしいですね……それを聞いて、「そんな学校にはとても行けない」と思い、両親もそう思ったのでしょう。私立中学へ行きたいと思った最初の理由は、「身の安全のため」でした。

25歳離れていても、同じだったんですね……私も、新卒で赴任してきた中1の担任の先生が、半年くらいで退職されてしまったことを覚えています。小学校も高校も、それなりにそれぞれ課題はあると思いますが、特に中学校って年齢的なこともあり、精神的に「生徒もしんどい、先生もしんどい」時期なのかもしれませんね。

後に教師になった後、生徒ともよくケンカしました。もちろん口ゲンカですけど。一番ケンカした生徒の記憶が、美織さんと重なります。というのも、その生徒も高2最後の演劇で主役を演じて賞を取って、その後俳優になって活躍しています。あの時の演目は『ムーラン・ルージュ』でした。仕事でパリに行った時に本物の「ムーラン・ルージュ」の前を通りかかった時、真っ先に思い出したのはケンカした彼女の顔でした。いつか、仲直りしたいです。

仲直りを諦めないところは、透さんらしいですね! それにしても、生徒と先生がケンカするっていうのは、私はあまり経験がないというか、新鮮な感じです。その時は「女子高生と若い男性教師」なわけで、内容としては「自己表現のぶつかり合い」だったんじゃないかと推測します。中学までのケンカが「フラストレーションのはけ口」だったのとは、質的に違う気もしますね。人間が成長していく過程が見えるようで、とても興味深いです。
改めて見る、小学校時代

高校、中学と降りて来ました。改めて、小学校時代はどうでしたか?僕は中学受験を決めてからはそういうことは減りましたが、特に小学3〜4年生のころは、いじめられっ子でしたね。帰り道で待ち伏せされていじめられたりして、学校が苦痛だった時期もありました。美織さんはどうでしたか?

確かに、不思議な形態のいじめがあったことを思い出します。何か理由があって特定の人をいじめるのではなく、いじめられる人が定期的にぐるぐる交代していくようないじめでした。内容も、身体的ないじめではなく、無視したりする感じです。軽度ではありましたが、私もいじめられる側といじめる側、思えば両方にいてしまったように思います。「自分がいじめられた時には辛いから、人にもそういうことはしない」という当たり前の感覚を理解できていなかった気がします。

その現象は、教育心理学などの分野でも研究されていて、比較的よく知られていますね。以前、カリーナさんをゲストにお迎えした時に話題に出た、重松清さんの『きみの友だち』(新潮文庫)という作品では、その「ぐるぐる交代していく」プロセスが緻密に描かれていますね。いじめはもちろん絶対によくないですが、多くの場所で観察されているということは、何か必然性があるのかもしれませんね。

必然性というのは気になりますね。どういうことでしょうか?

決していじめを正当化する意見ではないということを断った上で話しますね。それは、「自分と違う人を見つけて、その対象を攻撃することを繰り返すことで、自己像を作っていく」というような子どもの自己形成の発達プロセスなのではないかと思うんです。「ぐるぐる交代する」いじめが一周することで、全員が自己像を獲得していくようなイメージです。もちろん実際にはそのいじめが深刻なケースに発展することもあるわけなので、いじめではない別の方法を考える必要があります。

いじめ自体はあってはならないものですが、「古今東西のいじめがなくならないのは、何か人間全体に共通する理由があるはずだ」と本質的なところを考えてみるということですね。別の方法というのは、どういうことですか?

例えば、ディベート教育などは似た役割を果たすのかもしれません。相手と意見を戦わせることをゲーム的に楽しんで点数をつけたりすることで、実際の人間関係の中で同じ摩擦が起きることを、ゲームの中で解消させてしまうという発想です。実際、ボーリングというスポーツは人間の「破壊本能」を無害な形で発散させるために作られた、という話を読んだことがあります。
しあわせのために、美織と透が果たしたい役割

今日の話を通して改めて思ったことは、「しあわせの探求」の中で無意識的に果たそうとしている役割が、透さんと私でかなり異なるっていうことですね。私は比較的、過去と現在、また未来を分けて考えるタイプです。今の自分の在り方は、せいぜい大学時代から、数年後くらいまでを見据えた上で成り立っている感じです。その上で、「どうすればしあわせが増すか」を考える感じでしょうか。透さんは違いますよね。

そうですね。僕は今でも、小学校高学年くらいから、20年先くらいまでを考えて、その長い時間を同時に生きている感覚があります。自然と、ネガティブな記憶や可能性をたくさん考えることになります。例えるなら、僕は「でこぼこができてしまったグラウンドを、きれいにならして整地して、使いやすいようにする」ことを「しあわせの探求」と考えているかもしれません。

私は透さんが整地してくれたグラウンドの上に、サッカーゴールを置いたり遊具を作ったりして、「どうすればもっと楽しくなるか」を考える役なのだと思います。平坦なグラウンドがないと遊具は作れないですけど、平坦なグラウンドだけでは面白くないので、やはり私たちはそれぞれの役割を担っているのだと思います。

そうですね。サリンジャーの『ライ麦畑でつかまえて』を思い出しました。遊んでいる子どもたちが、安心できるところから外に出てしまいそうになった時、「つかまえて中に戻してあげる」役割は僕ですね。中に戻った子どもたちと楽しく遊んで「生きていてよかった」と思ってもらえるようにするのは、美織さんの役割です。そんな学校があれば、日本の幸福度は上がっていくのではないでしょうか。

しあわせ探求庁の活動をあと10年くらい続けていたら、そんな「しあわせの学校」を作ることができるかもしれませんね。夢は大きく持って進んでいきましょう!
「 今ここで、しあわせを繋ぐ意味がある」〜 しあわせ探求庁でした。次回は2月12日水曜日にお会いしましょう!
(2025年1月29日)
しあわせ探求庁|Shiawase Agency
日本支部:成江 美織
日本支部:鈴木 彩音
オランダ支部:佐々木 透
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