熊本編#11 No One
4枚目のアルバム制作に入る頃には、3枚のフルアルバムと3枚のEPをリリースしていた。
50曲近い楽曲を世の中に送り出してきた。
それでも、僕達の音楽は思うように世の中に響いていかなかった。
僕達らしさを持ちながら、世の中のニーズも汲み取る。
そうすれば、もっと僕達の音楽を世の中に届けられるんじゃないかと思っていた。
ここまで走ってきたのも実力と言うより、もがいてきた結果だ。
限界…という言葉がチラつく。
でも結局、世の中に僕達の音楽を問う為には、新しい曲を作るしかないと僕は思っていた。
そんな葛藤の中で臨んだ4枚目のアルバム制作。
今までエンジニアの青木さんにお願いしていたミックスダウンの作業も、今作から自分の手でやる事にした。
理由は単純で、一つはアルバム曲数となると大きなお金が掛かること。
そしてもう一つは、制作からリリースに至るまで完全に自分の手でやる事で、自分の知見を増やしたからだ。
masa君とのレコーディングは淡々と進んでいく。
この頃にはお互い気持ちが離れていて、何かを生み出しているというよりも、ただ作業をしてる感覚に近かったと思う。
なんでこうなったんだろう。
もちろん、自分がしてきた言動が、今の状況を引き起こした事も分かってはいる。
でも、それ以上に…masa君が持っていた輝きが、いつの間にか僕には見えなくなっていた。
何を考えて、何を抱えているかは僕には分からない。
でも、何となく違和感は感じていた。
長年の付き合いだから分かる。
どう考えてもおかしかった。
少しずつmasa君の内面を覗き込むようになっていくと、音楽というより…自分と闘ってる時間の方が僕には多く見えた。
否定じゃなくて…肯定が必要なのかもしれない。
ふと、そんな気持ちが芽生えた。
直接伝えてもきっと響かないし、自分で自分に伝えるような形が一番届くんじゃないかな。
歌にしよう。
そう思って書き始めたのが「No One」って曲だった。
同時にこれは、僕自身に対しての歌だった。
masa君に何か言うたびに、その言葉は自分に返ってきていた。
自分はちゃんと出来てるのか。
自分がmasa君の立場だったら、厳しい言葉を掛けられても立ち直れるだろうか。
僕だってそうじゃないか。
そんな想いが頭の中を去来していた。
中途半端でダメな自分。それでもいいんだよ。
そこは過程であって、結果じゃない。
そんな想いが胸に込み上げた途端、堰を切ったように言葉が溢れ出た。
そして僕達にとって、大切な曲「No One」が出来上がった。
レコーディング作業は相変わらず淡々と進んではいたけれど、このままで良いわけがない。
歌を歌っていく中で、曲を作っていく中で、少しずつわだかまりが解けたらとぼんやり思いながら、レコーディング作業に身を投じた。
masa君の心に少しでも響けばいいなと思いながら作った、No Oneを含む全ての曲のレコーディングが終わり、ミックスダウンの作業に入る。
案の定、締切との勝負をしていて、翌日の午前中にデータを入稿しないとリリース予定日を取りこぼすようなスケジュールだった。
福田さんにB.9を貸してもらい、スピーカーを使って確認しつつ黙々と作業を進める。
都度都度、音の確認をしてもらう為、masa君が立ち会ってくれていたが、基本的に作業は僕1人でのものだ。
夜も深くなろうとする頃、masa君からの予想外の言葉が。
「ちょっとこの後、予定があって…」
「この時間から?」
「うん。…抜けても良いかな?」
「何の予定?」
「知り合いの社長さんの誕生日パーティーがあって…」
「…分かった。」
駄目とは言えなかった。
でも、僕の中で納得はいってなかった。
1人残されたB.9のスタジオ。
納得のいかない気持ちと、納期が間近に迫ってる焦り。
そして結局、自分だけが空回りしてるんだなって虚無感。
でも、やるしかなかった。
せめてmasa君が戻ってくるまでに、終わりが見えるところまで進めておこう。
そんな気持ちでパソコンと向き合っていた。
今思い返せば、masa君は後々に繋がる大切な縁を色々なところで紡いでいた。
この時の誕生日パーティーだってそうだ。
masa君が紡いできた縁によって、僕達はこの後、色々と助けられる事になる。
でも、それに気付くのはずっと後の事だ。
当時の僕は、朝日が完全に昇った頃にデータを入稿して、やるせない気持ちのまま帰って眠りについた。
そうして4枚目のアルバムリリースを迎えた。
その後もしばらく活動を続けたけれど、もう2人とも限界だった。
それでも、僕達はまだ音楽を続けていた。
そしてついに、ある日、大切な話を2人で話をすることになる。
その話はまた次回。
