成長は直線ではなく、階段に近い
子供を見ていると、不思議なことがあります。
昨日までできなかったことが、今日になったら急にできるようになる。
言葉を話す。
歩く。
数を数える。
自転車に乗る。
まるで一晩で成長したように見えます。
でも実際には、その日に成長したわけではありません。
見えないところで、ずっと準備が進んでいたのです。
言葉を話し始める子供は、その何ヶ月も前から周囲の会話を聞いています。
意味が分からなくても、
音を覚え、
言葉の区切りを覚え、
使われる場面を覚えている。
外から見ると何も起きていないように見える。
しかし脳の中では膨大な学習が進んでいます。
そしてある日、その蓄積がある地点を超えた瞬間に、
「ママ」
という言葉が出る。
私たちはその瞬間だけを見て、
突然できるようになったと思うのです。
実はあらゆる努力の結果も同じです。
多くの人は、
努力した量と成果は比例すると思っています。
1時間勉強したら1時間分成長する。
10回練習したら10回分上達する。
しかし現実はそう単純ではありません。
努力の結果は、多くの場合非線形です。
しばらく変化が見えない。
成果も出ない。
周囲からの評価も変わらない。
手応えすら感じない。
それでも内部では少しずつ積み上がっています。
知識が蓄積される。
経験が整理される。
感覚が磨かれる。
そしてある日、それらがつながる。
すると突然、
理解できなかったことが理解できる。
できなかったことができる。
読まれなかった記事が読まれる。
周囲から見ると急成長です。
しかし本人の中では、長い準備期間の結果に過ぎません。
成長は直線ではなく、階段に近い。
停滞。
停滞。
停滞。
そして突然上昇。
また停滞。
そして再び上昇。
私たちは上昇している部分だけを見ます。
だから他人を見ると、
「あの人は才能がある」
「あの人は急に成功した」
と思ってしまう。
でも本当は、その裏に見えない積み重ねがあります。
努力が苦しくなるのは、成果が見えない期間が長いからです。
頑張っているのに変わらない。
続けているのに結果が出ない。
だから意味がないように感じる。
しかし、もし努力が階段なら話は変わります。
成果が出る直前まで、成果が見えないことがあるからです。
水は99℃まで温めても液体のままです。
見た目はほとんど変わりません。
しかし100℃に達した瞬間、沸騰が始まります。
99℃までの加熱は無意味だったのでしょうか。
もちろん違います。
変化が見えなかっただけで、必要な準備はずっと進んでいました。
努力も同じです。
成果が見えない期間は、何も起きていない期間ではありません。
成果が表面化するための準備期間です。
だから本当に見るべきなのは、
「結果が出たか」
ではなく、
「積み上がっているか」
なのかもしれません。
努力の結果が出るのは非線形です。
だから途中で成果が見えなくても不思議ではありません。
むしろ、成果が見えない期間こそが、
大きな変化の準備期間なのです。
