見出し画像

自動化が止まるいちばんの原因は、たぶん完璧主義だった

n8nの真っ白な編集画面を開いて、何も置けないまま閉じたことが、何度もあります。

頭の中に、やりたいことの絵はありました。
あの作業を丸ごと自動化して、変なデータが来ても弾いて、エラーも出ないようにして完成した仕組みのイメージは、わりと細かく浮かんでいる。
なのに、最初のブロックに何を置けばいいのかが、どうしても決まらない。
浮かんでいる完成形が大きいほど、その最初の一手が、逆に見えなくなるんです。

n8nを4ヶ月放置していた時期の話は前に書きました。
表向きの原因はエラーでしたが、正直それだけじゃなかったと思います。
あのとき自分は、触る前から「全部きれいに動く完成形」を頭の中だけで組み上げようとして、その重さで固まっていました。

今日は、この「完璧に自動化したい」という気持ちが、じつは自動化を止めるいちばんの原因になる、という話をします。


「全部きれいに」ほど、動けなくなる

自動化を覚えたての頃、自分がやりがちだったのはこれでした。
1つ業務を選んだら、それに関わることを全部、一度に、最初から完璧に組もうとする。
具体的には、こういう三点セットです。

  • 全部の工程を、いっぺんにつなげようとする

  • 起こりうる例外を、先回りで全部つぶそうとする

  • エラーがゼロになるまで、動かしたくない

字面だけ見ると、ちゃんとしています。
丁寧で、慎重で、正しそう。
でも、この三つが揃うと、たいてい一歩も動き出せません。
完璧に組もうとするほど、最初の一手が重くなるからです。

自分の場合はこれで、真っ白な画面の前で腕を組んだまま、時間だけ溶けていきました。
そして「今日はやめておこう」と閉じる。
それが積み重なって、4ヶ月になった。

一方で、実際に動いた仕組みを振り返ると、作り方は逆でした。
最初から完璧をねらったものは、ひとつも完成していない
動いたのはぜんぶ、「まず小さく1つだけ動かして、あとから直した」ものでした。
同じ自動化でも、入り口の構え方が違うと、こんなに結果が変わるのかと思います。

動かす前に、分かることは限られている

なぜ、完璧をねらうと止まるのか。
理由は2つあると思っています。

1つは、まだ存在しない完成形を、頭の中だけで完成させようとするからです
自動化って、実際に動かしてみて初めて「あ、ここでデータの形が変わるのか」「この通知、思ったより多いな」と分かることがほとんどです。
動かす前の頭の中には、その情報がまだ無い。
無い情報で完成図を描こうとするから、どこかで必ず詰まる。
詰まるとまた考え込む。手は止まったままです。

もう1つは、例外を先回りで全部つぶそうとして、設計がどんどん膨らむからです。
「こういうデータが来たらどうする」「変な使われ方をしたら」と、起きるかどうかも分からない例外まで全部ケアしようとすると、本筋よりも例外対応のほうが大きくなる。
まだ一度も動いていないのに、もう複雑。
これでは腰が重くなって当然です。

結局のところ、動かす前に分からないことは、動かしてからしか分からないんだと思います。
頭の中でいくら完成度を上げても、それは想像の中の完成度でしかない。
情報が足りないまま完璧を目指すのは、暗い部屋で完璧な絵を描こうとするようなものでした。

まず、一番おいしい1工程だけ動かす

じゃあどうするか。
自分がやっているのは、完成形をいったん忘れて、「一番おいしい1工程」だけを先に動かすことです。

一番おいしい、というのは、そこだけ自動になったら自分がいちばん楽になる、という意味です。
業務全体をつなぐ必要は、まだありません。
たとえばメール処理なら、「届いたものを仕分ける」ところだけ。
いくつかある工程のうち、効きが大きい1つを選んで、そこだけを動かしてみる。

動かすと、必ず何か分かります。
仕分けの精度が思ったより高かったとか、逆にこの種類は取りこぼすとか、通知が多すぎるとか。
動かす前には見えなかったことが、動かした瞬間に見えてくる。
その見えたぶんだけを、直す。
直したらまた動かして、また分かって、また直す。

この「動かす→分かる→直す」をぐるぐる回していくと、仕組みは少しずつ育っていきます。
最初から完璧を組むんじゃなくて、8割で動くものをまず置いて、走らせながら10割に近づけていく感じです。
遠回りに見えて、これがいちばん速い。
というより、自分の場合はこれ以外のやり方で完成したことが、ほとんどありません。

失敗しても困らない場所から始める

とはいえ、8割で動かすとなると、こわいですよね。
まだ精度が甘いものを走らせて、大事なところで事故ったら、と。

だから大事になるのが、始める場所の選び方です。
自分は最初の一本を、必ず「失敗しても困らない場所」で動かします。
これは前にも書いた考え方なんですが、自動化を初めて走らせるなら、他人に影響が出ない、外しても戻せる範囲がいい。

いちばん安全なのは、自分の手元です。
自分の受信トレイ、自分用のメモ、自分だけが見る記録。
ここなら、仕組みが多少ヘンな動きをしても、困るのは自分だけ。
しかも、間違えたら手で戻せる。
お金の振込とか、お客さんへの連絡とか、外れたら取り返しがつかない場所は、仕組みが十分こなれてから広げれば間に合います。

失敗しても困らない場所を選んでおくと、「8割で動かす」がこわくなくなります。
むしろ、どんどん雑に試せる。
試せるから、さっきの「動かす→分かる→直す」が速く回る。
完璧主義がゆるむのは、根性じゃなくて、こういう場所選びのほうだったりします。

完璧に組みたい気持ちは、あとで使う

ここまで書くと、完璧主義そのものが悪者に聞こえるかもしれません。
でも、そうは思っていません。

きれいに整えたい、例外まできちんと処理したい、という気持ちは、仕組みを最後に仕上げる段階では、すごく役に立ちます。
問題は、それを「動かす前」に持ってくること。
順番の話なんです。
動く前に完璧を求めると固まる。
動いた後に完璧を求めると、仕上がりが良くなる。
同じ気持ちでも、置く場所で働き方が変わる。

だから自分は、完璧にしたい気持ちが湧いてきたら、「それはあとで使う分」と横に置くようにしています。
今はとにかく1つ動かす。
整えるのは、動いてからでいい。

ここ、ハマりやすいんですけど、まじめな人ほど、この気持ちを先に使ってしまって止まります。

4ヶ月を、5分にしないために

n8nを4ヶ月放置していたあの頃、戻ってきてエラーをAIに聞いたら、5分で解決しました。
設定が1ヶ所、抜けていただけだった。

あの4ヶ月がなんだったのかを、今あらためて考えると、技術の壁というより、完璧主義の壁だった気がします。
触る前に完成形を全部きれいに描こうとして、その重さで動けなかった。
もし当時、「一番おいしい1工程だけ、自分の手元で、8割でいいから動かす」を知っていたら、あの4ヶ月は、たぶん最初の5分で終わっていました。

完璧な自動化を目指すのは、悪いことじゃありません。
ただ、それを最初に置くと、いちばん動けなくなる。
完璧主義は、たぶん自動化のいちばんの敵です。

だからもし今、真っ白な画面の前で固まっているなら、完成形はいったん忘れて大丈夫です。
一番おいしい1工程を、失敗しても困らない場所で、8割で動かしてみる。
動かせば、次に直すところが、向こうから見えてきます。
完璧は、そのあとをついてきます。


最後まで読んでくれて、ありがとうございます。
実際に作った仕組みの実装メモと、つまずきの記録を書いています。
今後の投稿が気になる人はフォローしておいてください。

いいなと思ったら応援しよう!