マネフォの「城」の守り方 〜AIに殺されないSaaS企業の生存戦略〜
こんにちは。
株式会社スプリングボード代表の足立晋平です。
先日、長男が往復夜行バスでディズニーランドに行ってきました。
関西から東京まで夜行バス。帰りも夜行バス。滞在時間は丸一日。
「ホテル取れば?」と言ったら、こう返ってきたんです。
「バス代だけで行けるのに、なんでわざわざホテル代払うん?」
なるほど。息子にとってホテルは「泊まりたいもの」ではなく、移動手段で代替できるコストなんですね。
この感覚、実はいま、ビジネスの世界でもまったく同じことが起きています。
「わざわざこのサービスにお金を払う必要、ある?」
AIが、その問いを突きつけているのです。
🏰 「SaaSの死」が叫ばれる時代に
今年に入って、「SaaS is dead(SaaSの死)」という言葉が飛び交っています。
AIスタートアップのAnthropicが投入したClaude CodeやClaude Coworkといったツールの影響で、投資家の間に「もう業務ソフトいらなくない?」という見方が広がり、SaaS企業の株価が軒並み下落している——そんな論調も目にするようになりました。
そんな逆風の中、NewsPicksの記事で興味深いインタビューが掲載されていました。
大手SaaS企業マネーフォワードの戦略責任者である山田一也CSO、そしてCTOの中出匠哉氏が語った「生き残り戦略」です。
読んでみて、思わず唸りました。
これは単なるSaaS企業の生存策ではない。
あらゆるビジネスパーソンに通じる「変化の時代の戦い方」が凝縮されている。
今日はこの記事を題材に、激変する環境で、どう自分のポジションを守り、進化させるかを考えてみたいと思います。
🔑 「殺される対象」を正しく見極める
山田CSOの発言で、最も印象に残ったのがこれです。
「AIが代替するのはSaaSではなく『人的リソース』です」
一見すると「AIがSaaSを殺す」ように見える。
でも実際には、AIが代わりにやってくれるのは、人がSaaS上でやっていた作業なんですね。
つまり、SaaSという「道具」が消えるのではなく、道具を操作していた人の手が不要になる。
これ、冒頭の息子の話と同じ構造です。
ディズニーランドという目的地は変わらない。変わったのは「移動手段」の選択肢が増えたことで、ホテルという中間コストが代替されたということ。
ここで、ある経営者のエピソードを思い出します。
IBMが倒産寸前まで追い込まれた1993年。外部から招かれたルイス・ガースナーは、周囲が「IBMを分割すべきだ」と主張する中、こう言いました。
「問題はIBMが大きすぎることではない。顧客にとって何が価値なのかを見失っていることだ」
ガースナーは「殺されそうなもの(ハードウェア事業)」を正しく特定し、「殺されないもの(統合的なITサービス)」に会社の軸足を移した。結果、IBMはV字回復を果たしました。

マネーフォワードの山田CSOも同じことをしています。
「SaaSが死ぬ」というナラティブに振り回されず、何がAIに代替され、何が代替されないのかを冷徹に見極めている。
💡ちょこっと理論紹介💡
🛡️ 反脆弱性(アンチフラジャイル)
『ブラック・スワン』で知られるナシーム・タレブが提唱した概念。
ストレスやショックを受けて壊れるものを「脆弱(フラジャイル)」、影響を受けないものを「頑健(ロバスト)」、むしろショックから利益を得るものを「反脆弱(アンチフラジャイル)」と分類しました。
重要なのは、頑健(耐える)だけでは不十分で、混乱を糧にできるかどうかが生死を分ける、という点です。
マネーフォワードの戦略は、まさに「反脆弱」の設計です。
「SaaS is dead」という外部ショックに対して、耐えるだけではない。AIの波を逆手に取って、3つの新しい事業を立ち上げようとしている。
🤖 AIエージェント:SaaSと連携して動く、バックオフィス特化型のAI
📱 AIネイティブプロダクト:最初からAI前提で設計し直した新サービス
🏢 AI BPOサービス:AIを使って企業の業務を丸ごと引き受ける
これらを2030年度にはARR(年間経常収益)150億円以上にする目標を掲げている。
つまり、攻め手の武器を自分の味方にしてしまう戦略です。
🏯 「城の守り方」に学ぶ、3つの戦略原則
もう少し掘り下げてみましょう。
マネーフォワードの戦略には、どんなビジネスパーソンにも応用できる3つの原則が隠れています。
1️⃣ 「城」を守りながら「城下町」をつくる
マネーフォワードが面白いのは、SaaS(城)を捨てるのではなく、その上にFintech(城下町)を築こうとしている点です。
具体的には、カード決済や請求代行に加えて、SaaS上から直接銀行振込ができる送金プラットフォームを準備中。さらには三井住友銀行と組んでデジタルバンクを設立し、銀行免許の取得まで目指しているという。
会計ソフトを使っているだけなら、乗り換えは簡単です。
でも、そのソフトから直接送金でき、融資も受けられ、決済も完結するなら、乗り換えのコストは天文学的に上がる。
これは歴史に例えるなら、徳川家康の戦略に似ています。
家康は関ヶ原の戦いの後、ただ江戸城を守っただけではなく、参勤交代で大名を江戸に呼び寄せ、江戸を経済の中心にし、街道を整備して物流を一手に握った。
城を守りながら城下町で経済圏をつくり、離脱できない仕組みを構築したのです。
2️⃣ 「何でもできる」より「これだけは負けない」
山田CSOは、Claude Coworkのような汎用AIに対して、こう指摘しています。
「バックオフィス業務に特化したものではないので、応答速度やコスト、ユーザー体験が専用設計に比べると落ちる」
これは、私たちの仕事にもそのまま当てはまる話です。
AIは「何でもそこそこできる」。
でも、特定の領域で深い専門性を持つ人やサービスには、まだ太刀打ちできない部分がある。
研修講師をしている立場で言えば、ChatGPTに「新入社員研修のプログラムを作って」とお願いすれば、それっぽいものは出てきます。
でも、その会社の組織文化を踏まえた研修設計や、受講者の表情を見ながらリアルタイムで場を変えていく力は、まだ汎用AIには難しい。
CTOの中出氏も語っていました。
「業務アプリケーションのデータは監査が必要で、改ざんされてはいけない。最後は誰かが責任を取らなければいけない。その役割は人が担う」
万能な汎用ツールが台頭する時代だからこそ、「ここだけは絶対に自分」という領域を持つことが、個人にとってもチームにとっても生命線になります。
3️⃣ 「稼ぎ方」のレイヤーを増やす
マネーフォワードが描く収益モデルの進化が、実に鮮やかです。
💰 第1層(SaaS時代):1ユーザーあたりのシート課金
💳 第2層(Fintech時代):取引ごとのトランザクション課金
🤖 第3層(AI時代):AIが行ったタスクに応じたタスクベース課金
つまり、同じ顧客から「利用料」「取引手数料」「作業代」の3つを同時にいただける構造へと進化しようとしている。
💡ちょこっと理論紹介💡
🧭 競争優位の終焉
コロンビア大学のリタ・マグレイスは、もはや「持続的な競争優位」は幻想であり、企業は「一時的な競争優位の連鎖」で戦うべきだと主張しました。
ひとつの強みが永続すると思い込むのではなく、次の強みを先回りして準備し続ける。
重要なのは、終わりかけている優位から潔く撤退する規律だ、とも述べています。
マネーフォワードは2025年にマーケティング支援事業を売却しています。これはまさに、マグレイスが言う「終わりかけた優位からの規律ある撤退」です。
守るべきものは守り、手放すべきものは手放す。
そして次の優位の種を、今のうちに仕込んでおく。
この「レイヤーを増やす」発想は、私たち個人のキャリアにも応用できます。
たとえば営業職の方なら、
「商品を売るスキル(第1層)」に加えて、
「顧客の業務課題を解決するコンサル力(第2層)」、
さらに「AIを使ってデータ分析や提案資料の作成を効率化する力(第3層)」を積み上げていく。
ひとつの「稼ぎ方」に依存しない構造をつくること。
これが、変化の時代を生き抜く個人の戦略でもあるのだと思います。
💬 「SaaSの死」は「SaaS単体の死」
記事を読み終えて、ひとつ確信したことがあります。
「SaaS is dead」とは、正確には「SaaS単体で勝負する時代の終焉」だということ。
そしてこれは、SaaS企業だけの話ではありません。
「ひとつのスキルだけで勝負する時代」も終わっている。
マネーフォワードがSaaS(城)の上にFintech(城下町)とAI(新兵器)を積み上げたように、私たち個人も、自分の「城」を守りながら、その周りに新しい価値を積み上げていくことが求められています。
変化の波に「耐える」だけでは足りない。
波を「糧」にして、より強くなる。
タレブの言葉を借りれば、「反脆弱」なキャリアをつくること。
それが、AI時代を生き抜く私たちの「切り札」なのかもしれません。
あなたの「城」は何ですか?
そしてその周りに、どんな「城下町」をつくりますか?
ぜひ考えてみていただけたら嬉しいです。
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