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水玉だけで、世界一。 〜草間彌生の「増やさない」戦略〜

こんにちは。
株式会社スプリングボード代表の足立晋平です。

前衛芸術家の草間彌生さんが亡くなられたというニュースを目にしました。97歳。亡くなる直前まで絵筆を手放さなかったそうです。

ただ、いくつか記事を読み進めるうちに、私が一番驚いたのは作品そのものではありませんでした。


🔵 10歳から、ずっと同じ絵を描いていた

草間さんが水玉と網目を描き始めたのは、10歳ごろだそうです。

つまり、87年間
ほぼ同じモチーフを描き続けたことになります。

画像 https://x.gd/WpZ2X

これ、冷静に考えるとなかなかすごい話です。

普通、同じことを何十年も続けていたら、本人が飽きます。周りも飽きます。「またこれか」と言われます。

それでも描き続けて、最後には世界で最も高く評価される現代作家のひとりになりました。

もし部下が「私はこの一点だけで勝負します」と言ってきたら、私たちはたぶんこう返してしまうのではないでしょうか。

🫤「それだけだと、ちょっと厳しくない?」
🫤「もう少し引き出しを増やしておこうよ」

私も、若いマネージャーだった頃は完全にこちら側でした。部下の弱点を数えては、あれもこれも身につけさせようとしていました。

今思うと、ずいぶん余計なお世話です。

🟡 変えなかったもの、変え続けたもの

では草間さんは、同じ絵をひたすら描き続けただけの人だったのか。

まったく違います。

キャンバスに描き、立体作品をつくり、鏡張りの部屋をつくり、街頭でパフォーマンスをやり、小説を書き、詩を書き、服をデザインし、晩年にはルイ・ヴィトンと組んで世界中の店舗を水玉で覆いました。

移動距離が、とんでもないのです。

つまり、こういうことです。

🔁 中核(水玉と網目)は、一度も変えなかった
🚀 置き場所(メディア・国・文脈)は、変え続けた

私たちはキャリアを考えるとき、つい「持ち駒を増やす」方向に走ります。資格を取る、新しいスキルを学ぶ、勉強会に出る。

もちろん、悪いことではありません。

でも草間さんの歩き方は逆でした。

持ち駒はひとつ。増やしたのは、その駒を持ち込む場所のほうだったのです。

職場に置き換えると、こういうことだと思います。

数字の分析が得意な人が、「じゃあ次はプレゼンも鍛えよう」と苦手に手を出すのではなく、その分析力を営業会議に持ち込み、採用面接に持ち込み、来期の予算交渉に持ち込む。

同じ武器のまま、戦う場所を変える。

そのほうが、たぶん速いのです。

💡ちょこっと理論紹介💡
🔁 両利きの経営(Ambidexterity)

スタンフォード大学のオライリーらが提唱した考え方で、組織が長く成長するには「深化」と「探索」の両方が要る、というものです。

深化とは、既存の強みを磨き込むこと。探索とは、新しい領域に出ていくこと。多くの組織はどちらかに偏り、深化だけだと衰退し、探索だけだと軸を失って空中分解します。
 
草間さんは、水玉を深化させながら、置き場所を探索し続けた。個人でも同じことができる、という証明のように思えます。

🟢 同じ絵を、太平洋の向こうに置いた

置き場所を変える。

これを草間さん自身が最初にやったのが、20代のときでした。

若い頃の草間さんは、日本の画壇でほとんど評価されていません。保守的で、閉塞感がある。自分の絵を置く場所がここにはない、と感じていたそうです。

そこで彼女がとった行動が、なかなかすごい。

書店で目にしたアメリカの女性画家ジョージア・オキーフの画集に惹かれ、その住所を自力で調べ、自作の水彩画を添えて手紙を送ったのです。

面識なし。紹介者なし。

今でいえば、いきなり海外の大物にDMを送るようなものです。

オキーフから返事が届き、1957年、28歳で単身アメリカへ渡ります。数年後、ニューヨークで発表した「無限の網」は現地で高い評価を受けました。

描いていたものは、日本にいた頃と同じです。

変えたのは、置き場所だけでした。

🟢 当たり前すぎて、自分では見えない

ここでやっかいなのは、自分の水玉は、自分では見えにくいということです。

毎日やっていて、苦にもならず、努力している自覚すらない。

だからこそ本人は、「こんなの誰でもできる」と思っている。

みなさんにも、心当たりがあるのではないでしょうか。

😌 なぜか人から相談されやすい
😌 資料を整えるのがそんなに苦じゃない
😌 場の空気が悪くなると、つい和ませてしまう
😌 会議で誰も拾わない話を、なぜか覚えている

本人にとっては当たり前すぎて、価値だと気づいていないもの。

それがたいてい、その人の「水玉」です。

見つけ方はシンプルで、他人に聞くのが一番早いです。

「私に何か頼むとしたら、どんなことを頼みますか」

同僚に聞いてみると、自分でも意外な答えが返ってきます。

🟣 のど薬の会社が、ゼリーを売った理由

ビジネスの世界にも、同じ構造の話があります。

龍角散という会社をご存じだと思います。あの、のど薬の会社です。

1990年代、業績が厳しかった時期に、当時の社長は自社を「のど薬の会社」ではなく、「粉をあつかう技術の会社」と定義し直しました。

そこから生まれたのが、薬を包んで飲み込みやすくする服薬ゼリーです。今や介護や医療の現場に欠かせない商品になっています。

のど薬から離れたのではありません。

ずっと持っていた技術を、別の売り場に置いただけです。

もうひとつ、スポーツから。

戦後まもない1949年、水泳の古橋廣之進さんは全米選手権に出場し、次々と世界記録を出して「フジヤマのトビウオ」と呼ばれました。

画像 https://x.gd/D8u2Z

実は前年の国内大会でも、五輪の優勝記録を上回るタイムを出していたのです。しかし当時の日本は国際大会から締め出されており、その記録は非公認でした。

同じ泳ぎです。
速さも変わっていません。

変えたのは、泳ぐ場所だけでした。

🟤 20年、報われなかった時期がある

ここまで読むと、順風満帆な人生に見えるかもしれません。

実際は、まったく違います。

草間さんは1973年に日本へ帰国しています。ニューヨークで16年、前衛の女王とまで呼ばれた人が戻ってきたのに、当時の日本で語られたのは過激なパフォーマンスの話ばかりでした。

美術史的な評価は、すぐには追いついてこなかったのです。

流れが変わったのは1989年、ニューヨークでの回顧展。そして決定的だったのが1993年、ヴェネチア・ビエンナーレに日本代表として参加したときでした。

帰国から、20年です。

この20年、草間さんは水玉を捨てていません。

小説を書き、詩を書きながら、絵も描き続けていました。だから評価が追いついてきたとき、そこにちゃんと積み上がったものがあった。

正直、これは耳が痛い話でもあります。

私たちは半年うまくいかないだけで、「これは自分に向いていないのかもしれない」と考え始めてしまう。私も何度もそうでした。

でも、評価というのは他人と時代の都合で決まります。

自分では動かせません。

動かせるのは、続けるかどうかだけです。

🔴 増やせない私たちにこそ、効く話

ここまで書いてきて、これは30代40代にこそ効く話だなと思っています。

若い頃と違って、時間がありません。子どもの送り迎えがあり、部下の面談があり、親のことも気にかかる。

新しいスキルを一から積み上げる余力なんて、正直そんなにない。

でも、だからこそなのです。

💡ちょこっと理論紹介💡
🎯 SOC理論(選択・最適化・補償)

心理学者のバルテスが提唱した、加齢に適応するための考え方です。

第一に、活動領域を絞る「選択」。
第二に、絞った領域に資源を集中して磨く「最適化」。
第三に、失われた能力を別の手段で補う「補償」。

有名な例が、高齢のピアニスト・ルービンシュタインです。演奏曲目を減らし、その曲を徹底的に練習し、速い部分の前をあえてゆっくり弾いて速く聞こえるようにしたといいます。

減らすことが、衰えではなく戦略になるという話です。

草間さんも、まさにこの通りの晩年でした。

モチーフは水玉と網目に絞り、下描きなしで一気に描き上げる技術を磨き、体力が落ちてからは病院に暮らしながらアトリエに通うという生活設計で補っていました。

引き出しを増やせないことは、弱みではありません。

「絞れている」ということです。

🟠 あなたの水玉は、なんですか

私たちはつい、「足りないもの」ばかり数えてしまいます。

私自身、今でもやります。

でも草間さんの97年を眺めていると、勝負を決めたのは足りないものを埋めた量ではなく、たったひとつのものを、どれだけ多くの場所に持ち込んだかだったように見えるのです。

だから今週、ひとつだけ試してみませんか。

自分がすでに持っている得意なことを、いつもと違う場所に一度だけ置いてみる。

資料づくりが得意なら、部門横断の会議に。
人の話を聞くのが得意なら、他部署の若手のランチに。

それだけで、景色が少し変わるかもしれません。

少なくとも、新しい資格を取るより早く結果が出ます。

草間さんは生前、自分の死後も水玉が増殖して次の世代へ伝わってほしい、という趣旨のことを書き残しています。

97年かけて、たったひとつのモチーフを、世界中に置き切った人の言葉です。

さて、あなたの水玉はなんでしょうか。

ご自身が「当たり前すぎて価値だと思っていないこと」、よければコメントで教えてください。

読ませていただくのを楽しみにしています。


🎦音声/動画解説/スライド資料はこちら(Gemini Notebook)


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今回のテーマに近い、「強みそのものを変えるのではなく、強みが生きる場所を変える」という話をこちらでも書いています。

城を替える勇気。〜藤堂高虎に学ぶ強みの置き場〜



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