フリードリッヒ大王他界後は、カントの研究が困難になった 超訳プロレゴメナ 100 読書会編68
超訳プロレゴメナ読書会 第六回から
栗林雄太の感想
読書会に参加するまで下記は、よく理解できない箇所でした。
抽象的な思考に興味を憶えれば形而上学を考察するのも良いが、そうでなければ他のことに自分の恵まれた才能を振り向けることが必要だ。多くの才能を生かすには、多くの対象が選択可能な社会を造らねばならない。学術会議を毛嫌いする無能で危険な為政者には多くを期待できないが…
カントの時代のプロイセンに学術会議があったとは、とうてい考えることができなかったからでした。
曽根さんと 前島さんが、ここを暗示するようなことを言っていました。その後すぐでした。桐川さんがここを具体的に指摘していました。
そして山際さんが、これも荒川先生が追加した文章だと言ったことで、やっとこの意味が分かりました。
先生は、今の社会の状況に義憤を感じてならなかったのでしょう。けれどもカントが考えもしなかったことを先生は、あえて付け加えたのか、そういった疑問は残っていました。そのときでした、前島さんが当時のプロイセンのフリードリッヒ大王とカントの関係を調べてみれば、その意味が分かるって言っていました。
そこで読書会後、さっそくネット検索をして、下記が分かりました。
・カントは、フリードリッヒ大王の篤い寵愛を受けて研究を進めていくことができていた。
・1786年、フリードリッヒ大王他界後は、カントの研究が困難になった。
先生は、そこに今の自分の気持ちを重ねたのでしょう。
安直なものばかりが横行して、時間がかかる科学研究が敬遠されるこの日本の状況は、カントが潤えていたものに重なるに違いありません。
