ガリレイ、コペルニクス、ニュートンのように膾炙された存在でない人たちの大半は、途中で断念して消えていったのではないか? いや断念はなくとも人生の短さのために消えていったいたものも数えきれないほどあるに違いない。 ぼくたちは、歴史の背後にこうした事実があったことを、考慮しなければならない。すべての規則・法則は、こうした観えない人たちの集積を包み込んでいるはずだから… 連載 超訳プロレゴメナ 288 読書会 194
第28回読書会 まとめ
第15節の主題は、自然科学の法則の根幹を問うものと言えるだろう。しかしそこにも、プロレゴメナが当初から追及してきた分析を総合の理念が息づいていた。
読書会の中ではガリレイの落下の法則がとり上げれただけだったが、その他のぼくたちがよく知っている自然法則にも共通したものがあることを、だれも疑うことはできない。それは、分析での、捨象・抽象とという作業だ。これは言葉にするのは簡単だが、じっさいに作業を始めると、かなり強い執念を持っていなければならないものだ。だから、ガリレイ、コペルニクス、ニュートンのように膾炙された存在でない人たちの大半は、途中で断念して消えていったのではないか? いや断念はなくとも人生の短さのために消えていったいたものも数えきれないほどあるに違いない。
ぼくたちは、歴史の背後にこうした事実があったことを、考慮しなければならない。すべての規則・法則は、こうした観えない人たちの集積を包み込んでいるはずだから…
そして自然法則も、人間が思考する存在だからこそ生みだされてものと観るべきだろう。
人間の思考が、空間と時間を生みだしたように、自然法則も人間が思考しなければ、その存在すら気づかずに終わってしまったものと言っていいだろう。
ここには、広い意味で世界を産みだす「コペルニクス的転回」が存在するって言っていいはずだ。
(池田幸男 記)
付記:
この四月から、読書会参加者の中の三人が社会人一年生になった。それについての短い説明を書いておくことにしたい。
山際このみさんは、文理出版のルポライターってことだが、それはかなり将来のことで、今はその初歩的な研修を受けている段階にいるらしい。
須田隆雄君は、父親が営む貿易商社で新入社員として入社したそうだ。ただし社内では、たまたま社長と同じ苗字だけの赤の他人としてふるまっているようだ。
そしてぼく…池田幸男は、統計処理を行う事務所で、哲学用語辞典改版のための資料を集めている。とても地味な仕事だが、いつかは、多くに役立つものになることを願っている。
