午後二時少し前に前島親子三人がやってきた。幸太郎は母親似のようだが、雰囲気は父親に似ている。父親は孝一郎、母親は幸江と、名のった。先日、母親が「父親譲りで、おつちょこちょいな子」って話していたが、父親からは落ち着いた雰囲気を感じた… 再編 不器用な先生 第150回
九月十六日(土)
午後二時少し前に前島親子三人がやってきた。幸太郎は母親似のようだが、雰囲気は父親に似ている。
父親は孝一郎、母親は幸江と、名のった。
先日、母親が「父親譲りで、おつちょこちょいな子」って話していたが、父親からは落ち着いた雰囲気を感じた。
環が緊張している。ぼくが「環のことを見たいのが本音」なんて言ったからだろう。
父親は環を見て「可愛いお嬢さんですね」と笑った。母親は、口は出さないが同じ気持ちなんだろうか、微笑んでいる。
環にもようやく笑顔が戻ってきた。
前島の父母はぼくより少し若いくらいっではないか。二人とも高校の教師をしているらしい。
父親は数学で、母親は英語を教えていると聞いた。幸江が教師になったばかりの頃、同じ高校で出会ったという。
そんな話ばかりで、肝心の幸太郎の卒業後の話が始まらない。でも幸江の英語授業は楽しいものに違いない。
高校の話が終わると、先日の環と幸太郎の映画鑑賞時の話になった。
「幸太郎って感激屋で泣き虫だから、ハンカチ二枚持たせましたのよ」
それで環に乾いたハンカチを渡すことができたのか。
こんな母親じゃ環のほうが苦労するのかな? いや、それは取り越し苦労ってものだろう。
なかなか幸太郎のことに話がいかないから、こちらから聞いてみた。
「幸太郎君のこれからことなんですが」
「あら、それは先生にお任せしますわ。先生の可愛い与太郎なんでしょ」
幸太郎のやつ、こんなことまで親に話しているのか。幸太郎は照れくさい顔もせず澄ましてやがる。幸太郎ってマザコンじゃないのか。ちょっと気になる。
今日の来訪の主目的は、やっぱり環を観ることだったのだ。
幸太郎、簡単に助手になれるなんて思うなよ!
その後の談笑の中で孝一郎氏が環に言った。
「環さん。お父さんの授業を受けるって、どんな気分ですか?」
「楽しいですよ。最初は少し父が可哀そうな気もしましたけど。
父は未だに照れくさいみたいですけど」
孝一郎氏は感心したような顔だが、幸太郎と母親は驚いた顔をしていた。
九月十七日(日)
昨日は前島家の来訪でかき乱されたような気分も残った。楽しくもあったけど。
彩は挨拶を済ませたら部屋に行き翻訳を進めていた。かなり捗ったらしく前島家の引き上げ時にも挨拶を簡単に済ませただけっだた。
昼食をとったら眠たくなった。彩もそうらしい。二人とも昨日の疲れが今頃になって出てきたのかもしれない。
居間に行き、ソファに座って庭を眺めていたらいつのまにか眠っていた。
気が付くと彩が頬をぼくの胸に押し付けるようにして眠っていた。
居間にやってきた環が言った。
「ママ。可愛い顔して寝てるじゃない」
「翻訳が捗って昨日は遅くまで起きていたからだろう。
しばらくこのままにしておいてあげる積りだよ」
「優しいってのも大変ね。幸太郎もしてくれるかしら?」
「そんなの、づいぶん先のことだろう」
「あらそう。パパ妬いてる?」
「そうかもね」
環が笑いながら言う。
「パパ。ご本持ってきてあげようか?」
「そうだね。これじゃあ動けないからね」
環に数冊の本を持ってくるように頼み、環がいなくなると
「ふふっ」
と彩が笑った。
「なんだい。起きてたのかい」
「環の声で目が覚めたんだけど、二人の話が面白いから、そのまま聴いてたんだ」
環が部屋に入ってくるのに気づいて、また寝たふりをした。
「今、ママと話してなかった?」
「そんなことないよ」
「でもおかしい! あれははっきりママの声よ」
彩はもう我慢しきれずに、声をあげて笑いだした。
