声が届かなかった。——学習塾で先生になった話
農学部を出ました。
県の農業専門職の試験を受けました。
単位は最低限しか取らない、まじめとは言えない学生でしたから、大学の講師も同級生たちも大騒ぎでした。
なんでお前が通るんだよ、と。
ただ、1次試験の一般常識は本を読むのが好きだったこともあって、それほど難しいとは感じませんでした。

2次試験には、面接がありました。
試験官と受験生の距離は離れています。
補聴器はつけていませんでした。
会話のやりとりの中で、聞こえなかった箇所がいくつかあったと思います。
ちぐはぐさが出てしまい、ああ失敗したな、とその場で思ってしまいました。
結果、落ちてしまいました。
行き先もなくなりました。
そこへ、声をかけてくれたのが、先に学習塾で働いていた友人でした。
できたばかりの、新興の会社でした。
農学部卒の新人が、教育の現場に入ることになったのです。
まず、生徒を集めなければならない。
塾は、生徒がいなければ始まりません。
教室は小学校の近くの公民館を借りていました。
最初にやることは、授業ではありませんでした。
電話営業でした。
電話で一本もアポを取れません。
契約を取れる気がしなかったです。
それでも、やり様はあるのです。

下校時間を待ちます。
子どもたちが小学校から出てくる時間に、公民館の近くでチラシを配ります。
そして、体験教室に誘います。
今ではそういう誘い方は問題になるかもしれませんが、当時はそれが最初の一歩でした。
体験教室で、分かりやすく教えます。
子どもが「面白い」と思ってくれれば、親とのアポにつながるわけです。
親が納得すれば、契約になります。
生徒が数人集まると、後は成績が上がることで口コミが広がりました。
最終的に教室は9つになりました。
私が入った頃は、まだ一つだったのに。
個別指導という距離感
指導のスタイルは、個別指導でした。
生徒一人ひとりのすぐそばに座って、分からないところだけを教える。
一斉授業ではなく、その子のペースに合わせて進む。
このスタイルは、私には合っていました。
聴覚障害があります。
ただ当時はまだ今ほど聞こえが悪いわけでもなく、補聴器もつけていませんでした。
見た目では分からなかったと思います。
子どもたちにも、親にも、特に言ったことはありませんでした。
言わなければならないとも、考えていませんでした。
すぐそばに座って、一対一で話す。
その距離なら、雰囲気で相手の言葉を補うことができました。
障害が障害として機能しない環境でした。
少なくとも、そう思っていました。
教室の外から呼ぶ声
ある日、気づくと一人の女子生徒が私に口をきかなくなっていました。
3人組でいつも来ていた子たちのうちの一人です。
指導中は、それでも席に座っています。
でも、私が話しかけても返事がない。
目が合っても、すっと逸らされる。
原因が分かりませんでした。

同僚の先生に相談しました。
でも、そちらもどうすればいいか分からないようで、特にアクションを起こしてくれませんでした。
週に2回の授業では、私にできることは限られていました。
しばらくして、3人組の他の2人が、おずおずと話してくれました。
以前、教室の外から「先生。」と呼んだのだと言います。
でも、先生、返事がなかったよ。
完全に無視されたと、怒っちゃった……と。
思い当たることはまったくありません。
個別指導に集中していると、視野が狭くなります。
目の前の生徒のノートを見ながら、説明をしている。
そういう状態のときに、教室の外からささやくような声で呼ばれても、私にはまったく届きません。
聞こえなかったのです。
ただ、それだけのことでした。
1か月の苦しさ
でも、その子には「無視された」に見えた。
悪意はありません。
気づかなかっただけです。
でも、それは伝わっていませんでした。
2人に事情を話しました。
集中してたから、聞こえていなかったのだ、と伝えました。
2人はすぐに理解してくれました。
そこから、中心の子をなだめてくれるまでに、また1〜2週間かかりました。
その間約1か月は、正直に言えば苦しかったです。
辞められてしまったら、という気持ちもありました。
でもそれより、せっかく塾に来てくれているのに、まだその子たちの成績を上げてあげられていない。
その方が、引っかかっていました。
誤解が解けたときは、ほっとしました。
3人とも以前よりなついてくれました。
根はいい子たちなのです。
ほんのちょっとのすれ違いで、人の気持ちはこんなにも動くのか、と思いました。
声が届かなかっただけで。
すれ違いは、悪意からは生まれない
後から振り返って思うことがあります。
あの子が傷ついたのは、私が無視したからではありませんでした。
でも、無視されたと感じた。
その感じは、本物でした。
どちらも嘘をついて生きていない。
ただ、見えていた景色が違っただけです。
保育の現場でも、似たことはあると思います。
先生が気づいていないだけで、子どもの側では何かが起きている。
静かな子が、静かに傷ついていることがある。
声が届かないとき、人はどんな顔をするか。 そういうことを、体で知っています。
個別指導に集中していた私の視野の外で、教室の扉の前に立っていた子がいました。
あの声は、今でも聞こえなかったと言いきれます。
でも、あの出来事は、今でも残っています。
この連載では、実体験や現場での観察をもとに、AIも活用しながら文章化しています。 記事内画像にはAI生成イメージを含みます。
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