東京の地名も分からない女が、転職サイトに人生を預けかけた話
※前回はこちら↓
地方の病棟で疲れていた私が、美容クリニックの求人にまんまと惹かれていく話です。
美容クリニックに惹かれた。
でも私は、何も分かっていなかった。
東京のことも。
転職のことも。
美容クリニックの現実も。
分からないことが多すぎると、
人は急に「プロ」に頼りたくなる。
私は人生で初めて、転職サイトに登録した。
今思うと、人生を預ける気でいた。
1.転職サイトに人生を預けかけた
転職サイトは、人生の引っ越し業者ではない。
地方の病棟でくすぶっている私を段ボールに詰めて、
きれいな都会の職場まで運んでくれるわけではない。
でも当時の私は、少しだけそれを期待していた。
そもそも、私は誰に相談すればいいのか分からなかった。
親に言えば、たぶん正論が返ってくる。
地元でも働けるでしょ。
看護師なら仕事はあるでしょ。
わざわざ東京に行かなくても。
今の病院を辞めなくてもいいんじゃない。
全部、正しい。
正しいからこそ、言いにくかった。
私が欲しかったのは、正しい答えではなかったのだと思う。
「行ってみたら?」
「やってみたら?」
「失敗しても、まあ何とかなるよ」
そんな、少し無責任なくらいの言葉が欲しかった。
でも地元でそんなことを言ってくれる人は、なかなかいない。
私の周りには、東京の美容クリニックに転職した人もいなかった。
都会で働く看護師の知り合いもいなかった。
上京転職の現実を聞ける相手もいなかった。
地元には、地元の情報しかない。
だから私は、スマホの中の誰かに頼ることにした。
画面の向こうには、東京に詳しい人がいる。
美容クリニックに詳しい人がいる。
私の人生に、いい感じの地図を引いてくれる人がいる。
そんな気がした。
だいぶ頼りすぎである。
でもあの頃の私は、本気で少し期待していた。
2.希望条件というより、ほぼ願望だった
転職サイトに登録すると、希望条件を聞かれる。
勤務地。
給与。
勤務形態。
希望する診療科。
転職理由。
その頃の私の希望は、かなりふわふわしていた。
東京に行きたい。
美容クリニックで働きたい。
夜勤はしたくない。
給料は下げたくない。
できれば、きれいな場所がいい。
そして本音を言えば、
SNSで見るような、
都会のキラキラした生活に少し近づきたかった。
そんなこと、担当者に言えるわけがない。
「転職理由は何ですか?」
と聞かれて、
「都会でキラキラした生活がしたいからです」
なんて答えたら、たぶんそっと画面を閉じられる。
だから私は、それっぽい言葉を探した。
美容に興味があります。
新しい分野に挑戦したいです。
看護師として経験を広げたいです。
嘘ではない。
でも、全部ではない。
いちばん奥にあったのは、
今の自分をどうにか変えたい、という
もっと恥ずかしい願望だった。
希望条件というより、ほぼ願望。
仕事探しの顔をした、人生の逃げ道探しだった。
今なら分かる。
転職サイトが悪かったというより、
私がまだ、自分の人生の希望条件を言葉にできていなかった。
夜勤は嫌。
田舎も嫌。
今の自分も嫌。
でも東京は分からない。
美容クリニックの現実も分からない。
その状態で、誰かに人生をいい感じに整えてもらおうとしていた。
無理がある。
転職サイトはドラえもんではない。
ポケットから
「都会でキラキラできる職場〜」
を出してくれるわけではない。
もし逆の立場なら、私だって困る。
そんな人が来たら、
とりあえず温かいお茶でも出して落ち着かせたくなる。
3.画面越しに、鼻で笑われた気がした
最初、担当者は丁寧だった。
条件を聞いてくれた。
美容クリニックについて説明してくれた。
東京の求人もいくつか教えてくれた。
でも、やり取りを重ねるうちに、
少しずつ相手の声の温度が下がっていくのが分かった。
画面越しでも分かる。
人は面倒くさくなった時、
声のどこかが少し冷える。
たぶん相手も、だんだん分かってきたのだと思う。
この人は東京のことを分かっていない。
美容クリニックのことも分かっていない。
希望条件もふわふわしている。
でも憧れだけは妙に強い。
面倒な求職者である。
自分で書いていて耳が痛い。
ある時、志望していた大手美容クリニックの話になった。
すると担当者に、こんなようなことを言われた。
「あなたに、あの大手の美容クリニックはね……」
「まあ、難しいでしょうね」
鼻で笑われたような気がした。
実際に笑ったかどうかは分からない。
でも私には、そう聞こえた。
悔しかった。
たぶん顔は真っ赤だったと思う。
ただ、もっと悔しかったのは、
図星だったことだ。
「難しいでしょうね」
そう言われて腹が立った。
でもその言葉のどこかに、
当たっている部分があったから、余計に腹が立った。
怒りというのは、図星に触れた時ほどよく燃える。
4.それでも、あきらめてたまるか
念のために書いておくと、
私は転職サイトそのものが悪いと言いたいわけではない。
合う人もいると思う。
助かる人もいると思う。
情報が少ない人にとって、心強いこともあると思う。
ただ、当時の私にはうまく使えなかった。
私は、自分の希望をうまく言葉にできていなかった。
相手も、そんな私を扱いきれなかった。
たぶん、そういうことだったのだと思う。
でも。
それでも。
私はそこで引き下がれなかった。
「難しいでしょうね」
その言葉が、しばらく頭の中に残った。
たしかに私は何も分かっていなかった。
でも、だからといって、
ここで諦めるのは違う気がした。
こちとら、田んぼを見ながら何年もくすぶってきた女である。
画面越しの担当者ひとりに、
「難しいですね」
と言われたくらいで、あきらめてたまるか。
私の見栄と憧れは、そこまでお行儀よくなかった。
怒られたらしょんぼりする。
見下された気がしたら傷つく。
でも、悔しいと少し燃える。
面倒くさい女である。
でも、人生を動かす時には、
そういう面倒くささが役に立つこともある。
私はその後、転職サイトを使うのをやめた。
誰かに人生を運んでもらうのを待つのではなく、
自分で動いてみることにした。
そして、志望していた美容クリニックの公式ホームページを開いた。
募集要項を見た。
応募ページを見た。
画面の前で、しばらく固まった。
怖い。
でも、悔しい。
怖いけれど、
このまま何もしないで閉じる方が、もっと悔しい。
転職サイトではうまくいかなかった。
誰にも「大丈夫」と保証されていない。
それでもここで何も変わらず同じ時間を過ごす方が怖かった。
私は結局、公式ホームページから応募することになる。
そしてその先で、
思ってもいなかった結果を知ることになる。
次回へ続きます🍵
転職サイトではうまくいかなかった私が、
結局、志望先の公式ホームページから自分で応募する話です。
「これで人生が変わる」
その時の私は、本気でそう思っていました。
変わるには、変わりました。
ただし、想像していた方向とは少し違っていました。
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