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【40歳過ぎてシンガーソングライターに その3】|創作大賞|オールカテゴリ部門|ノンフィクション

【第三章|トラウマを抱えながら「そのままでいい」を目指して】

私は20代後半から心療内科に通って来ましたが
これまでのことを、なかなか医師にも説明出来なくて
フラッシュバックしてしまうことなども
上手く伝えられず、なかなか状況を理解してもらうことが難しかったです

母と離れて一人暮らしを始めて
私は時々カウンセリングを受けたり
心理学やトラウマケアなどの本をたくさん読んだり
YouTubeの動画で精神科医の解説を観たりして
母との関係を、問題を解決しようと必死になって

早くなんとかして解決しなくちゃ‼︎と思えば思うほど
母から、あんなことも言われた、こんなことも言われた、と思い返して
自分が今もこんなに苦しんでいることを
母のせいにして、被害者意識が強くなり

母から言われたことをの内容を否定しようと
一生懸命、自分を肯定しようとするつもりが
今度は私が、ひどい言葉で母を責めてしまい
また罪悪感と自己嫌悪の繰り返し

小さい頃に母に認めて欲しかった
愛されていると感じたかった自分を
大人になった今の私が癒してあげようとしても
そんなこと言ったって、過去の事実は変わらないじゃないか…
と、なかなか上手くいかず

それならと
「今の自分」を自分で褒めてあげることにしました

それはどんな小さなことでもいい

朝起きたら、それだけでえらい‼︎
と、自分で自分の頭をポンポンと撫でて褒めてあげる

・トイレにいった
・歯を磨いた
・着替えた
・ゴミを出した
・コンビニにいった

出来たことをどんどん褒める

そして、出来ない時は
出来ない自分をそのまま肯定してあげる

今日はしんどかったから無理せずに寝転がって休めたね
などと…

身体は休んでいても、周りのみんなはがんばっているのに
自分だけ寝てばかりいて、なんの役にも立てない…と
取り残されてしまったような、孤独や不安と焦り、罪悪感で
心と脳が、なかなか休めないんですよね

また「すみません」とか「ごめんなさい」という言葉よりも
なるべく「ありがとう」と言うように気をつけるように
意識して心掛けるようになりました

これも簡単なようで難しく、ついつい「すみません」と言ってしまう
昭和生まれの日本人によくありがちな言い方の癖で
謙虚さも感じる良いところでもあるかも知れないけれど
日々、訓練ですね…

*****

こういうのって、色んな方が
様々な克服方法とかを紹介したりしているけれど
自分に合ったダイエット方法を
色々と試して探し当てるしかないように
人によって「合う」「合わない」があったり
体調の波やタイミングもあるんだと思うんです


体調が安定していたり、自分に余裕がないと
良いことを考えられないし
きっと上手くいくと信じることもできない

よく、相手を変えることはできない
変えられるのは自分だけ
自分が変わると相手も変わる…と言いますが

相手が変わってくれないから
自分の考え方も変えられないんだと
他人のせいにばかりしていました

それでもどうしても変わりたくて
あれこれ調べては他にも色々と試してきたけど
どれもなかなか上手くいかなくて

よくありのままでいればいいんだよと聞くけど
そもそも「ありのままの自分」というのが分からなかくて

自分に厳しくなるのはいいことでもあるかも知れないけれど

あの人より自分は劣っているからダメだ
がんばれない自分はなんてダメなんだろうと
他人と比べては
「自分がダメな理由探し」をして
また自分を責めて

過去のトラウマからも
どうしていたら母に許してもらえるのか?
どうしていたら自分も「いいんだ」と思えるのか?
どんな自分なら正解なのか?
完璧でいないといけないとプレッシャーを感じて
自分がただ、そこに居ることさえも
自分の何もかもに自信が持てなくて


自分のことを許せないでいると、自分を責めたり
”自分責め“を止めようとすれば
今度は他人のことが許せなくなって、他人を責めてしまう
というのを行ったり来たりして、どんどん苦しくなっていきました

セラピーやスピリチュアルなどのYouTubeを未漁っていた時に
元お笑い芸人の「てんつくマン」さんのことを知って
「問いかけワーク」というのをやっていたので
参加してみたこともありました

どうしたら自分がうれしいか?
どうなったらしあわせか?

「必ず自分がワクワクするような答えになる問いかけをするんやでー」と
てんつくマンさんは言っていた

自身の事務所が火事になったり、そこから路上詩人を始めてみたり
どんなことも、良いきっかけにしてしまう
”きっかけ番長“のてんつくマンさんの
笑あり涙ありの、愉快で素敵な学びの時間でした

「母との問題」を何とかしようとするよりも
まず「自分」が楽しくいられるには?と
少しずつ自分に問いかけるようにしていってみました

*****

少し気を立て直したかと思えば
またすぐにどん底な気持ちを繰り返しながら
少しずつ、少しずつ…

これまで少しでもネガティブに、マイナス思考になると
もうそんな自分がダメなんだと
自分責めをしてしまって…


小さい頃は母から言われた言葉がショックで
まるで海の海面に分厚い氷が張っているかのように
感情が麻痺していたような状態だったのかも知れない

こういう問題は
体罰や暴力、ネグレクトなどを受けたわけじゃないから
周りからも、なかなか理解してもらいにくくて

「ただ言われただけのことでしょ⁉︎」
「私なんか、もっとひどいこと言われてきたよ‼︎」
「大人になったんだから、自然と治るものでしょう?」
「親に育てておいてもらって、親のせいにしてるなんて酷い」
「お母さんも大変だったんだろうから」
「そんな小さい頃のこと、いつまでも気にしてる方が悪い」
「あなたの受け取り方の問題だ」などと友人たちから言われて
責められた気持ちになって

チェッカーズの「ギザギザハートの子守唄」の歌詞の
♪あぁ、分かってくれとは言わないが、そんなに俺が悪いのか?
という思いでいっぱいになるのでした

また、良かれと思っての助言として
「過去のことを考えないようにしなさい」
「忘れるようにしなさい」
「母のことも自分のことも許しなさい、手放しなさい」
と言われることも多くて
分かってるけど、それが出来ないから
長年こんなに苦しんでるんじゃん‼︎と反発心いっぱいになり

そんな周りからの言葉が
「セカンドレイプ」のようにして
大人になってからも、さらに深く傷ついていくことが多かったです

「あなたならきっとできる」
というような期待の言葉も
早く問題を解決しなければ…と
プレッシャーになって苦しかったです

結局は、自分の考え方、捉え方、視点を
ほんの少しズラしてみたりするしか
変わっていかないのかも知れないけれど

その方法に正解や確実なマニュアルはなく
自分に合った方法を見つけるのも大変

でも、何度挫けてもあきらめたくなかった

人生何周目、という表現があるけど
もしかしたら、母とは前世でも
立場を変えて、ずっと同じ問題を繰り返してきたのかも知れない

だったら、また今度
生まれ変わったときに来世でやり直すんじゃなくて
今世のうちに乗り越えたいという思いがあった

*****

罪悪感を感じて自分を責めては、褒める
浮き沈みの激しい折れ線グラフのような日々を送りながら

転々としていた心療内科で
新たに出会った先生から
メマンチンという、本来はアルツハイマーの薬の錠剤が
トラウマからの恐怖心を緩和する作用があることが近年わかったそうで
処方してもらい、服薬して数週間すると
本当に恐怖心が少しずつ和らいでいく感じがして来ました

表面で分厚く、ガチガチに凍っていた氷が
少しずつゆっくり溶けていくようにして

本当は最初からあった、やさしい母との良い思い出が
少しずつ表面に上がってくるような感覚がした

みんな大なり小なり「波」があるのだから
そんな時があってもいいんだと
焦りや不安を少し俯瞰できるようになってきた気がしてきた


母との関係に対して反省や後悔をし続けるより
今からでも、恩返しや親孝行していけたらと
考えられる時間が増えてきた気がする

親孝行だなんて言うと
大袈裟に良いことしようとしてるように聞こえるかも知れませんが

母に心配をかけないためにも
まずは自分が毎日、充実して小さな幸せに感謝しながら楽しく生きる
これも、親孝行なのかも知れませんね

母からは、私の歌の活動についても
「絶対上手くいかない」と反対されて
カラオケ大会の地区大会で優勝したり
東京の中野サンプラザで開催された全国大会に出た時も
「せっかくここまで来ても、何にもなりゃせん」と言われて
すごく悔しい思いもしましたが
そんな母に、いつか認めてもらいたいという思いがあったからこそ
途中で何度も挫折しても、歌を続けて来れたのだと
私の原動力にもなっていたんだなと
感謝に変えられるようになりました

また、私は母が本当は優しい人だと知っていましたが
残念ながら世の中には救いようのないような酷い人もいるから
許せない人がいてもいいけれど
許せない自分を、どうか責めないで欲しいと思います

みんながみんなと仲良くなれなくてもいい
まずは自分が居心地が良いと感じる人や物事
なんだか気持ちがいいと感じる場所などを大切にしていく
最初は罪悪感を感じても、少しずつ自分を許してあげる練習をして
無理に何かを変えようとする前に、こんな自分がいてもいいんだと
「そのままでいい」という状態を受け入れていけるようになると
もう少し気楽に生きていいんだって思える
心の状態に繋がるんだなと思いました

とは言え、こういう問題は傷が深いほど、とにかく時間がかかります
自分が変わるきっかけは、小さな些細なことかもしれませんが
コレやったら一発で直った!とか
たった3分で、10分で、この一言で
克服できた!とはならず
なかなか一筋縄ではいかないものです

だったら最初から
こんなにも長い間悩んで来てないですね(笑)

*****

そう言えば、19歳の時には
住んでいた雑居ビルの下の階で火事が起きて
煙や熱風がすごい勢いで上がってきて
玄関からは逃げられなくて
窓からハシゴ車で救出してもらったこともありました

緊急事態で避難するために大事な物を持って行かなくちゃ‼︎と
大事なもの…当時飼っていた「愛猫‼︎」
と、咄嗟に愛猫をリュックに押し込んで背負って
玄関には近づけなかったので靴も履けず
裸足のままだったので
割れたガラスが地面に落ちていて
その破片で足の裏を少し切って怪我してしまいましたが

みんな無事だったから
今となっては、そんなこともあったなぁと
笑い話にもできるけど
(我ながら、私の人生ネタの宝庫だな…笑)


でも、色んな方の話を聞いていると、実はみんなそれぞれに
想像を絶するような大変なこと
うれしいこと、悲しいこと、色んなことがあって
同じように平気なふりをして、本当は辛い気持ちを隠して
自分を偽って、笑っている人が本当に多いんだなと
驚くと同時に、みんなの心の優しさに
決して自分だけが大変だったわけじゃない、1人じゃない
自分もがんばろうと背中を押される気持ちなのでした

私も、自分なりに経験して感じたことや
たくさんの人と出会って教えてもらったことがたくさん


そこから学んだことなんかが、歌になっていくから
良くも哀しくも、それがシンガーソングライターの性なのか…(笑)

「自分で作詞作曲している」と言うと
「すごーい」と言ってもらえることが多いけれど
私が作った、というより
みんなと出会えて、みんなが大切なことに気づかせてくれて
みんなが歌にしてくれたという感じで
感謝、感謝です


島根で過ごした自然溢れるあの時間や

デンジャラスな都会の雑居ビルの屋上からも

私のオリジナル曲はたくさんたくさん生まれた

たいせつな場所だったんだと思う

*****



大人になってからは

ご飯を作ったり、洗濯物を干したり、シャワーを浴びている時や

自転車や電車に乗っている時など

何気ない日常の時間からも、曲は生まれることも多いですが

そんな私が長年住んでいた雑居ビルが

数年前に突然、跡形もなく取り壊されてしまいました

自分の故郷や実家がどこなのか、いまいちよく分からない私の

心に小さな穴が空いてしまったかのような気持ちで少し寂しい

あそこにいけば、いつまでも当たり前に
そびえ立っていると思っていた古い雑居ビル

そんな心の隙間を埋めるのは

やっぱり音楽なのでした

泣きたい時に1人で思いっきり泣いたり

いつか誰かに届くといいなと願いながら

夢中で歌った、あの雑居ビルの屋上

まるで秘密基地のような、あの場所にも


「ありがとう」


第四章へつづく

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