60代のリアル|第2幕、第5話【実録・介護の崖っぷち】「保証人は2名必要」の無理難題を、厚労省ガイドラインと医師法で突破した記録
前回までのあらすじ
おうちに帰りたいと願う母を病床に残したまま迎えた、6月29日の月末激務。
パート事務員の私は感情をオフにして業務に没頭していましたが、オフィスの片隅で古い紙折り機が完全に沈黙してしまいました。
現場を見ない課長からの冷淡な「正論」に絶句するも、頼れる主任の男気と同僚たちのチームワーク、そして担当者のチャーミングな職人技によって、300枚の手折りという大ピンチを見事な大逆転劇で乗り切ったのでした。
▼ 前回はこちらです。
【苦渋の決定】動き出した転院計画と、募る焦燥
6月30日(火)
前日の月末激務と職場のドタバタ劇を乗り切った翌日、6月30日。
私のスマートフォンに、現在の病院の退院調整看護師さんから1通のメールが入りました。そこには、重苦しい決定事項が綴られていました。
「7月7日、1つ目の介護医療院から受け入れるとの連絡がありました。今度は変更できませんので、その日で調整をお願いします」
以前、私がその施設への転院を一度お断りしていたからこその、強い語調でした。
しかし、その施設は8月から費用が上がることが決まっており、できれば入れたくありませんでした。
それだけでなく、
「ここに入れば寝たきりになる」
「施設にない診療科の受診はできず、高度医療も受けられない」
と明確に説明されていたのです。
いくら看取りまで対応しているとはいえ、まるで穏やかに死を待つためだけの場所のように思えてなりませんでした。
「なんとかして、別の場所へ転院させたい」
そんな私の焦りと葛藤を置き去りにしたまま、半ば強制的に時計の針が進められていきます。
7月1日(水)
さらに明けて7月1日、事態を揺るがす知らせが入ります。
母が突然、発熱したのです。
看護師さんからは
「当日の体温や容体を確認してから転院します」
と再びメールがありました。
不穏な空気と募る焦燥感のなか、タイムリミットだけが刻一刻と迫っていました。
【理不尽な関門】立ちはだかる保証人の壁と、法律を武器にした意思表示
7月2日(木)
心が晴れないまま迎えた翌7月2日、追い打ちをかけるように新たな高い壁が立ちはだかりました。
介護医療院の手続きを進めるなかで、施設側から
「連帯保証人が2名必要です。しかも、それぞれ住所の異なる方を立ててください」
と告げられたのです。
母の介護を一人で背負っている身にとって、別々の住所に住む保証人を2名も用意することなど不可能です。
「私一人しか書けません」
と伝えたものの、四角四面なルールを盾にする施設側との話し合いは平行線をたどり、激しく揉めてしまいました。
納得のいかない施設への不信感と、理不尽な手続きへの憤り。
私は必死で対抗策を探し、厚生労働省のホームページにある「身寄りのない人への対応に関する通知(平成30年4月27日)」に行き着きました。
そこには、保証人がいないことを理由に、医師法第19条第1項の「正当な事由」なく受入を拒んではならないという旨が明記されていました。
私はその公的な根拠を提示し、さらに母の預貯金で十分に費用は賄える実績を筋道立てて説明しました。
ただ従うのではなく、法律と事実を武器に毅然と交渉した結果、施設側も最終的には認めざるを得なくなり、連帯保証人は私1名のみで受け入れることで決着しました。
決して本意ではない転院だからこそ、理不尽な要求にだけは絶対に屈しないという、私の意地でもありました。
【参考・私が交渉の武器にした公的根拠】
▼厚生労働省:「身寄りがない人の入院及び医療に係る意思決定が困難な人への支援に関するガイドライン及び事例集」
▼日本医師会:医の倫理の基礎知識 2018年版「B-9.医師の応招義務」
▼e-Gov 法令検索:「医師法(第十九条第一項)」
【形式上の決定】七夕の約束と忍び寄る影
7月3日(金)
連帯保証人の一件をなんとか1名で押し通し、明けた7月3日。病院側との間で、ようやく「7月7日退院・転院」の段取りが形式上、正式に確定しました。
私はすぐにGoogleカレンダーを開き、当日の予定を分刻みで入力していきました。
朝8時に現在の病院へ行き、母の着替えと荷物整理、退院手続きを行う。10時30分には介護医療院へ到着し、そこから約2時間におよぶ入院手続きを済ませる──。
仕事の合間を縫って取得した7月7日の有給休暇は、この緊迫したスケジュールで完全に埋まっていました。
納得のいく転院先ではないものの、タイムリミットを前に「やるしかない」と自分に言い聞かせ、粛々と準備を進めていました。
ところが、運命は文字通り急転します。
7月6日(月)
転院を翌日に控えた7月6日の夕方、私は病院からの1通のメールに気が付きました。
「お母様が38度の発熱をされたため、明日の転院は見送りとさせていただきます」
心臓がドクンと跳ね上がりました。
7月1日の発熱から、母の身体はずっと限界のサインを出し続けていたのです。
感傷に浸る間もなく、私は現実の対応に追われました。翌日の予定がすべて白紙になったことを受け、すぐに職場の課長のもとへ向かいました。
「明日予定していた休暇は取り消します。通常通り出勤いたします」
そう告げたときの、胃のあたりがキリキリと痛むような感覚を今でも忘れません。介護の予定に振り回されながら、すぐに仕事モードへ切り替えざるを得ないビジネスケアラーの日常。
こうして、私たちの七夕の約束は、始まる前に静かに崩れ去っていったのでした。
🌿次回予告
しかし今にして思えば、母の身体の異変は、発熱だけではなかったのかもしれません。
時計の針を数日前、7月4日のお見舞いの日に戻します。
病室で私の顔を見た母の口からこぼれた、まさかの言葉。それは、その後の私たちを揺るがす、衝撃の現実の始まりでした。
つづく
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