アメリカ発:現地担当者が語るコンテンツ真正性の最新事情
ソニー広報部のSTです。生成AIの急速な進化により、「この写真、本物?」という問いが日常的になりました。フェイクコンテンツが社会問題化する中、コンテンツ真正性(コンテンツの出所や来歴を検証する技術)への注目が世界的に高まっています。この分野で国際標準を策定しているのがC2PA(Coalition for Content Provenance and Authenticity:以下C2PA)です。ソニーは2022年に運営委員会(ステアリングコミッティ)のメンバーとして加入し、技術仕様の策定から組織運営まで深く関与しています。
今回、米国西海岸に赴任し、C2PA活動の現場で奮闘するソニー社員、岩附さんにお話を伺いました。日本からは見えにくい現地のリアルをお届けします。
1. なぜアメリカへ?テック企業との直接対話を求めて
現在アメリカでC2PA運営メンバーとして活動されていますが、赴任のきっかけを教えてください。
岩附さん:私は長くαシリーズのカメラやレンズの商品企画に携わっていました。その後、カメラユーザー向けのソフトウェアやクラウドサービスの企画を経て、2023年から米国西海岸に拠点を移しました。世界的なテクノロジー企業やメディア企業と直接議論できる環境で、実践的な連携を進めるためです。

ソニーは以前からカメラをベースにした真正性技術の開発に取り組んでおり、2022年にC2PAに加入しました。ちょうどその頃、生成AIが急速に進化し、フェイクコンテンツが社会問題化する中で「本物とは何か」が改めて問われるようになりました。真正性の重要性が高まる流れを受けて、私の米国赴任と同時に、ソニーとしてのC2PA活動も現地で本格的に強化されることになりました。
2.米国での3つの活動:国際標準策定から報道機関との協業まで
現地での具体的な活動内容を教えてください。
岩附さん:主に3つあります。
【活動①】C2PAの組織運営への参画
ソニーはC2PAのステアリングコミッティ(運営委員会)のメンバーです。この委員会では、以下のような意思決定に関わっています。
● 技術仕様の方向性と優先順位
● エコシステム(関連企業の連携体制)の方針
● 組織全体の戦略策定
また、日米のソニーエンジニアと連携しながら、技術ワーキンググループや専門タスクフォースに参加し、国際標準としての仕様を日々検討しています。私の重要な役割は、クリエイター視点・カメラメーカー視点を仕様に反映させることです。議論に参加するだけでなく、現場の声を届けることを意識しています。
【活動②】報道機関との協業
報道業界でコンテンツ真正性をどう実現するか。新しいワークフローの検討を行っています。C2PA標準をベースに、ソニー独自の技術を活用した、より高度な検証の仕組みを議論中です。報道機関と継続的に対話を重ね、現場の課題を技術でどう解決できるかを模索しています。
【活動③】パートナー企業・クリエイターとの連携
米国を中心に、撮影後の体験に関わる新しい仕組みを検討しています。コンテンツ真正性だけでなく、コンテンツ制作や映像表現に新しい流れを取り込むという、より広いテーマにも取り組んでいます。

3. C2PA運営委員会の内側:多様な業界の意見をどう調整するか
「C2PAのステアリングコミッティでは、実際にどのような議論が交わされているのでしょうか? 」
岩附さん:C2PAは参加企業の増加とともに、導入が様々な業界で進んでいます。組織運営の責任は年々大きくなっています。ステアリングコミッティでは、技術仕様の方向性だけでなく、組織全体の方針策定を担っています。
【具体的な議論テーマ】
● 財務・法務
● 渉外・広報
● 情報インフラの整備
● 組織体制の強化
参加企業が多岐にわたるため、業界ごと、企業ごとに異なる要望や優先順位が存在します。立場の違いが鮮明になることもあります。そうした多様な意見を調整しながら、国を超え、業界を超えて、C2PAを社会に実装していく、それが運営委員会の役割です。各委員はその責任を共有しながら、日々、率直で熱のこもった議論を重ねています。
4. カメラメーカーとしての立場:クリエイターの「出生証明」を守る
カメラメーカーと他業界では、立場の違いもあると思います。調整の難しさを教えてください。
岩附さん:フェイクコンテンツが社会問題化する中、カメラメーカーである私たちは、まずクリエイターを守りたいという立場にあります。彼らの信頼や、時間をかけて生み出したコンテンツの価値が損なわれないようにしたい。そのために、コンテンツがカメラを通して生まれたことを証明する仕組みを作りたいと考えています。いわば「出生証明」です。

ソニーの真正性証明技術は、画像がAIによって生成されたものではなく、カメラを使って撮影されたことを検証します。撮影時に電子署名をカメラ内で作成し、撮影した画像にリアルタイムで埋め込みます。電子署名に用いる鍵は、ハードウェアのチップセット内に安全に保持されており、高いセキュリティを実現。この電子署名を検証することにより、その画像がカメラで撮影されたものであることを検証します。
一方で、デジタルコンテンツには様々な用途があります。報道、エンターテインメント、SNS、広告、それぞれ事情や優先順位が異なり、意見の違いは当然生まれます。ただし、重要なポイントがあります。C2PAは「本物か偽物か」を判定する仕組みではありません。コンテンツの出所や来歴を明らかにする「成分表示」のようなもの。透明性を提供する取り組みです。透明性が社会に共有されれば、より自由で安心したコンテンツ制作・消費が可能になる。この前提を共有しながら、多様な立場の企業と議論を重ねています。
5. 日米で異なる「真正性」への温度感
アメリカと日本では、真正性への関心に違いはありますか?
岩附さん:生成AIの進化により、米国も日本も含め世界各地でコンテンツの出所・来歴への関心が高まっています。国際標準を定めることの重要性は強く感じています。米国の特徴は、世界的なテクノロジー企業やプラットフォーム企業が積極的に議論に参加していること。そうした企業とリアルタイムで議論できる環境にいることは、この仕事のやりがいでもあります。
6. ある新聞社編集長の言葉:「信頼に値する存在」になるために
特に印象的だったエピソードを教えてください。
岩附さん:仕事柄、北米の報道機関の関係者とC2PAやコンテンツ真正性について日常的に議論する機会があります。その中でも特に印象に残っているのは、ある新聞社の編集長との会話です。
曰く、「写真や動画を「検証可能(verifiable)」にし、「信頼できる(trustable)」ものにすること自体がゴールではない。実際には、読者や視聴者に一つ一つのコンテンツの由来を確認してほしいわけではない。ただ、それを継続的に実践することによって、情報の発信者そのものが「信頼に値する(trustworthy)」存在だと判断される関係性を築きたいのだ」と。
それを聞いたとき、真正性の取り組みは、長期的な信頼の構築なのだと改めて感じました。人間が生み出す表現の価値を守ること。偽情報や誤情報から社会を守ること。自分の仕事が、その一端でも担えるのであれば意味がある、そう強く心に刻んだ瞬間でした。
7. これからの展望:「撮る」価値を守り続けるために
今後、C2PAや真正性の取り組みはどう発展していくとお考えですか?
岩附さん:AIの進化と発展は、今後私たちの生活や創造性を現時点では想像できないほど豊かなものにしていくと思います。同時に、それが誰かを傷つけたり、社会を不信で満たすような負の側面も懸念されています。
来歴や真正性の技術は、そうした課題に対処しようとする取り組みの一つであり、さまざまな技術や規格、業界が連携しながら、時間をかけて信頼の土台を築いていく必要があります。
実際には多くの課題に直面しますし、解決に時間がかかるものもあります。完璧な仕組みを今すぐに作ることは難しいですが、それでも少しずつでも前に進めることが重要だと感じています。
また、私自身、カメラに長く携わってきた立場として、「撮る」という行為から生まれる価値を守り続けたいと思っています。人間が生み出す表現の力とその価値を支える仕組みづくりに、これからも取り組んでいきたいと思います。
「信頼に値する存在になる」という新聞社の編集長の言葉、そして岩附さんの「人間が生み出す表現の力を支える仕組みづくり」という言葉が印象に残りました。この領域は技術も議論も日々動き続けています。今後の動きにもぜひご注目ください。
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