短編『一夜の恋の予感』男性視点
この話の男性視点の話です。
今日は金曜日、明日は休みだから羽を伸ばせる。
そう思って、行きつけのバーに行った。
一人で行くから、自動的にカウンター席になる。
マスターにマティーニを頼む。
カクテルは数多い。飲んでみていいと思ったものに、つい定着してしまう。
この店はただマティーニというと、ドライベルモットを使った辛口のものが出てくる。
さっぱりとした味わいは、アルコール度数が高いのに気にせずに飲めてしまう。
まあ、友人曰く、俺は『ザル』だそうだから、マティーニの一杯や二杯では全く酔わないが。
いろいろなことに思考を飛ばしつつ酒を楽しんでいると、明らかにこういう場に慣れていない女性が一人で入ってきた。
横目で盗み見ているが、あとから連れが入ってくる気配もなく、一人でキョロキョロと店内を見まわしてた。
危なっかしい。
そう思ってしまい、つい声をかけてしまった。
「こっちにおいでよ」
と。
女性は「……えっと」と口ごもる。
こういう場に慣れていないのが、明らかにわかる。
「あ、警戒してる? でもこういうところ初めてみたいだから」
「……うん」
女性は会社員というより、女子大生かな、と様子を見ていて思う。
肩より少し長い髪をそのままたらし、薄く化粧をしている顔は、泣きはらした跡があった。
でも、顔は俺の好みだ。
そんなことを思いながら、一応メニューを渡す。
女性はメニューを真剣に見ているけれど、注文するものが口から出てこない。
もしかして。
「どんなお酒が好き?」
「あまり飲めないんだけど……できれば甘いのがいいな」
やっぱり。
俺のお薦めを言ってもいいが、ここはマスターのオリジナルカクテルを薦めてみるか。
「そう。ここはマスターがオリジナルカクテルを作ってくれるんだ。君もどう?」
「じゃあ、それで」
マスターは頷くと、すぐにカクテルの準備を始める。
その間に、彼女は小声でぽつぽつと語りだした。
初めて彼氏ができたのに、振られてしまった。
愚痴を聞いてもらいたいと思ったのに、友人は夕食を終えたらすぐに帰って行ってしまった。
「もう、薄情なんだから」と口をとがらせてぼやく。
そうこうしているうちに、マスターがすーっとカクテルグラスを差し出した。
「ありがとうございます」
そう言って、彼女はグラスに口を付けた。
「美味しい。甘さは控えめだけど、さっぱりとして飲みやすい……」
マスターの耳にも届いていたのかな、失恋したという話が。
甘さを控えめだけど、さっぱりとしている――それはきっと、マスターからの応援メッセージ。
これを乗り越えたら、成長するから。
成長は、甘いだけではいられない。
「そう、良かった」
それから、箍が外れたのか、彼女は何杯もカクテルを頼む。
カクテルは意外と度数が高いのを分かっていないのかな? ちょっと心配になる。
彼女はかなりお酒を飲んだので、最後には呂律の回らないような状態だった。
それでも店を出るときは、自分が飲んだ分は自分の財布から支払った。
こちらのおごりをまったく期待していないのは、好感が持てた。
それにしても危ないな、と思って、家まではいかなくても駅まで送ると言ったのだが……。
「らいじょーぶ、らいじょーぶぅ」
呂律の回らない口で、大丈夫と何度も繰り返して、俺の手を振り切って歩いて行ってしまった。
……少しだけ期待したところはある。
バーの雰囲気に慣れていない。
失恋したばかりで、癒しを求めている。
そこに付け込む隙はあった。
顔立ちは俺好み。
おごられることを前提としていない、自分の財布が空に近い状態になったのに嘆きつつも、俺を頼ろうとしない。
思った以上に、彼女は意外としっかりしていて。
「好みだったんだけどなぁ」
俺はちょっとだけぼやいて、さて帰るか、と暗い夜道に向かって歩き出した。
互いに恋の予感はありましたが、女の子の方が投げ捨ててしまいました。
