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30年前に書いた未来に、いま立っている

はじめての方へ。
この一編からどうぞ。



波平さんは、70歳だった。
大学のある小さな街で、さまざまな人と一緒に暮らしている。


——そんな話を、私は30年前に書いた。


新聞社のエッセイコンテストで、入賞した作品だった。
すっかり忘れていたのに、ふと思い出して読み返してみた。

舞台は、大学のある小さな街だった。
シェアハウスのような家に、年齢も背景も違う人たちが一緒に暮らしている。

波平さんは、下の階に住む目の見えない女性の代わりに、保育園へ子どもを迎えに行く。
その子に懐かれて、少し照れながら、うれしくなる。

1階にはボランティアセンターがあり、助けが必要な人と、助けたい人をつないでいる。

波平さんは、上の階に住む90代の女性の代わりに手紙を代筆し、おいしいお茶とお菓子を一緒に楽しむ。

コミュニティバスで大学に行き、昔から興味のあった経済学の講義を受ける。
若い学生に声をかけられ、元会社員としての経験を話すこともある。

家に戻ると、テニスから帰ってきた妻のフネさんと一緒に、共同の広いキッチンで料理をする。
ダイニングでは、ほかの住人たちに少しお裾分けをしたり、言葉を交わしたりしながら夕食をとる。

月に一度、隣町に住む長男のカツオくんが訪ねてきて、共有スペースでパソコンの使い方を教えてくれる。
そのあとは、広々としたお風呂で一緒に汗を流す。

当時の私は、こういう暮らしを「理想」として書いたのだと思う。

実際の生活や、助け合いの難しさについては、ほとんど何も知らなかった。
きれいごとと言われれば、その通りだったかもしれない。

それでも、あのとき思い描いた風景は、今読んでもどこか現実味がある。

この30年で、現実はそう単純ではないと知った。
人が関わることには、気遣いやすれ違いもあり、うまくいかないことも多い。
それでも、小さなやりとりの中に、確かに似たような瞬間があることも知った。


今の私は、少しだけ似た環境にいる。
友人は60代になってから、女性4人で共同生活を始めた。

私は、目の見えない友人の子どもを迎えに行ったり、一緒に料理をしたりしている。
台所には、いつも少しだけにぎやかな時間が流れている。

働いているNPOでは、定年退職後の方々が手伝ってくれている。
高校生や大学生と一緒にイベントをすることもある。
大学の先生や市の職員、NPOの人たちと、啓発動画を作ることもある。

この30年の社会が、順調だったとは言えない。
それでも、人はそれぞれができることを持ち寄りながら、さまざまな形でつながっている。

私は、かつて自分が思い描いた未来の中で、
いま、静かに暮らしているのかもしれない。


未来の話を書いたけれど、 あのとき自分で終わらせた紙のことも、思い出しました。
「退職願を書いたけれど、書き直すのが面倒だった」 

これからも、日々の彩りを少しずつお届けできればと思います。
またお会いできるよう、フォローで繋がっていただけたら嬉しいです。


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