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すべての経験は、この仕事のために用意されていた

自走組織スペシャリストの星 寿美です。

私の人生の前半は、日々がむしゃらに生きていました。

その時は意味がわからなかった出来事が、全部、今につながっていると感じています。


嫌われないように「ちゃんと」をやり続けた子ども時代

私は、風呂なしのボロボロのアパートで育ちました。古い都営アパートで、ゴキブリやネズミも出るような劣悪な環境でした。

家では、両親が毎日のように激しく怒鳴り合っていました。

「世間様に恥ずかしい。」「普通はそうじゃない。」そんな言葉を浴びながら育ちました。

「ちゃんとしなさい。」と、毎日のように言われたものです。子どもの私には、その「ちゃんと」が何なのかわかりませんでした。

ただ嫌われないように。怒られないように。必死で「ちゃんと」をやり続けました。
気づけば、自分が何を感じているのかも、何をしたいのかも、わからなくなっていたのです。

「ダメな人間だ」と思い込み、いじめに遭った日々

16歳の時には性被害にも遭いました。「自分は汚れてしまった。」そう思いました。誰にも相談できず、誰にも弱音を吐くこともできませんでした。

でも人前では、笑い続けていたのです。
笑うためには、自分自身を傷つけるしかありませんでした。笑顔でい続けるために、こうしてバランスをとっていたのです。

10代の頃は、「私なんてダメな人間だ。」と、思い込んで生きていました。

今振り返ると、本当にもったいないことをしていたと思います。
あの頃の私に会えたなら、「あなたのままで大丈夫!」そう伝えてあげたいです。

学校や職場でいじめに遭っても、それが当たり前になっていて、つらいから辞めるという発想もありませんでした。

仕事を辞めることもなく続けていたら、余計にいじめられるという悪循環に陥っていました。それでも私は、生きることをやめませんでした。

学童保育の仕事で、子どもたちに教わったこと

18歳の時には家を出て、自活を始めました。

20代の頃は早朝市場でアルバイトをし、昼は保育士、夜は居酒屋というトリプルワーク。

でも学童保育の仕事で子どもたちと関わる中で、だんだん「自分はこうしたい」という気持ちが芽生えてきたんです。

学童保育は、小学校で頑張ってきた子どもたちが放課後に来る、家の代わりのような場所です。

だから「先生」ではなく、名前やあだ名で呼んでほしいと思うようになったのです。それまで自分の意見なんて言ったことがありませんでした。

それでもある職員会議の時に、勇気を出して言うことにしたのです。

「私は先生と呼ばれたくない。名前で呼ばれたい」と。

当時の私には大きな挑戦でした。
今までやったことのないことだったので、涙は出るし、鼻水は出るし、周りはドン引きしてました。

「さっきの意見、私も共感したよ」と、お茶の食器を洗っている時に近づいて、言ってくれた人がいたのです。

「自分の意見を言うと否定されることもあるけれど、共感してくれる人もいるんだ」「言わなければ何も起こらないんだ」と、その時初めて知ったのです。

そして、子どもたちから教わった一番大きなことは「無条件」でした。

不思議なことに子どもたちからは絶大な支持を受けていました。
子どもたちは家に帰ると私の話ばかりしていたようで、親御さんとも良好なコミュニケーションがとれるようになってきました。

対話により、離職率が低下

30歳の時に外の世界が見たくなって、介護会社の管理育成の仕事に就きました。

慢性的な人手不足で、ヘルパーさんが辞めてしまうといった課題がありました。

私は学童時代に経験した「上から指示するやり方」ではなく、対話をすることを試してみたところ、離職率が下がったりました。
今の活動の原型のようなことを試せたのがその介護会社でした。

自分で「こうしたら成果が出るんじゃないかな」と試せる立場だったし、同僚にも恵まれていたので、3年間とても楽しく働いていました。

「自分の力を試したい」と思って起業し、小料理屋を始めたこともあります。

がむしゃらに働いていたら寝ることも忘れてしまい、廃人のような状態になったこともあります。

何度も無一文になりました。

今振り返ると、「がむしゃら」という言葉しか見つかりません。
でも当時の私にとっては、それが普通だったのです。

DVを受け、息子と家を出た

人前では笑顔でいた私は、たくさんプロポーズもされたんです。でも私は、結婚は地獄だと思っていました。

毎日争っている両親を見て育ったのが、大きかったと思います。

「私に結婚を申し込むなんて、地獄に落ちろと言っているのか」と思うくらい、強い怒りが湧き、全部断っていました。

ところが道で出会ったその人に「お嫁さんになって」とナンパされた時だけは、なぜか普通に「いいよ」と答えたんです。

自分でもその返事に驚きました。そうして35歳で結婚しました。

そのおかげで最高の息子と出会うことができたのです。
息子と出会うために「いいよ」と言ったのだと思うと、自分の直感力はすごいなと思います。

人生で一番つらかった出来事

結婚後はDVも受けましたし、うつにもなりました。

DVをする人は、外ではとてもいい人なんです。周りからは「あんなにいい人と結婚できてよかったね」と言われていました。

「私が悪いんだ」「いい家庭を作らなければ」と思って頑張り続けた結果、うつになってしまったのです。

また自分に蓋をするような人生に戻ってしまいました。

そこまで落ち込んだ後に息子が生まれたのです。帝王切開で生まれた息子の出生体重は、わずか967グラム。

早産であれば300グラムや500グラムの赤ちゃんもいます。
10か月しっかりお腹の中にいて生まれた、日本一小さな正期産の赤ちゃんでした。

帝王切開で生まれた我が子と初めて対面した時のことは、言葉では言い尽くせません。

あえて言葉にするなら「あまりの愛しさ」。

でも息子は生まれてすぐ保育器に入ってしまい、抱っこもできませんでした。

他の赤ちゃんはお母さんに安心して抱っこされているのに、うちの子だけは管につながれ、誰にも抱っこされないまま保育器の中にいるんです。

機械音に囲まれ、針を刺されながら過ごしていて、抱っこすることもできなかったことが、私の人生で一番つらい出来事でした。

いじめやDVなど、それまでのつらい経験も、どうでもよくなるほどでした。

「人生で一番つらかったことは何ですか」と聞かれたら、我が子を抱っこできなかったあの時期だと答えます。

母乳を搾って冷凍し、それを病院に届ける毎日でした。我が子に会えるのは1日1時間だけ。その1時間のほとんどは寝ているので、目を開けた姿を見ることができませんでした。

初めて目を開いた姿を見た時のことも、言葉では表現できません。

あまりにも目が綺麗で、まるで雷に打たれたような衝撃を受けました。

それと同時に、「この子には全部お見通し!」と悟りました。どんなに笑顔を作っても、この子の前では、ごまかせません。

だから、自分を一致させて生きようと思いました。

息子が生まれたばかりの頃は、「なんで私みたいなバカからこんな天才が生まれたんだろう」「なんで私はブスなのに、この子はこんなにかわいいんだろう」と言っていたんです。

まだその頃は、強烈な自己否定が残っていました。

でも、息子が3歳くらいになった頃には、「なんでこんなにかわいいの?」「あ、私がかわいいからか」と自然に言うようになっていたんです。

ずっと後から知ったのですが、
脳は主語が誰かよりも、繰り返し使われる言葉を受け取るのだそうです。
息子のことを愛おしい、かわいいと思い続けていたことで、私自身も大きく変わりました。

息子が教えてくれたこと

夫のDVを子どもに見せたくない!(私自身が親の前面DVに深く傷ついていたから)
だから、息子が3歳の時、持てるだけの荷物を抱えて家を出ました。

養育費もありません。実家も頼れません。

4畳半のアパートをなんとか借りたけど、家賃払えず、財布の中は10円玉以下の小銭だけ。子どもを抱えてマイナスからの再出発でした。

でも、不思議なんです。
人生で一番お金がなかった時期なのに、一番笑っていました。お金には苦労したけど、息子と過ごす毎日が、本当に楽しかったからです。

ある日、中学生になった息子が言いました。

「ねぇ、お母さん。うちって貧乏だったんだね!」と。
「知らなかったんかーい!」と、私は答えました。

お金がないことは、不幸ではありません。
笑えないことが不幸なんだということを、息子は私に教えてくれました。

そんな息子との暮らしの中で、私は少しずつ変わっていったのです。
嫌なことは嫌。悲しいことは悲しい。怒る時は怒る。自分の感情を否定しない。違和感をごまかさない。

『我が、まま』を取り戻したことで、地獄だと思っていた人生が、少しずつ天国へと変わっていきました。

そんな私がたどり着いたのが、感情対話®です。

感情対話とは、『怒り』や『モヤモヤ』した時に、自分自身と対話する方法です。

感情を大切に扱うことで、まだ言葉になっていない本当に大切な価値観や想いに気づき、自分自身とつながっていきます。

そしてその対話は、自分だけではなく、どんなにこじれた人間関係も根本から変えていくのです。

このメソッドは、どこかで学んだものではありません。
幼い頃から、ぶつかり続ける両親を見てきました。

その時は意味がわかりませんでしたが・・・過去の出来事が全部つながっているのが、今はわかります。

孤独感や絶望も、やりきったことが、今の自分に繋がっているのかもしれません。

学童保育では、のべ500人を超える子どもたちと体当たりで向き合ってきました。
何より、息子との暮らしの中で、私自身が何度も気づき、変わり続けてきたこと。

そのすべてを体系化して生まれたのが、感情対話®なのです。

今振り返ると、あの出来事も。この出来事も。苦しかった経験も。理不尽だと思った出来事も・・・すべて、今の仕事につながっていました。

そんな感情対話を土台にした『自走組織育成のお仕事』で、日本中の組織を幸せにしたい!と、私は考えています。

会社は個人の集まりです。
幸せな会社が増えれば幸せな人が増えるからです。

今は、どんな経験も、どんな出会いも、大切にしたいと思っています。
すべてのご縁と経験に、心から感謝しています。

だから私は、仲間と一緒に、日本中へ、そして世界中へ、この幸せの波紋を広げていきたいと思っています。

その話を、最後の記事でお伝えします。

「日本中を幸せにしちゃう仲間、集まれ!」というタイトル。

みんなそれぞれ、違う人生があり、違う経験があります。

だからこそ、その経験をエネルギーに変えて、一緒に幸せの波紋を広げていきたいのです。

そんな私の想いをお伝えています。

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