はじめての入院、手術 | 老後の暮らしを整える
去年、家族が、生まれてはじめての入院、生まれてはじめての手術、を経験した。
2年ほど前、人間ドックでみつかったのは、かなり稀だという胸の病気で、当初は、開胸手術で、あばら骨を切断する必要がある、という話だった。
その話と前後して、別の病気もみつかり、大学病院で経過観察中となっていた。胸の病気の治療についても、同じ大学病院で診ていただくことになった。
1年ほど経過観察をした結果、胸の病気については、やはり、手術をしたほうがいいだろう、ということになった。ただし、大学病院では、開胸手術ではなく、ロボット手術ができそうだ、という。
家族は 60代半ば、生まれてはじめての入院、生まれてはじめての手術、となった。
結果的に、手術はうまくいき、手術後も、痛みや後遺症などに苦しむこともなく、入院中もドクター、ナース、スタッフの方々にとてもよくしていただいて、想像をはるかに上回る、平和な入院、手術体験、となった。
開胸手術ではなく、ロボット手術になったことで、体への負担も最小限で済んだ、と思う。
病気が早期にみつかったことも含めて、本当にラッキーだったと思うし、お世話になった病院のみなさんには、本当に感謝している。
今まで大病をしてこなかったひとでも、年齢を重ねると、あちこちに不具合がでてくる。年齢を重ねていても、病気、病院に慣れていないために、なおさらに不安も大きくなってしまう。
手術前には、万が一のときに備えた説明を受ける。
もともと、それほど難しい手術ではない、という説明を受けていたものの、やはり、死を意識せざるを得ない。
我が家は、もともとお互いに遺言書の準備はしてあった。が、入院して、万が一とはいえ、戻ってこれないかもしれない、と考えると、確認しておきたいこともあれこれでてきた。サブスクの契約状況など、細かなことも共有した。
ふだんから、カジュアルに、万が一のときは、という話はしていたものの、よりリアルな状況に迫られると、今までとは世界が違って見えるような感覚もあった。
誰でもいつかは死ぬ、という話はしていたのに、手術をすることになった途端、それは、とても生々しい話のように感じられた。
しかし、万が一のときは、という話を繰り返しているうちに、家族も、私も、その万が一のとき、について考えることに慣れていった。最初はちょっと怖い感じすらあったのに、だんだんに、そういうこともあるかもなぁ、誰しもいずれはそうなるしなぁ、という雰囲気も漂ってきた。
恐怖・不安を克服したのかもしれないし、感覚が麻痺したのかもしれない。単純に慣れてしまっただけかもしれない。
病気のこと、手術のことについては、ドクターからの説明もとても丁寧で、わかりやすかった。ネットでは、同じ患者さんの体験記なども見つかった。私は医療ドラマが好きなので、手術のシーンを思い浮かべて、あれこれ想像したりした。
また、手術の日を決めてから、手術当日まで、数ヶ月の猶予もあったので、家族は体調管理を徹底し、なんなら、以前よりも健康になって、手術の日を迎えた。退院後に備えて、自分の部屋もきれいに整えて、清々しい様子で病院に向かった。
病院が自宅から割と遠く、手術は朝早くから始まり、4〜5時間はかかる上、手術が終わったあともすぐにHCU(High Care Unit:高度治療室)に入ってしまう、ということだったので、ドクターとも相談の上、私は自宅で待機することになった。
無事に手術が終われば、ドクターから、状況説明の電話をいれてくれるという。
私は犬たちの世話をしたり、家事をしたり、ふだん通りに過ごした。が、やっぱり、もしものことを考えたりもした。
自分的には、(もしものことがあったら、どうしよう?)というありがちな展開を想像していたものの、実際は、どうしよう?では済まなかった。
親族に連絡するときにどんなふうに話すべきか、そのためには、病院からある程度の情報をもらわないといけないな、とか、猛暑の時期だったので、すぐに火葬できるのかな、とか、親族はみな高齢で住まいも遠いので、火葬をしてから、私がお骨を持っていって、お別れ会をしたほうがいいのかな、など、ものすごく具体的に考えてしまって、どうしよう?どころではなかった。
入院、手術のこと、万が一のときのお墓のことなどは、事前に、本人から、親族に伝えてもらっていたものの、葬儀の場所など、さすがにそこまで具体的な話はしていなかった。私があれこれ手配、調整しなきゃいけないのか、と気が重くなった。
今までに、祖父母、義理の父母を身近で見送ってきた。また、サラリーマン時代の最初のしごとが人事だったこともあり、訃報手続き、というのも頻繁に対応していた。
ひとが亡くなると、身近な家族というのは、次々と判断を迫られ、手続きに追われ、悲しむどころではない、というのは、よーくわかっている。
家族とは、しっかりコミュニケーションをとっていたと思っていたけれど、まだまだぜんぜん足りなかった。私があれこれ決めたり、調整しなきゃいけないことだらけだ、と軽く絶望していたところに、ドクターから電話がはいった。
手術は予定通り、無事に終わりました、と。
家族は、順調に回復し、数センチほどの小さな傷口はホチキス止めで、手術から数日後に退院した。退院後の経過も順調で、半年に一度ほどの検査の他は、飲み薬すらなく、今ではすっかり通常運転だ。
病気がみつかって、開胸手術が必要、という話になったときは、さすがにどん引きしていた家族の意識も、手術、入院を経て、大きく変わった。
病気は闘うものではなく、自分自身そのものでもあり、プロの力を借りながら、うまく付き合っていくしかない。いいドクター、いい病院と出会うことができれば、入院、手術も、耐えられないほどの苦痛ではない。大切なのは、健康なうちに、やりたいことを、先延ばしにせず、どんどんやっていくということ。
もちろん手術なんて、しないで済むにこしたことはないけれど、将来、必要となれば、ロボット手術なら、受けてもいい、という。
今回は本当にラッキーだったとは思うものの、経験すること、によって、恐怖や不安というのは低減されるのだ。改めて、いくつになっても、にんげんって成長するものなんだな、と思う。
これから年齢を重ねるにつれて、また、家族の病気が見つかるかもしれないし、私の病気が見つかるかもしれない。でも、今回の経験を経て、次回以降はもう少し手慣れた感じで、対応できそうな気もする。
ちなみに、お葬式のやりかたについても、お互いの希望も、具体的に確認をした。もちろん、今後、考えが変わったり、よりいい選択肢がでてくれば、見直すかもしれない。とにかく、ひとつのたたき台ができたのはよかった。
高齢の親のサポートをしながら、あれこれ思うことも多いが、あっという間に自分の番がくるんだろうな、とも思う。
