あえてお金で解決しない、という選択 | 家計管理のきほん
日常生活には、次々と問題が出現する。なんなら、気がかりなことがないときなんて、今までの人生のうちで、ほとんどなかったようにも感じる。
人生最大のピンチ!と汗がでる経験もなんどもしたし(人生最大のピンチが1回では済まされないという恐怖)、心がざわざわするような、気のせいかもしれないけど無視できない、小さな心配ごとなどは、日々発生しては消え、途切れることがない。
最近、ちょっと怖いな、と思うのは、ちょろちょろっとネットで検索をするだけで、あらゆる問題解決方法がみつかる、ということ。
もちろん、それだけで問題解決するほど、世の中甘くない。
なのに、あーこうすればうまくいくのかな、このひとにお金を払えばなんとかしてくれそう、と思う話が、ネットに溢れている。そういうものを目にするたびに、私はなぜか落ち着かない気持ちになる。
問題解決がビジネスになっている、というのは、当然のことと思う。
自分ではにっちもさっちもいかないことが、お金で解決できるなら、やっぱり助かる。ときには、お金で解決したほうがいいケースもあるだろう。
でも、問題解決をどんどん外注するようになったとき、自分の人生がどこか遠くにいってしまうような、そんな不安も脳裏によぎる。
私は30代半ばに、DIY*と出会い、その後の半生を DIYをベースに生きてきた。
DIY(ディーアイワイ)とは、素人(専門業者でない人)が、何かを自分で作ったり修繕したりすること。「D.I.Y.」とも言う。
do it yourself(ドゥ イット ユアセルフ)の略語で、「自分でやってみよう!」「自分でやれ!」などの意。意訳して、「自分でできることは自分でやろう!」。
とりあえず、どんなことでもまずは自分でやってみる。大概、うまくいかない。いったん心が折れるが、むくっと立ち上がり、しぶとく悪戦苦闘する。
どうにも歯がたたないときは、プロの力を借りる。でも、この時点で、自分のなかでは、プロの力を借りたい部分が明らかになっている。費用についても、どのくらいが妥当か、自分なりの値ごろ感ももてるようになっている。
最初はうまくいかなくても、しぶとく取り組んでいると、ふっと世界がひらける瞬間もある。そこからまた、しぶとく取り組む。プロにはとうてい及ばないものの、自分としては、このくらいならよし、と思えることもある。
うまくいかないことさえ恐れなければ、自分のスキルをあげられるチャンスがあるかもしれない、という話だ。3つチャレンジしてみて、そのなかのひとつでも自分のものにできれば、世界はひろがるし、なにより、自分に自信がつく。
私がフリーランスとしてあげてきた成果は、収入、という観点では、正直、ぜんぜんたいしたことがない。なんとかかんとかやってきた、というレベルだ。
が、生きていくためのスキルについては、我ながら、なかなかのレベルまで上げてきた、と自負している。大金は稼げないものの、お金が必要になれば、さくっと稼ぐこともできるし、そもそも、それほどお金がなくても、自分が納得できる暮らしができている。
あれもやりたい、これもやりたい、この問題を解決するにはお金が必要だから、たくさん稼がなければ、という生きかたばかりではない、ということ。
本当に、そんなに稼ぐ必要があるの?
私は、問題解決するプロセスこそが、人生そのものだと思う。
どちらかというと、自分は効率厨だと自認している。が、自分が失敗するプロセスを省くことはしない。
もちろん失敗なんてしたくなけれど、失敗しないと学べないことのほうが、だんぜん多いこと、失敗して学んだことにこそ価値がある、というのを体験的に知っているから。
本当に困ったときにはプロに頼るべき、とは思うけれど、ぜんぜんうまくいかないという経験を繰り返したり、悪戦苦闘することこそ、尊いことなんじゃないか、とすら思っている。
