家族といっても価値観はばらばら | 自力でがんばる実家じまい
家族で協力して、実家じまいをする。理想の姿なのかもしれないけれど、正直なところ、現実的ではないと思う。
自分の実家じまいをする数年前に、夫の実家の片付けをすることになった。
義母は他界しており、義父が施設に入ってからもしばらく経っていた。木造の家がだいぶ古くなっていたこともあり、家を取り壊し、土地を売却することになった。
夫は3人兄弟の末っ子で、彼だけが地元を離れ、お兄さんが実家のお隣に、お姉さんも実家近くに、家を建て、暮らしていた。
お父さんが暮らしていたままの状態で、すでに数年が過ぎていた。お隣に住むお兄さんが、時折、風を通してくれていたというものの、家にあがると、床が傷み始めており、歩くとふわふわして不安になる。
家を取り壊す際に、産廃業者さんが入ることになっていたので、必要なものを運びだし、地域のごみ回収にだせるものはまとめておこう、ということになっていた。
夫と私が実家に行けるタイミングにあわせて、お姉さんが来てくれた。
夫と私はほとんど勝手がわからないので、お姉さんの指示で、処分するものをまとめていく。埃まみれになっての、2日間ほどの作業だった。私は食器をごみ袋にいれたり、書類、本などを紐でしばったりを担当した。
可燃ごみ、不燃ゴミ、資源ごみを分別し、不用品を玄関近くにまとめておくため、移動するだけでもたいへんだった。指定の日に、お兄さんが地域のごみ回収所に出してくれることになっていた。
後日、私たちが処分するものとしてまとめたものの中から、お兄さんが救出したものがたくさんあった、という話を聞いた。
夫の3兄弟のなかで、わりとドライなのがお姉さんと夫で、お兄さんは思い出を大切にするタイプ。さもありなんと思った。結果的に、お兄さんが、必要なものを救出できる段取りになっていたことは、本当によかったなと思った。
それから数年後、私も、自分の実家じまいをすることになった。
実家は、階段をあがると2部屋あり、かつては、弟と私がそれぞれ1部屋ずつ使っていた。私が使っていた部屋は、母の趣味のもの、旅行の写真などがダンボールに入れられて、雑然と積まれていた。
私が実家をでてから30年以上経っており、弟も結婚し、そろそろこどもたちも成人するというのに、弟の部屋は、なぜか学生時代のままだった。(弟は、親の様子をみにいく折は実家に泊まり、自分の部屋で過ごしていたようだ。)
お正月などに実家にいっても、2階にあがることはなかったので、弟の部屋を見たときは、本当に驚いた。ドアを開けた瞬間、過去に紛れ込んでしまったかと思い、ぞわっとした。
さすがに、これは手を付けられないと思い、弟に、自分のものは引き上げるなり、処分するようにと、メッセージを送った。
もしかしたら、私が気が付かなかっただけで、弟が引き上げたものもあったのかもしれない。が、最終的には、大量の服や漫画、キャンプ道具などの大物も含めて、私が処分した。
可燃ごみはごみ袋に詰め、地域のごみ回収所までなんども往復し、大きなものは車に積み、クリーンセンターに運んだ。
まさか、50歳を超える弟の不用品を、私が片付けることになるとは。
結局、同じ親から産まれ、一緒に育った兄弟といえども、価値観はまったく違う。他人じゃないと思うと、ときに混乱してしまう。かえってやっかいだ。
価値観がまったく異なる家族が、協力して、実家じまいをするなんて、やっぱり無理だと思う。がんばったところで、お互いにストレスだし、作業効率も下がってしまう。
実家じまいというのは、自分の生活を削って、莫大な作業時間を捻出しなければならない。ゴールに達しても、得るものはない。そのためにも、作業効率を上げる、ということは無視できない。勢いを失ったら、最後まで走り抜くことができなくなるのだ。
作業するひとと、自分の欲しいものだけ持っていくひと、その分担が、やはり現実的なのだと思う。ただし、作業しないひとが、口だししても、それは全無視でよい。これだけは、声を大にしていいたい。
実家じまいについては、年上とか年下とか、長男とかなんとか、は関係ない。作業するひと、手を動かすひとが、誰がなんといおうと、一番えらい、ということにしてほしい。
とはいえ、残念ながら、作業するひとが一番えらい、と断言できるケースは限られている、とも思う。
我が家の場合は、父も母もなんとか元気で(でも自分たちでは片付けられない)、実家は父の名義で、父から実家じまいの全てを任されたのが私だった、というのが大前提になっていた。父も母も弟も、私を怒らせると、全員が不幸になる、ということもわかっている。
家族の中で、ここまで話をまとめるのに、数年かかった。実家じまいって、なにもかもがハードル高すぎて、絶望して、諦めてしまうのもやむをえないと思う。ふぅぅ。
