ぜんぶ捨てることにした理由 | 自力でがんばる実家じまい
自力でがんばる実家じまい、ものを捨てる話ばかりなことに、違和感を覚えているかたも多いと思う。
私自身、過去に、自分と家族の不用品を、3年くらいかけて、こつこつとメルカリを使って手放した経験もある。合計で60万円を超えるお金を手にした。
実家じまいを進めていくなかで、メルカリやリサイクルショップ、ジモティなどを利用することも、もちろん考えた。このまま処分するのはもったいないかな?と思うものも、たくさんあった。
正直、大量のものたちに直面し、悩み、迷うことの連続だった。すぐに判断できないものは、とりあえず端によせて、それらを横目で見ながら、あきらかに処分できるものから、処分をし続けた。
結局、親たちが暮らす栃木の家に届けたのは、時間がたっても傷まない買い置きのものたち、トイレットペーパー、ボックスティッシュ、せっけん、歯磨き粉、洗濯洗剤、食器用洗剤など、だった。それぞれが、ステップワゴンで運ぶのもひるむほどの量があった。弟が使うものは引き取ってもらったが、それでも、親たちが生きてる間に使い切れるか?というものも多かった。
栃木の家に運び、父にもわかりやすいよう、目の届く場所に並べた。それでも、父は買い置きの存在を忘れて、新しいものを買ってしまう。しかたがない。
家電は、すでに栃木の家にも必要なものは揃っているので、弟が使うものは引き取ってもらい、それ以外はすべて処分した。ジモティに出すことも考えたものの、私が実家にいる日も限られているし、知らないひとが家にひき取りにくる、というのも不安だった。クリーンセンターで処分できるものは持ち込み、リサイクルの手続きが必要なものは、最後にまとめて処分をした。
いただきものなどで、箱に入ったままの寝具やタオルなどもたくさん発掘された。クリーンセンターに行く途中に、リサイクルショップの店舗があり、持ち込むことも考えた。が、箱は埃をかぶっているし、数百円のためにかかる、手間と時間が惜しかった。すべて箱から出し、それらをまとめて、コインランドリーで洗濯、乾燥をかけ、すぐに使えるようにした。父と母が使える分だけ栃木の家に運び、弟にも引き取ってもらった。
実家のある地域のクリーンセンターは、きちんと分別さえすれば、資源ゴミとして扱ってくれるものが多かった。父の背広、ワイシャツも大量にでてきたが、可燃ゴミではなく、資源ゴミのコーナーに置いてくるのは少し気が楽だった。
悩んだ末、私が「ぜんぶ捨てる」を基本方針に心を決めたのは、とにかく早く決着をつけるべき、と考えたからだった。
実家を空っぽにし、売却することがゴールだった。
父名義の家なので、父が病気で倒れたり、認知機能が著しく低下すれば、売却はできず、(父が亡くなるまで)家は塩漬けになってしまう(成年後見人制度を利用する、という手段もあるが、あくまで最終手段だ)。
実家は築40年を超えている上、持ち分は分かれているものの、建物自体の構造が、連棟という、お隣の家とくっついた作りになっている。どう考えても、売却時に面倒なことになる予感しかしない。
リセールにより、数百円、数千円を得るため、手間と時間をかけているうちに、雨漏りが発生したり、というのも想像できる地獄のシナリオだった。
とにかく、スピード重視で考えると「ぜんぶ捨てる」一択だった。
これはどうしよう?と判断するプロセスを徹底的に省くこと。無心で手を動かす。処分すべきものが大量にあるのだ。
実家じまいに限らず、物があふれて手をつけられなくなった家を片付けるときに一番大事なのは、制限時間を設けて、集中して決着をつけること、だと思う。もちろん、想像を超える痛みを伴う作業だ。リセールでお茶を濁すような覚悟では、家の片付けなど、無理だと思う。
もちろん、我が家も、業者を利用する、という手段もあった。費用はかかるが、最速で片付く。
父の知り合いが、設備関連の会社のリフォーム事業の部署で働いていた。当初、実家の片付けについては、彼が一手に引き受けてくれる、という話だった。彼にお願いの電話をいれてみると、クリーンセンターへの不用品の持ち込みは、原則、地域のひとに限られており、自力でできるところまではがんばったほうがいい、と言われた。
この時点で、あてが外れ、途方に暮れた(これが最初の、途方に暮れた、だった。この後、なんども途方に暮れる)。
クリーンセンターのホームページには、自分で持ち込みができない人向けに、地域の産廃業者のリストも掲載されていた。リストの業者さんをひとつひとつ調べてみたものの、当然ながら、まったく知らない会社ばかりで、正直、なにがどうなっているのかわからない実家の片付けを、まったく知らないひとに任せることに、私自身も抵抗があった。
私自身、フルタイムの仕事をしていたら、迷わず業者さんにお願いしていた、と思う。が、当時の私は、時間的な縛りも少なかった。どのくらいたいへんかは予想もつかなかったが、自分のできる範囲で、親の後始末をするのも、大事なしごとだと思った。自力でがんばれるところまで、やってみることを決めた。
結局、地域のゴミ回収所と、クリーンセンターへの持ち込み、粗大ゴミの回収サービスの利用で、ひとりではどうにもならないもの以外、すべて、処分をした。
最後に残ったのは、
洋服だんす、たんす、2階ベランダに置かれた物置、物干し竿(長すぎてステップワゴンに積めなかったもの)、学習机(私のものは処分してあったが弟のものがまだあった!)、冷蔵庫(リサイクル)、洗濯機(リサイクル)、テレビ(リサイクル)、金庫
だった。
自力でできることを終えた後、父の知り合いに頼み、軽トラで男性2人に来ていただいた。上記のものを軽トラに積み、私が助手席に乗り、クリーンセンターから、リサイクル家電の引き取り場所、クリーンセンターで引き取れなかった金庫を回収してくれる業者さん、を回った。朝から積み込みを始めて、終わったのは夕方だった。
この日のことも、忘れられない。本当にたいへんな作業だった。
結局、実家じまいをほぼ自力でやり遂げた。私のDIY精神もなかなかのものだ、と思った。
が、体もボロボロになり、それ以上に、メンタルもやられた。自分でも、なんで?と思うくらいに、精神的なダメージが大きかった。
地域によって、だいぶ状況は異なるものの、自力でがんばる実家じまいは可能だ、ということは身をもって実証した。費用もあまりかけずに済む。が、正直、おすすめはできない。
とにかく、自分の不用品は早め、早めに処分しておくこと。それに尽きる。
