代役|毎週ショートショートnote
――カン、カン、カン、カン……。
けたたましい音と共に、遮断機が下りる。
「もう一度、最初からセリフを読んでもらえますか?」
審査員のあの冷ややかな声を、僕は踏切の前で思い出していた。
今日はずっと憧れていた劇団の最終オーディションだった。何百人もの中からここまで残った。チャンスは目の前にあったはずなのに、本番の舞台に立った瞬間、喉が完全に張り付いてしまった。頭が真っ白になり、練習を重ねたセリフが吹き飛んでしまったのだ。審査員の表情が曇っていくのが、舞台の上からでも恐ろしいほどはっきりと分かった。
結果はまだ出ていないが、不合格の通知を待つまでもなく、僕の挑戦は終わったのだと思っている。
夕日を浴びて赤く染まった遮断機が、僕とその向こう側の世界を完全に分断している。通り過ぎる快速電車の風圧が容赦なく僕の髪を乱し、轟音が全てをかき消していく。いっそ、この音と一緒に僕の不甲斐なさも消し去ってくれればいいのに。
ポケットの中で、スマートフォンが激しく震えた。画面に表示されたのは、事務所のマネージャーの名前だった。心臓が嫌な跳ね方をする。きっと不合格の連絡だ。「今回は残念だったけど」という、聞き飽きた慰めの言葉を受け止めるために、少しだけ心の準備をして通話ボタンを押した。
「もしもし……はい、お疲れ様です」
「結果が来たわよ」
彼女の声は、思ったよりも明るくなかった。
「今回は、主役の枠には届かなかったけど」
――だろうな。
胸の奥が、冷たい氷で満たされていくような感覚に陥る。
「ただね……」
マネージャーは言葉を続けた。
「演出家の先生が、あなたの後半の、あの言葉に詰まった姿がいいって。必死さがリアルだったから、ライバル役の代役(アンダー)はどうだって言ってるけど、どうする?」
――え?
思考が停止する。主役には落ちた。でも、完全に拒絶されたわけじゃない。あの、頭が真っ白になって必死に絞り出した不格好な姿が、誰かに届いていた。
気がつけば、電車の通り過ぎる音が遠ざかっていた。
カン、カン……という音が止み、遮断機がゆっくりと上がり始める。夕暮れの街並みが、再び僕の目の前に現れた。向こう岸にいる人たちが、一歩を踏み出し始める。
「……やります」
僕は静かに、でもはっきりと答えていた。
「代役でも何でもいいです。やらせてください」
「そう言うと思った。明日、事務所に来てね」
電話が切れた。
スマホをしまい、深く息を吸い込む。踏切の向こうに見える景色は、さっきまでと何も変わらないはずなのに、どこか鮮やかに見えた。
遮断機が完全に上がりきる。
僕は前を見据え、アスファルトを力強く蹴り出した。
(了)
※アンダーとは、メインキャストが病気や怪我などで出演できなくなった場合に備え、セリフや動きを全て把握し、いつでも代演できるように稽古を積んでスタンバイしている俳優、またはその役割を指す。
たらはかにさんの企画「毎週ショートショートnote」に参加しています。
お題は「踏切オーディション」です。
昔、「世にも奇妙な物語」で似たような話があったような、なかったような…。
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