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【聖なる経済学】 ペトロから奪ってパウロに払う②

訳者コメント:
ペトロから奪ってパウロに払う」というのは、他人から奪ったものを別の他人に渡すことです。社会貢献投資は結局このような偽善を含んでいます。現在の経済は必ず破綻し崩壊するでしょう。それまでに今持っているお金を、自分のコミュニティの中で感謝の気持ちを生み出すように使っておくことです。現在の貨幣はハイパーインフレによって無価値になるでしょうが、感謝の貯蓄は崩壊後の「来世」にまで持って行くことができ、それがあればコミュニティは復活し、生きていくことができるでしょう。


①から続く

地域通貨の大きな魅力の一つは、お金が地域社会にとどまることを保証してくれる点です。国際的に交換可能な通貨による利子付き融資は、これとは正反対の効果をもたらします。つまり、地域社会からお金を吸い上げてしまうのです。女性は牛乳を地元のチーズ職人に売り、チーズ職人はチーズを大工に売り、大工は女性のために牛舎を建て、といった具合にお金は循環していきます。しかし、借金を返済しなければならないため、お金が地域社会に永遠にとどまることはできません。利子については、地域の人々が外部に何かを売らなければ支払うことができません。利子を支払うという女性への圧力は、牛乳の価格という形で地域社会に転嫁されます。これが、貧しい国の人々が工場や農園で働くことを余儀なくされる圧力なのです。貨幣経済では、本来の贈与ギフトネットワークが崩壊しているため、生きるためにはお金が必要です。そのためなら、労働力、時間、環境など、何でも売ってしまうでしょう。

経済学者は、地域経済が牛購入ローンの金利(あるいは実際には村に発行された融資の総額)よりも速いペースで成長している限り、村は元利がんり金を返済し、さらに豊かになることができると言うでしょう。言い換えれば、牛を飼っている女性のように、村全体が金利よりも高い率で新しい商品やサービスを販売すれば、返済を済ませて繁栄することができます。しかし、ここで同じ疑問が再び浮かび上がります。そのお金はどこから来るのでしょうか。世界全体で見れば、利子に基づく投資は競争を促し、社会的、自然的、文化的、精神的なコモンズの際限のない枯渇、すなわち贈与ギフト経済から貨幣経済への転換を引き起こすのです[2]。

明らかに、神聖な投資は利益を上げることとはほとんど無関係です。村を助けたいなら、女性に牛を贈りましょう。あるいは、彼女の尊厳がそう求めるなら、無利子でお金を貸しましょう(これはお金の利用権という贈り物です)。もしあなたが金銭的な富を増やすことを重視するなら、そうすればいいです。そして建前は忘れましょう。諺にあるように、「二人の主人に仕えることはできない」のです。私が挙げた二つの例では、いずれ相反する目的が表面化し、神に仕えるか、マモンに仕えるか、どちらかを選ばなければなりません。しかし神聖な経済においては、この選択はもはや意味をなしません。両者は統合され、対立するものの再統合という全体的な流れの一部となり、来るべき時代を表す「再合一の時代」という言葉の根拠となるのです。

高利回りをうたう社会貢献投資は、いわば「ペトロから奪ってパウロに払う」ようなもので、しかもその取引から自分自身が手数料を得ているに過ぎません。読者の皆様のほとんどにとって、このような説明は不要だったことでしょう。結局のところ、基本的な常識からすれば、利益を動機とする善行という考え方に問題があることは明らかです。利益が偶然に生じる場合もあるかもしれませんが、より大きな見返りを強要されるような贈り物は、贈り物ではなく、計略や略奪に他なりません。

ビジネスとその他の人間関係を冷徹に切り離すことが、本当にあなたの本性なのでしょうか。あなたが利息をつけてお金を投資するとき、どこかの誰かに「どんな手段を使っても構わないから、金をよこせ」と言う人の輪に、間接的に加わっているようなものです。あなたの定期預金証書は、誰かの差し押さえ通知なのです。あなたはエベネーザ・スクルージのように振る舞っているわけではないかもしれませんが、実際には誰かにお金を払ってそうさせているのです。

利息を生み出す投資が根本的に非倫理的で、自然や社会の共有財産の破壊に加担するものならば、当然ながら利息のために資金を投資すべきではありません。同じことが、商品やサービスの領域拡大を促進するあらゆる投資についても言えます。社会意識の高い投資家として、生命や自然の金銭化に加担したくはないでしょう。

この原則から逃れることはできません。時折、私の著作を読んだ金融業界の方々から、社会や環境に配慮した投資に関するアイデアを記したメールをいただきます。そこで私がいつも提案するのは、きっぱり投資収益率ゼロを目指す投資ファンドというアイデアです。ところが、なぜかこの提案をした金融専門家の方々から、その後連絡が来たことは一度もありません。とはいえ、マイナス金利の貨幣経済なら、投資収益率ゼロはむしろ好条件と見なされるでしょう。

私は、公共の利益のために個人の利益を犠牲にする利他主義の時代を提唱しているわけではありません。むしろ私が予見するのは、個人の利益と公共の利益が融合する時代です。例えば、私が地域の人々にお金を与えると、感謝の気持ちが生まれ、それが私へのお返しや、さらに他の人への贈り物ギフトにつながるかもしれません。いずれにせよ、私は自分を支えてくれるコミュニティを強化していることになります。贈与ギフトのコミュニティに身を置くと、感謝の気持ちはごく自然に、直接の贈り主だけでなく、コミュニティ全体に向けられ、最も困窮しているメンバーの面倒を見るようになります(贈り物ギフトはニーズに向かうものです)。私たちの与えたいという気持ちが現れる先は、コミュニティの中で私たちにまだ何も与えていない誰かに向かうかもしれません。したがって、直接的な見返りを期待しない贈与ギフトであっても、あらゆる贈与を「投資」の一つの形と見なすことができます。私たちは依然として裸のお金を使って、い投資なら良いもので覆うのです。悪い投資であれば、それを覆うのは醜いものです。実に単純なことです。

将来のマイナス金利通貨は、贈与ギフトの精神を経済的な自己利益と一致させ、無利子融資はもはや犠牲とは感じられなくなるでしょう。結局のところ、お金をただ保有しても得られる利益はゼロ「以下」なのですから。このような制度が普及するまでの残された時間の中で、無利子でお金を貸したり、譲渡したりすることは、明らかに合理的な自己利益に反するように思えます。しかし、それは非常に近視眼的な自己利益です。なぜなら、現在の貨幣制度は今後数年で脆くも崩壊するかもしれませんが、贈与ギフトによって生まれる感謝の絆は、いかなる社会的混乱の中でも存続するからです。もしあなたがピークオイルのような崩壊シナリオを心配しているなら、最も確実な安全策は、贈与ギフトのネットワークに身を置くことです。今すぐ贈り主になりましょう。1千万ドルも、数年後にはただの紙切れになってしまうかもしれません。これは、「現世」であなたが与えるものが、来世であなたの宝物になるかもしれないという、もう一つの例です。

豊かさに満ちた世界、感謝に満ちた世界、贈り物ギフトに満ちた世界を創造したいなら、今のお金があるうちに、それを使って世界にもっと感謝の気持ちを生み出すことから始めましょう。感謝の気持ちが十分に蓄えられていれば、私たちの社会はどんな困難にも耐えられるでしょう。もともと私たちは豊かな世界に生きていますが、自らの信念や習慣によって、それを人為的に貧しくしてしまったのです。私たちは地球と魂をあまりにひどく傷つけてしまったため、それを癒すには私たちの持つあらゆる贈り物ギフトを惜しみなく注ぎ込む必要があります。惜しみない贈り物ギフトを生み出すのは感謝です。ですから、お金でできる最良の投資は、感謝の気持ちを生み出すことです。感謝の気持ちの中に、あなたが贈り主として認識されているかどうかは問題ではありません。究極的に、感謝の正当な対象は、私たちに才能、世界、命を授けて下さった「贈り主」なのです。

そのような経済に備え、またその精神に則って今日を生きるためには、お金を増やす目的で投資するのではなく、蓄積されたお金を本来の贈り物ギフトとして活用することに投資の焦点を移す必要があります。それは、古い世界から新しい世界への贈り物、祖先から未来への贈り物です。それが似姿とすべき贈り物は、生命の贈り物、母乳、食べ物、感覚刺激、そして私たちを大人へと成長させるあらゆるものであり、私たちはそれを受け取って大人になり、これらの贈り物を次世代に伝えていくのです。したがって、問題は、お金を贈与ギフトの意識の中でどのように使うかということです。もしあなたが投資家でないなら、問題は「正しい生き方」をするかどうかということになります。


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注:
2. ただし、若干の注意点があります。理論上、金利がデフォルトリスクプレミアム(債務不履行危険保険料率)を超えなければ、経済成長や共有資源の貨幣化は不要になります。しかし、実質金利の重要な構成要素は、流動性プレミアムと貨幣の市場金利であり、これらは供給、需要、そして政府の金融政策によって決定されます。これらは単に貨幣を所有することから得られる利益を表しており、第4章と第5章の議論に基づけば、正当化できないものです。

原文リンク:https://sacred-economics.com/sacred-economics-chapter-20-right-livelihood-and-sacred-investing/


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