【経営理念は現場から生まれる⑩】時間の使い方から経営を変える「時間工学®」とは何か
ここまで9回にわたって、
「経営理念は現場から生まれる」
というテーマで書いてきました。
松下幸之助は、本当に最初から理念を持って経営を始めたのか。
経営理念は「作る」のではなく、社長の経験から掘り起こすものではないか。
成功よりも、失敗や苦労の中にこそ、その人の経営哲学があるのではないか。
孔子も最初から『論語』を持っていたわけではない。
人を育てること。
任せること。
社員の時間と能力を生かすこと。
そして、社長の手帳を見れば、本当に大切にしているものが分かること。
すべてを書いてきて、最後にたどり着くのは、
やはり、
社長は何に時間を使っているのか。
という問いです。
私は、経営者の時間の使い方を見ながら、会社の経営そのものを考えています。
それを、私は
「時間工学®」
と呼んでいます。
時間管理とは違う
「時間」という言葉を使うと、多くの人は時間管理を思い浮かべます。
スケジュール管理。
ToDoリスト。
手帳術。
朝活。
仕事の効率化。
メールを早く返す。
会議を短くする。
もちろん、こうしたことも大切です。
しかし、私が考えている時間工学®は、少し違います。
目的は、
仕事を早く終わらせることではありません。
もっと根本的な問いです。
社長がやっている仕事は、本当に社長がやるべき仕事なのか。
その会議に、社長が出る必要があるのか。
その顧客対応を、いつまで社長自身が続けるのか。
その判断は、社員に渡せないのか。
その外部活動は、会社の未来につながっているのか。
未来を考える時間は、確保されているのか。
つまり、
時間の使い方を入り口にして、経営の構造そのものを見る。
そして、経営者の、会社の時間の使い方を整える手段となるもの。
それが時間工学®です。
社長の時間は、会社の最も希少な経営資源である
会社には、いろいろな経営資源があります。
人。
物。
金。
情報。
信用。
人脈。
しかし、私はもう一つ、
非常に重要な経営資源があると思っています。
それが、
社長の時間
です。
お金は借りることができます。
人は採用できます。
設備は買えます。
情報も集められます。
しかし、社長の一日は24時間しかありません。
今日失った一時間は、明日取り戻せません。
だから私は、
社長の時間こそ、会社の中で最も希少な資源の一つ
だと考えています。
社長が忙しいこと自体が問題なのではない
「忙しい社長はダメだ」
という話ではありません。
創業期には、社長が猛烈に働かなければならない時期もあります。
重要なお客様に社長が出るべき場面もあります。
大きなトラブルなら、当然社長が動く。
問題は、
何に忙しいのか
です。
未来を考えて忙しい。
人を育てて忙しい。
重要顧客との関係づくりで忙しい。
事業構想で忙しい。
それなら、社長として意味があります。
しかし、
細かな承認。
日常的な顧客対応。
部下が判断できる案件。
毎回同じ会議。
頼まれた付き合い。
社員からの細かな質問。
こうした仕事で一日が埋まっているなら、
一度構造を見直した方がいいでしょう。
社長の忙しさには、
良い忙しさと、悪い忙しさ
があるのです。
「社長しかできない仕事」と「社長がやっている仕事」は違う
ここは非常に大切です。
社長がやっているからといって、
社長しかできない仕事とは限りません。
長年やってきた。
自分が一番早い。
自分が一番詳しい。
社員に任せると心配。
だから社長が続けている。
こういう仕事はたくさんあります。
でも、一度問い直してみる。
これは、本当に社長にしかできない仕事なのか。
この問いを持つだけで、見える景色が変わります。
例えば、
資料作成。
日程調整。
定型的な顧客対応。
細かな見積確認。
日常的な承認。
現場からの質問対応。
これらが全部社長に集中していたら、
社員が何人いても、社長の時間は増えません。
社長ボトルネックは「時間」の問題として見える
私は、
社長に仕事が集中している会社を、
「社長ボトルネック」
という視点で見ています。
社員はいる。
組織もある。
売上もある。
それなのに、
判断が社長に集中している。
顧客対応も社長。
営業も社長。
トラブル対応も社長。
最後の承認も社長。
すると会社全体のスピードが、
社長一人の処理能力
で決まってしまいます。
これでは、会社は成長しても、
社長の自由は増えません。
むしろ、人が増えるほど質問や承認が増えて、
さらに忙しくなることがあります。
この状態を変えるには、
単なる時間短縮では足りません。
仕事の流れそのものを設計し直す必要があります。
時間工学®は「時間の棚卸し」から始まる
まず見るのは、
社長が一週間、何に時間を使っているのか。
です。
顧客対応。
営業。
社内会議。
社員育成。
トラブル対応。
移動。
外部活動。
未来を考える時間。
家族。
健康。
休息。
これを一度、事実として見る。
すると、
「こんなに顧客対応していたのか」
「会議が多すぎる」
「外部活動に時間を使いすぎている」
「社員育成の時間がほとんどない」
「未来を考える時間がゼロだ」
ということが見えてきます。
感覚ではなく、
実際の時間配分を見る。
ここから始まります。
時間には「収益」と「損失」がある
私は、時間にも収支があると考えています。
一時間使って、
未来の売上につながる。
人が育つ。
仕組みができる。
顧客との関係が深まる。
社長の仕事が減る。
こういう時間は、
未来に返ってくる時間
です。
一方で、
同じ説明を何度もする。
毎回同じ判断を社長がする。
無意味な会議に出る。
成果につながらない付き合いを続ける。
無理な顧客に振り回される。
こうした時間は、
消えていく時間
です。
だから時間工学®では、
単に忙しいかどうかを見るのではありません。
この時間は、未来に何を残すのか。
を考えます。
良い時間投資は、未来の時間を生む
例えば、社員育成。
今日一時間かけて部下に教える。
短期的には時間を使います。
しかし、その人が育てば、
半年後には社長がやらなくてもよくなる。
これは、
未来の時間を生む投資
です。
仕組み化も同じ。
マニュアルをつくる。
権限を決める。
判断基準を共有する。
最初は時間がかかる。
しかし、一度仕組みができれば、
何度も社長が説明しなくてもよくなる。
時間工学®では、
今の一時間を減らすことより、未来の何十時間を生むこと
を大切にします。
経営理念は、時間配分を決める基準になる
ここで、シリーズの最初のテーマに戻ります。
なぜ経営理念が必要なのか。
私は、
何に時間を使うかを決めるため
でもあると思っています。
「人を大切にする」
なら、
人を育てる時間を確保する。
「信用を大切にする」
なら、
目先の売上より長期的な関係に時間を使う。
「未来をつくる」
なら、
未来を考える時間を先に確保する。
「任せる」
なら、
社員が考える時間を奪わない。
つまり、
理念が時間配分に表れる。
逆に言えば、
時間配分に表れない理念は、まだ経営に落ちていない
ということです。
社長の手帳は、経営戦略そのものである
私は前回、
「社長の手帳を見れば、本当の経営理念が分かる」
と書きました。
もう一歩進めると、
社長の手帳は、経営戦略そのもの
とも言えます。
経営戦略とは、
限られた資源をどこに配分するか。
です。
お金をどこに使うか。
人をどこに配置するか。
そして、
社長の時間をどこに使うか。
これも経営戦略です。
だから、
予定表を埋めることがスケジュール管理なのではありません。
会社の未来に必要な仕事へ、先に社長の時間を配分する。
これが戦略です。
「空いたらやる」は永遠に来ない
未来を考える時間。
人を育てる時間。
新しい事業を考える時間。
仕組みをつくる時間。
多くの社長は、
「時間が空いたらやろう」
と思っています。
しかし、
時間は空きません。
顧客から連絡が来る。
社員から相談される。
問題が起こる。
会議が入る。
目の前の仕事はいくらでも入ってきます。
だから、
大切な仕事ほど、
先に時間を確保する必要がある
のです。
未来投資時間を先に取る。
その残りに日常業務を入れる。
この順番を逆にしない。
時間を増やすには「やめる」ことも必要
時間戦略を考えると、
すぐに、
「どう効率化するか」
を考えがちです。
しかし、もっと強力なのは、
やめること
です。
行かない。
受けない。
会わない。
出ない。
やらない。
任せる。
減らす。
社長の時間は有限です。
新しいことを始めるなら、
何かをやめなければなりません。
経営理念があると、
何をやめるかも決めやすくなります。
「この活動は、うちの未来につながるか」
「この顧客は、会社が大切にしたい相手か」
「この会議は、社長が出る必要があるか」
簡単に判断できるようになります。
時間を奪うものは「仕事」だけではない
社長の時間を奪うものは、
仕事だけではありません。
人間関係。
付き合い。
お世話役。
頼まれごと。
断りにくい会合。
返信の遅い相手。
約束を守らない相手。
急な依頼を繰り返す相手。
こうしたものも、
少しずつ社長の時間を削っていきます。
一つひとつは小さい。
でも、積み重なると大きい。
だから私は、
時間戦略を考えるとき、
誰と付き合うか
も重要だと思っています。
時間の使い方は、
人間関係の選び方ともつながっています。
人を雇うとは、時間を増やすことである
前回まで書いてきたように、
組織の大きな意味は、
社長一人の24時間を超えることです。
社員がいる。
幹部がいる。
右腕がいる。
それぞれが考え、判断し、動く。
すると、
社長が直接動いていない時間にも、
会社は動きます。
だから、
人材育成。
権限移譲。
仕組み化。
経営理念。
これらはすべて、
社長の時間を増幅するための経営技術
でもあります。
本当に欲しいのは「暇」ではない
社長の時間を増やすというと、
「楽をする」
ように聞こえるかもしれません。
しかし、私はそう考えていません。
社長が暇になることが目的ではありません。
社長が、
社長にしかできない仕事へ戻ること
が目的です。
会社の未来を考える。
経営判断をする。
重要な人を育てる。
次の事業をつくる。
重要な顧客を見る。
会社の外を見る。
そして、
自分自身の人生について考える。
日常業務に埋もれていると、
こうした仕事が全部後回しになります。
だから、
社長の時間を取り戻す。
そして、
その時間を未来に使う。
ここまでが時間工学®です。
経営と人生は、時間でつながっている
経営者には、会社だけがあるわけではありません。
家族がいる。
健康がある。
人生があります。
売上が伸びた。
社員も増えた。
会社も大きくなった。
しかし、
家族との時間がなくなった。
健康を失った。
やりたいことができなくなった。
これでは、
本当に良い経営だったのか。
私は疑問に思います。
経営を整えることは、
社長自身の人生を整えることでもあります。
だから、
時間工学®は、
単に仕事を効率化する考え方ではありません。
ビジネスと人生を、時間から整える考え方
なのです。
3年後に、何を失いたくないのか
私は経営者に、
こういう問いを考えてほしいと思っています。
「今の働き方を、このまま3年続けたら、何を失いますか?」
優秀な社員かもしれない。
新規顧客かもしれない。
事務所の将来性かもしれない。
健康かもしれない。
家族との時間かもしれない。
会社を成長させる機会かもしれない。
自由かもしれない。
未来を考える時間かもしれない。
人は、
「もっと時間が欲しい」
とは言います。
でも、本当に考えるべきなのは、
その時間がないことで、何を失うのか
です。
そこが分かると、
時間の使い方を変える理由が見えてきます。
経営理念は、未来の時間を決める
このシリーズの最初に、
経営理念は、
社長の経験から掘り起こすものだと書きました。
そして最後に、
もう一つ加えたいと思います。
過去の経験から掘り起こした理念は、
未来の時間配分を決めるために使う。
過去に何を学んだのか。
これから何を大切にするのか。
そのために、
何に時間を使うのか。
誰に任せるのか。
何をやめるのか。
誰と付き合うのか。
ここまで決める。
すると、
理念が経営になります。
現場から理念が生まれ、理念から未来の時間が生まれる
この10回で書いてきたことを整理すると、
こうなります。
現場
↓
経験
↓
失敗・成功
↓
経営原則
↓
経営理念
↓
判断基準
↓
行動
↓
仕組み
↓
時間配分
↓
未来の現場
そして、その未来の現場から、
また新しい経験が生まれる。
経営とは、この繰り返しなのだと思います。
だから、
経営理念は額に飾る言葉ではありません。
時間管理も、予定表を埋める技術ではありません。
両方とも、
会社と社長が、これからどこへ向かうのかを決めるためのもの
です。
社長の時間を、社長本来の仕事へ
私は、これまで多くの経営者と話してきました。
その中で強く感じるのは、
能力がないから忙しい社長ばかりではないということです。
むしろ逆です。
仕事ができる。
責任感が強い。
頼まれたら応える。
お客様を大切にする。
社員から頼られる。
だから、
仕事が集まってしまう。
そして、
いつの間にか社長自身が会社のボトルネックになる。
だから必要なのは、
もっと頑張ることではありません。
社長の時間の使い方そのものを、経営として設計し直すこと
です。
任せる。
やめる。
仕組みにする。
未来のために先に時間を取る。
そして、
社長にしかできない仕事へ戻る。
私は、それを、
時間工学®
と呼んでいます。
経営理念は現場から生まれる。
そして、その理念が、
未来の時間の使い方を決める。
時間を変えれば、
行動が変わる。
行動が変われば、
会社が変わる。
会社が変われば、
社長の人生も変わる。
このシリーズを通じて、
経営理念を「立派な言葉」としてではなく、
日々の判断と時間の使い方を決める、生きた経営の道具
として考えるきっかけになれば嬉しく思います。
