【経営理念は現場から生まれる⑧】理念を掲げても会社が変わらない本当の理由
立派な経営理念を掲げている会社は、たくさんあります。
「お客様第一」
「社員を大切にする」
「社会に貢献する」
「挑戦し続ける」
「誠実である」
どれも大切です。
しかし、私は経営者と話していて、ときどき思います。
これだけ立派な理念があるのに、なぜ会社は変わらないのだろう。
朝礼で唱和している。
会議室にも貼ってある。
ホームページにも書いてある。
採用資料にも載っている。
それでも、社員は判断に迷う。
社長に確認する。
問題が起きるたびに、社長が出ていく。
社員は自分で考えない。
なぜでしょうか。
私は理由はかなり単純だと思っています。
理念が、日々の判断基準まで降りてきていないからです。
理念は「読むもの」ではなく「使うもの」である
経営理念というと、どうしても文章を整えることに意識が向きます。
言葉を美しくする。
短くする。
覚えやすくする。
社員に浸透させる。
もちろん、それも必要です。
しかし、本当に大切なのは、
その理念を、日々の仕事で使えるかどうか
です。
例えば、
「お客様第一」
という理念がある。
では、お客様から無理な値引きを求められたら、どうするのか。
社員に過大な負担がかかる仕事を頼まれたら、どうするのか。
他のお客様に迷惑がかかる特別対応を求められたら、どうするのか。
ここで判断できなければ、
「お客様第一」という言葉だけでは足りません。
「社員を大切にする」だけでは判断できない
例えば、
「社員を大切にする会社」
を掲げているとします。
非常に良い理念です。
しかし、現場では迷います。
仕事が急に増えた。
残業してもらうのか。
受注を断るのか。
外注するのか。
採用するのか。
社員の一人が成果を出していない。
厳しく指導するのか。
配置を変えるのか。
それとも待つのか。
「社員を大切にする」
という言葉だけでは、答えは出ません。
そこで必要になるのが、
具体的な判断基準
です。
例えば、
「社員の健康を犠牲にしてまで受注しない」
「短期的な売上より、長期的に働ける職場を優先する」
「失敗は責めない。ただし、同じ失敗を放置しない」
ここまで具体化すると、理念が使えるようになります。
理念が抽象的すぎると、最後は社長に集まる
会社の中で判断基準が共有されていないと、何が起きるか。
社員は迷います。
迷ったら上司に聞く。
上司も迷ったら社長に聞く。
結果として、
すべての判断が社長に集まる
ことになります。
これは前回まで書いてきた「社長ボトルネック」に直結します。
社長しか判断できない。
社長しか例外対応できない。
社長しか顧客に断れない。
社長しか優先順位を決められない。
これでは、いくら社員を増やしても社長は忙しいままです。
私は、
理念が使える会社ほど、社長への確認が減る
と思っています。
なぜなら、
「うちの会社なら、どう判断するか」
を社員が自分で考えられるからです。
経営理念とは、社長の頭の中を組織に渡すことでもある
社長は毎日、多くの判断をしています。
この仕事を受ける。
これは断る。
この人を採用する。
今回は見送る。
ここには投資する。
これはやめる。
このお客様には時間を使う。
この付き合いは減らす。
それらを決めているのは、社長の頭の中にある価値観です。
しかし、それが社長の頭の中にしかなければ、社員には分かりません。
そこで理念が必要になります。
理念とは、
社長の判断基準を言葉にして、組織に渡すもの
でもあるのです。
社員がその判断基準を持てば、
毎回社長に聞かなくてもよくなる。
つまり理念は、
社員を縛るものではなく、
社員に判断を任せるための道具
なのです。
「お客様第一」は、何をしないかまで決めなければならない
理念を実務に落とすときに大事なのは、
「何をするか」
だけではありません。
何をしないか
も決めることです。
例えば、
「お客様第一」
だから、
何でも言うことを聞く。
これは違うと思います。
本当にお客様を大切にするなら、
できないことは断る。
無理な納期を約束しない。
専門外の仕事を安請け合いしない。
社員を疲弊させるような案件は受けない。
長期的な信頼を壊すことはしない。
ここまで決めて初めて、
理念が経営判断になります。
理念は「例外時」にこそ役に立つ
普段の仕事が順調なときは、理念がなくても何とか回ります。
問題が起きたとき。
売上が落ちたとき。
大口顧客から無理を言われたとき。
社員が辞めそうなとき。
大きな投資判断をするとき。
誰かを辞めさせなければならないとき。
こういう場面で、
経営理念の本当の価値が出ます。
例えば、
利益を優先するのか。
信用を優先するのか。
目先の売上を取るのか。
社員を守るのか。
短期を取るのか。
長期を取るのか。
苦しい場面での選択こそ、
その会社が何を大切にしているのかをはっきりさせます。
だから私は、
経営理念は、平時の標語ではなく、非常時の判断基準
だと思っています。
理念を掲げるだけでは、社員は動けない
社員からすれば、
立派な理念を聞かされても、
「で、私は具体的にどうすればいいのですか」
となります。
例えば、
「挑戦する会社」
と掲げる。
でも、失敗すると叱られる。
これでは挑戦できません。
「任せる会社」
と言う。
でも、全部社長の承認が必要。
これでは任されていません。
「社員を大切にする」
と言う。
でも、毎月長時間労働。
これでは信じてもらえません。
社員は、言葉ではなく、
制度と社長の行動を見ています。
だから理念を実現するには、
会議のやり方。
評価制度。
権限。
採用。
顧客対応。
時間配分。
ここまで変えなければなりません。
理念は、制度に落として初めて強くなる
例えば、
「任せる」
を大切にする会社なら、
いくらまでなら現場判断していいのか。
どんな案件なら担当者が断っていいのか。
どこから上司に相談するのか。
ここを明確にする。
「人を育てる」
を大切にする会社なら、
定期的な面談を入れる。
育成時間を確保する。
失敗を振り返る仕組みを作る。
「未来をつくる」
なら、
社長や幹部の予定に未来を考える時間を入れる。
新規事業を検討する会議を作る。
こうして初めて、
理念が会社の仕組みになります。
私は、
理念 → 判断基準 → 行動 → 仕組み → 時間配分
までつながって初めて、理念が経営になったと言えると思っています。
朝礼で唱和しても、判断が変わらなければ意味がない
経営理念を毎朝唱和している会社もあります。
それ自体を否定するつもりはありません。
繰り返し言葉にすることで、意識が変わることもあります。
しかし、
唱和して終わり。
では意味がありません。
「今日、この理念に沿った判断をしたか」
まで振り返る。
例えば、
「今日、信用を優先した判断は何だったか」
「今日、社員を育てるために何を任せたか」
「今日、お客様のために断ったことは何だったか」
ここまでやれば、理念が現場に降りてきます。
理念は暗記するものではなく、
使いながら身につけるもの
なのです。
社長自身が理念通りに行動しているか
そして、最も大切なのは社長自身です。
社員に、
「任せろ」
と言いながら、社長が全部口を出す。
「挑戦しろ」
と言いながら、失敗すると怒る。
「未来を考えよう」
と言いながら、社長自身が目先の仕事だけで一日を終える。
これでは、社員は動きません。
社員は、
社長の言葉より、
社長の行動を見ています。
これは前回の「社長の手帳」にもつながります。
理念が本当かどうかは、
社長が何に時間を使っているか。
何を断っているか。
誰に任せているか。
どんな判断をしているか。
そこに表れます。
会社を変えたいなら、理念を変えるより「判断」を変える
会社を変えようとすると、
理念を作り直す。
ビジョンを作り直す。
スローガンを変える。
そういうことをしたくなります。
でも私は、その前に、
日々の判断を変えた方がいい
と思っています。
理念が、
「人を大切にする」
なら、
今日一つ、社員に任せる。
今日一つ、社員との面談時間を確保する。
理念が、
「未来をつくる」
なら、
今日一時間、未来のために使う。
理念が、
「信用を大切にする」
なら、
目先の売上より信用を守る判断をする。
こうした小さな判断の積み重ねが、
会社を変えます。
理念は「何を選ぶか」を決めるためにある
経営とは、選択と決断の連続です。
何をするか。
何をしないか。
誰と付き合うか。
誰とは付き合わないか。
何にお金を使うか。
何に時間を使うか。
何を任せるか。
何を社長が持つか。
全部はできません。
だから、選ぶ必要があります。
そのときに、
何を選ぶかを決める基準
になるのが経営理念です。
そう考えると、
理念はきれいな文章である必要はありません。
多少不格好でもいい。
社員が、
「この会社なら、こっちを選ぶ」
と判断できればいい。
それが使える理念です。
「額縁の理念」から「使える理念」へ
私は、経営理念には大きく二つあると思っています。
一つは、
額縁の理念。
会社案内には載っている。
ホームページにも書いてある。
でも、日常では使わない。
もう一つは、
使える理念。
迷ったときに使う。
断るときに使う。
任せるときに使う。
採用するときに使う。
投資するときに使う。
時間配分を決めるときに使う。
こちらが、本当に経営を動かす理念です。
経営理念を掲げても会社が変わらない。
もしそう感じるなら、
理念が悪いのではないかもしれません。
その理念が、
日々の判断まで降りてきていない
だけかもしれません。
経営理念は、掲げるものではありません。
使うものです。
そして、
社員が自分で判断できるところまで落とし込んで初めて、
経営理念は会社の力になります。
私は、そう考えています。
次回予告
次回は、
【経営理念は現場から生まれる⑨】現場→理念→現場――中小企業に必要な経営の循環
について書いてみます。
理念は、現場経験から生まれる。
そして、そこで生まれた理念を、また現場の判断に戻していく。
現場 → 経験 → 原則 → 理念 → 判断 → 現場
この循環が回り始めると、経営理念は単なる言葉ではなく、会社を強くする知恵になります。
