【経営理念は現場から生まれる⑤】幸之助はなぜ「人をつくる」にたどり着いたのか
前回の記事では、
孔子も最初から『論語』を持っていたわけではない
という話を書きました。
先に人生がある。
経験がある。
失敗がある。
人との出会いがある。
そして、その積み重ねが後から言葉になり、思想になる。
私は、経営理念も同じだと思っています。
松下幸之助の有名な言葉に、
「物をつくる前に人をつくる」
という考え方があります。
松下電器は電気製品をつくる会社である。
しかし、その前に人をつくる会社なのだ。
今では松下幸之助を代表する経営哲学の一つとして知られています。
では、幸之助は創業したときから、
「私は人材育成を第一にする」
という完成された理念を持っていたのでしょうか。
私は、そう単純ではなかったと思っています。
むしろ、
自分一人では事業を大きくできないという現実の中で、人の重要性を何度も思い知らされた。
そこから「人をつくる」という考えにたどり着いたのではないでしょうか。
創業者は、最初は何でも自分でやる
中小企業の社長を見ていると、よく分かります。
創業したばかりの頃は、人がいません。
営業する。
商品をつくる。
お客様に対応する。
お金を集める。
採用する。
トラブルに対応する。
社長自身が何でもやる。
むしろ、それができる人だから起業できます。
ところが、会社が大きくなると、同じやり方では回らなくなります。
社員が5人になる。
10人になる。
50人になる。
100人になる。
社長一人が全部を見ることなど、できなくなります。
ここで初めて、
「自分が頑張る」から「人が育つ」へ
経営の中心を変えなければならなくなる。
これは人材育成論というより、
会社を成長させようとすれば必ずぶつかる経営上の問題
なのです。
「人が大事」は、きれいごとではない
「社員を大切にしましょう」
と言うのは簡単です。
しかし、経営者にとって人の問題ほど難しいものはありません。
期待して採用した人が育たない。
教えたのにできない。
任せたら失敗する。
せっかく育てた人が辞める。
考え方が合わない。
社員同士が衝突する。
不景気になったから、人員整理せざるを得ない。
会社が大きくなれば、こうした問題はいくらでも出てきます。
それでも、人に任せなければ会社は大きくならない。
ここが経営の難しいところです。
だから私は、
幸之助の「人をつくる」という言葉を、単なる美しい人材育成論として読まない方がいいと思っています。
おそらく、その裏側には、
人が育たなければ事業そのものが成り立たない
という、厳しい現場認識があったのではないでしょうか。
自分より優秀な人を使えるか
社長が成長するときに、大きな壁があります。
それは、
自分より優秀な人に仕事を任せられるか
ということです。
創業者は、自分で会社をつくっています。
商品も知っている。
お客様も知っている。
現場も知っている。
だから、社員を見ると、
「自分ならもっと早くできる」
「自分ならそんな判断はしない」
「自分でやった方が確実だ」
と思ってしまう。
これは当然です。
ところが、それを続けていると、会社は社長以上には大きくなりません。
全部社長に聞く。
最後は社長が決める。
失敗しそうになると社長が取り上げる。
社員は考えなくなる。
そして社長は言います。
「うちには、任せられる人間がいない」
でも、本当にそうでしょうか。
任せられる人がいないのではなく、
任せられる人をつくる時間を、社長が使ってこなかった
という場合もあります。
人を育てるとは、仕事を渡すことである
人材育成というと、研修を思い浮かべる人が多いでしょう。
研修を受けさせる。
本を読ませる。
資格を取らせる。
もちろん、それも必要です。
しかし、私は人が最も育つのは、
実際の仕事を任されたとき
だと思っています。
自分で考える。
判断する。
失敗する。
修正する。
お客様に謝る。
部下を持つ。
数字の責任を負う。
こうした経験が、人を育てます。
幸之助が事業部制を導入したことも、私はこの視点から見ると非常に興味深いと思っています。
単に組織を分けたのではない。
それぞれの責任者に、
売上も、
利益も、
人も、
事業そのものを任せる。
つまり、
小さな経営者を会社の中につくっていく仕組み
でもあったわけです。
PHP研究所が紹介する幸之助の経営にも、「自主責任経営と事業部制」「人ひとりが経営者」という考え方が位置づけられています。
「任せる」と「放置する」は違う
ただし、任せればよいという話でもありません。
幸之助の人材育成を考えるとき、私は
「任せて任さず」
という考え方が非常に重要だと思っています。
仕事は任せる。
判断も任せる。
しかし、無関心にはならない。
状況を見守る。
必要なときには助言する。
方向が大きくずれたら正す。
報告や相談を促す。
最後の責任は経営者が持つ。
これが、任せるということです。
ところが現実には、両極端になりやすい。
一つは、何でも口を出す社長。
もう一つは、
「任せたから」
と言って放っておく社長。
どちらでも、人は育ちにくい。
人材育成には時間がかかります。
教える時間。
考えさせる時間。
失敗させる時間。
振り返る時間。
待つ時間。
話し合う時間。
ここに、社長の時間投資が必要なのです。
人材育成は「社長の時間投資」である
私は時間の使い方から経営を見ています。
そこで感じるのは、
人材育成とは、社長による未来への時間投資
だということです。
今日だけを考えれば、自分でやった方が早い。
部下に説明するより、自分で処理した方が早い。
一時間説明するなら、自分なら30分でできる。
その判断を毎日続ければ、目の前の仕事は早く終わるでしょう。
しかし、半年後も同じ仕事を社長がやっています。
一年後もやっている。
三年後もやっている。
結果として、
社長だけが忙しい会社になる。
逆に、
今日は一時間かけて教える。
多少失敗しても任せる。
考える時間を与える。
振り返りをする。
そうすれば、その日は時間がかかります。
しかし一年後には、その仕事を社長がしなくてもよくなるかもしれません。
つまり、
人を育てる時間は、未来の社長時間を生み出す投資
なのです。
「忙しくて育成できない」は順番が逆である
経営者から、よくこう聞きます。
「忙しくて、部下を育てている時間がありません」
よく分かります。
しかし、厳しい言い方をすれば、
育てないから、いつまでも忙しい
という面があります。
社員に任せられない。
だから社長がやる。
社長がやるから、社員は経験できない。
経験できないから、育たない。
育たないから、さらに社長がやる。
完全な悪循環です。
どこかで止めなければならない。
そのためには、社長自身が意図的に時間を使うしかありません。
「時間が空いたら育成する」
では、永遠に時間は空きません。
先に、
スタッフと話す時間。
任せる仕事を考える時間。
部下の判断を聞く時間。
失敗を振り返る時間。
こうした時間を確保する。
人材育成は、人事部だけの仕事ではありません。
社長自身の時間戦略なのです。
幸之助が「人」にたどり着いた意味
幸之助が「人をつくる」と考えた背景には、事業の成長があったはずです。
製品をつくるだけなら、自分の技術でできる。
しかし、会社をつくるには人が必要です。
そして、さらに会社を大きくするには、
単に人数を増やすだけでは足りない。
判断できる人。
責任を負える人。
自分で考えられる人。
周囲を育てられる人。
そういう人を増やさなければならない。
だから、
物をつくる前に、人をつくる。
この言葉を、幸之助は残しています。
この言葉は、社員に優しくしましょうという意味だけではないと思っています。
会社を永続させるための、
非常に現実的で、厳しい経営原則なのです。
社長の仕事は、自分が仕事をすることではない
会社が小さいうちは、
社長自身が仕事をすることが会社への最大の貢献です。
しかし、組織が大きくなるにつれて、社長の役割は変わります。
自分で売る。
から、
売れる人を育てる。
自分で判断する。
から、
判断できる人を育てる。
自分で問題を解決する。
から、
問題を解決できる組織をつくる。
ここへ移っていかなければならない。
つまり、ある段階から、
社長の仕事は「仕事をすること」から「人が仕事をできる状態をつくること」へ変わる
のです。
この転換ができないと、社員が増えても社長は楽になりません。
むしろ、人が増えるほど社長の仕事が増えてしまいます。
私は、これを「社長ボトルネック」の典型的な状態だと考えています。
理念は、人の育て方に表れる
「人を大切にする会社です」
と掲げるだけなら簡単です。
しかし、本当に人を大切にしているかどうかは、
社員にどんな時間を与えているか
を見ると分かります。
考える時間を与えているか。
挑戦する機会を与えているか。
失敗を許しているか。
任せているか。
話を聞いているか。
将来について話しているか。
理念は、額縁に書かれた文章ではありません。
社員との毎日の接し方に現れます。
そして、
社長が誰に、どれだけ時間を使っているのか。
そこにも、経営理念は表れます。
「人をつくる」とは、会社の未来をつくること
商品はいずれ古くなります。
技術も変わります。
市場も変わります。
お客様も変わります。
しかし、人が育っていれば、会社は変化できます。
新しい商品を考える。
新しい市場を開く。
問題が起きたら解決する。
次の人を育てる。
だから、人を育てることは、
単に社員教育をすることではありません。
会社の未来そのものをつくること
なのです。
松下幸之助が「物をつくる前に人をつくる」という考えにたどり着いた意味は、ここにあるのではないでしょうか。
そして、それは人材育成論であると同時に、
社長が自分の時間を、どこへ投資するのか
という経営の問題でもあります。
自分でやり続けるのか。
それとも、人が育つために時間を使うのか。
その選択が、三年後、五年後の会社を決めます。
経営理念は、言葉だけではありません。
誰を育てるのか。
何を任せるのか。
どこまで待つのか。
そして、社長自身が何に時間を使うのか。
そこまでつながって初めて、理念は経営になる。
私は、そう思っています。
次回予告
次回は、
【経営理念は現場から生まれる⑥】人に任せるとは「他人の時間」を使えるようになること
について書いてみます。
社員を雇っているのに、社長がいつまでも忙しい。
その会社では、「人」は増えていても、社長が使える「時間」は増えていないのかもしれません。
松下幸之助の「任せて任さず」を、今度は時間の使い方から考えてみます。
