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【経営理念は現場から生まれる⑥】人に任せるとは「他人の時間」を使えるようになること



前回の記事では、
幸之助はなぜ「人をつくる」にたどり着いたのか
という話を書きました。

人を育てることは、単なる社員教育ではない。
社長が自分でやっていた仕事を任せる。
判断を任せる。
責任を任せる。

そして、会社の中に「自分で考えて動ける人」を増やしていく。
これによって、初めて会社は社長一人の能力を超えて成長できます。

今回は、これを少し違う角度から考えてみたいと思います。

私は、
人に任せるとは「他人の時間」を使えるようになること
だと考えています。

少し乱暴に聞こえるかもしれません。

もちろん、社員の時間を奪うという意味ではありません。
社員一人ひとりが持っている、

時間。
能力。
経験。
判断力。

これらを、会社の目的に向かって生かせるようにする。
それが組織をつくるということです。

社長一人には、一日24時間しかない

これは、どれだけ優秀な経営者でも同じです。

一日は24時間。
一週間は168時間。
増やすことはできません。
だから、一人で仕事をしている限り、どこかで限界が来ます。

営業する。
提案する。
契約する。
お客様に対応する。
社員に指示する。
経理を見る。
採用する。
トラブルを処理する。
新しい事業を考える。
全部自分でやっていたら、時間が足りなくなるのは当然です。

ところが、人を雇うと事情が変わります。

社員が5人いる。
10人いる。
30人いる。
会社全体で考えれば、社長一人とは比べものにならないほど多くの時間が存在しています。

問題は、
その時間を、本当に経営に生かせているか。
です。

社員が10人いても、社長しか考えていない会社がある

社員を雇えば、自動的に社長が楽になるわけではありません。

むしろ、
「社員が増えたのに、以前より忙しくなった」
という社長も少なくありません。

なぜでしょう。

社員は作業している。
しかし、考えるのは社長。

社員は報告する。
判断するのは社長。

社員はお客様の話を聞く。
どう対応するか決めるのは社長。

社員が問題を見つける。
解決策を考えるのは社長。

これでは、人は増えていても、
判断する人は一人のまま
です。

社員10人から一日に10件ずつ質問が来れば、100件です。
社員が増えるほど、社長の判断時間が奪われる。

すると社長は、
「人を雇ったのに、どうしてこんなに忙しいのだろう」
となります。

私は、これを典型的な社長ボトルネックだと考えています。

「作業」を任せても、「判断」を任せていない

ここは重要です。

多くの社長は、
「私はちゃんと任せています」
と言います。

しかし、よく見ると任せているのは作業だけです。

資料を作ってもらう。
電話に出てもらう。
入力してもらう。
商品を作ってもらう。
現場に行ってもらう。

ところが、
価格はいくらにするのか。
このお客様の要求をどこまで受けるのか。
優先順位をどうするのか。
トラブルにどう対応するのか。
誰に何を任せるのか。

こうした判断は、全部社長がしている。

つまり、
手は借りているが、頭は借りていない。
これでは、社長の時間はなかなか増えません。

本当に任せるということは、
手を動かす作業だけではなく、
考えることまで任せる
ことなのです。

松下幸之助の事業部制は「小さな経営者」をつくる仕組みだった

松下電器が事業部制を導入したのは1933年です。

製品ごとに事業を分け、それぞれの事業部が開発、生産、販売、収支管理などについて責任を持つ方向へ進みました。

単に組織図を分けたのではありません。
重要なのは、
責任を持って経営する単位を増やした
ことです。

つまり、松下幸之助一人が全部を判断する会社から、
それぞれの責任者が、自分の事業について考える会社へ変えていった。
幸之助の「自主責任経営」という考え方も、ここにつながっています。

一人ひとりが、
「社長から言われたからやる」
ではなく、
自分の仕事の経営者として考える。

これが組織を強くするのです。

「他人の時間を使う」とは、支配することではない

ここは誤解されないようにしておきたいと思います。

「他人の時間を使う」というのは、
人をこき使うことではありません。
むしろ逆です。

何でも指示する。
細かく管理する。
自分のやり方を押しつける。
これでは、社員の時間を使っているようで、実際には社員の能力を殺しています。

社員は、
「言われたことだけやればいい」
となる。

すると、社員の身体は会社にあっても、
頭は経営に参加していません。

本当に人の時間を生かすということは、
目的を共有する。
判断基準を共有する。
責任と権限を渡す。

そして、
「あなたならどうする?」
と考えてもらうことです。

ここまでやって初めて、社員の時間と能力が会社の力になります。

社長が答えを言いすぎると、人は育たない

社員から、
「社長、これはどうしたらいいですか?」
と聞かれたとします。

忙しい社長ほど、すぐ答えます。
「こうしなさい」
その方が早いからです。

30秒で終わる。
ところが、毎回答えていると何が起こるか。

社員は、
分からなければ社長に聞けばいい
と学習します。

次も聞く。
また次も聞く。

そして社長は、
「うちの社員は自分で考えない」
と嘆く。

しかし、考える前に答えを与えてきたのは誰でしょう。

ここで社長が、
「あなたはどうしたらいいと思う?」
と返してみる。
社員に考えてもらう。

最初は時間がかかります。
間違った答えを出すかもしれません。
でも、この時間を惜しんではいけない。
社員が考えている時間は、未来の社長時間を生み出している時間
だからです。

任せるには「待つ時間」が必要である

ところが、これは意外と難しい。

社長は経験があります。
だから、答えが見える。

社員が考えている姿を見ていると、
「そこじゃない」
「違う」
「もう俺がやる」
と言いたくなる。
その方が早い。

しかし、人を育てるには、
待つ時間
が必要です。

考えさせる。
やらせる。
少し失敗させる。
振り返らせる。
もう一度やらせる。

短期的に見れば、非効率です。
しかし長期的に見れば、その方が圧倒的に効率がいい。
なぜなら、一度育った人は、その後何度も自分で判断できるからです。

社長が10分で答えを教えることより、
社員が1時間考えて自分で答えを出す方が、
長い目で見れば会社の時間を増やすことがあります。

「任せて任さず」の本当の難しさ

任せるというと、
全部渡して放置する人もいます。

「任せたんだから、君の責任だ」
これも違います。

任せる。
しかし、見守る。

声をかける。
必要なら助言する。
大きな方向が外れたら修正する。
ただし、細かいところまで取り上げない。
この距離感が必要です。

任せるけれど、無関心ではない。
見守るけれど、口を出しすぎない。
私は、ここに「任せて任さず」の難しさがあると思っています。

経営者にとって最も難しいのは、
仕事を渡すことではありません。
自分が口を出さずに見ていられること
なのかもしれません。

組織とは「時間を増幅する装置」である

私は、会社というものを時間の面から見ると非常に面白いと思っています。

一人ビジネスなら、基本的には自分の時間しか使えません。

しかし、人を雇えば、
5人の時間。
10人の時間。
100人の時間。
を使えるようになります。

さらに重要なのは、単純な作業時間の合計ではありません。

10人がそれぞれ考え、判断し、改善し、次の人を育てるようになれば、
会社の力は単純に10倍ではありません。

そこには、
時間の掛け算
が起こります。

Aさんが仕事を改善する。
その仕組みをBさんとCさんが使う。

Bさんが後輩を育てる。
育った後輩がさらに別の人を育てる。

社長が直接使っていない時間の中で、会社が成長していく。
これが組織の力です。

だから私は、
組織とは、社長の時間を増幅する装置
だと考えています。

ところが、社長がボトルネックになると逆回転する

一方で、何でも社長が判断する会社では、逆のことが起こります。

社員が10人いる。
社員が30人いる。
人が増えるほど社長への質問が増える。
承認が増える。
報告が増える。
会議が増える。
社長が忙しくなる。

すると、
社員の時間を増幅するどころか、
社員全員が社長の時間を奪う構造
になってしまいます。

これは社員が悪いわけではありません。
組織設計の問題です。

何を社員が決めていいのか。
どこから社長に相談するのか。
いくらまでなら自分で判断できるのか。
どんなお客様なら断っていいのか。
どんな例外だけ社長に上げるのか。
これを決めていないから、全部社長に集まってくるのです。

経営理念があると、判断を任せやすくなる

ここで、今回のシリーズのテーマである「経営理念」がつながります。

なぜ理念が必要なのか。

社長室に額縁に入れて飾るためではありません。
社長がいなくても判断できるようにするため
です。

例えば、
「社員を犠牲にしてまで売上を追わない」
という経営原則が共有されている。
それなら、現場は無理な案件を受けるかどうか判断できます。

「短期利益より信用を優先する」
という原則がある。
それなら、クレームが起きたときの判断ができます。

「一社依存はしない」
という原則がある。
それなら、営業戦略についても判断できます。

理念とは、
社長の頭の中にある判断基準を、組織に渡すもの
でもあるのです。

これができれば、社長がいちいち判断しなくてもよくなる。

つまり、理念は社員を縛るものではありません。
むしろ、
社員に判断を任せるための土台
なのです。

「私がいないと会社が回らない」は自慢ではない

経営者から、
「うちは私がいないと回らないんですよ」
と聞くことがあります。

本人は半分自慢で言っていることもあります。

それだけ自分が必要とされている。
自分が会社を支えている。

しかし、私は少し違う見方をします。

社員がいる会社で、
何年経っても社長がいないと回らない。

それは、
社長の仕事を組織に移せていない
ということでもあります。
社長が優秀すぎる会社ほど、こうなることがあります。

何でもできる。
判断も早い。
お客様にも強い。
だから全部自分でやってしまう。

結果として、
社員はいつまでも社長を超えられない。
これでは、社長の時間は永遠に増えません。

社長の仕事は「自分の時間を使うこと」から変わる

創業期は、自分の時間を最大限使う。
これは正しいと思います。

しかし、人を雇ったら、社長の仕事は少しずつ変わらなければならない。

自分が働く。
から、
人が働きやすい仕組みをつくる。

自分が考える。
から、
考えられる人をつくる。

自分が判断する。
から、
判断基準を渡す。

自分が成果を出す。
から、
組織全体が成果を出せる状態をつくる。

ここに経営者の成長があります。

本当に増やすべきなのは、社長の自由時間ではない

「任せれば社長が楽になる」
という話だけではありません。

もちろん、社長の時間は増えます。
しかし、その時間を遊ぶためだけにつくるのではない。
社長にしかできない仕事へ戻すためです。

未来を考える。
事業を考える。
人を見る。
重要なお客様と会う。
幹部を育てる。
新しい市場を見る。
会社の方向を決める。
こうした仕事は、日常業務に追われていると後回しになります。

だから、
人に任せて生まれた時間を、
社長本来の仕事へ再投資する。

ここまでやって初めて、任せることが経営戦略になります。

人を雇う最大の意味は「時間を増やすこと」にある

私は、人を雇う意味を時間から考えると、とてもシンプルになると思っています。

単に手数を増やすのではありません。

社長一人では持てない、
他人の経験。
他人の知恵。
他人の判断。

そして、
他人の時間。
これらを会社の力に変える。

そのためには、人を信じなければならない。
育てなければならない。
判断基準を共有しなければならない。
失敗を許さなければならない。
待たなければならない。

簡単ではありません。
しかし、それができた会社だけが、
社長一人の24時間という壁を越えていけます。

人を雇ったのに、社長だけが忙しい。
社員が増えたのに、判断が全部社長に集まる。

もしそうなっているなら、
「もっと効率よく働こう」
と考える前に、
一度こう問い直した方がいいのではないでしょうか。
私は本当に、人に任せているだろうか。

そしてもう一つ。
私は社員の「手」だけを使っているのか。
それとも「時間と頭」まで生かせているのか。

人に任せるとは、仕事を押しつけることではありません。
その人が持つ時間と能力を信頼し、判断できるようにすることです。

そうやって初めて、社長一人の時間が、組織全体の時間へ広がっていく。

私は、それこそが、
「人を雇う」という経営の本当の意味の一つ
だと思っています。

松下幸之助は「衆知を集めた全員経営」を理想にしていました。
会社に集う人は、それぞれの部署で責任を持って仕事をしてもらう。
気づいたこと、改善すべきことがあれば、できる限り現場で働く人の知恵を生かす。
それが、会社の発展につながることを肌で感じていたからです。


次回予告

次回は、
【経営理念は現場から生まれる⑦】社長の手帳を見れば、本当の経営理念が分かる
について書いてみます。

「社員を大切にする」と言いながら、社員と向き合う時間がない。
「未来をつくる」と言いながら、毎日を顧客対応で埋めている。

経営理念には立派なことが書かれていても、社長の一週間を見ると違うものが見えてくることがあります。

社長が本当に大切にしているものは、言葉より時間配分に表れる。

次回は、経営理念と「社長の168時間」の関係を考えます。


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