博士号を取るか、結婚を続けるか|自己紹介シリーズ⑤【世界からベッドへ】
誰がために、何ゆゑに、われ歩むや

どうも、タカツダです。
今回は、結婚と離婚、そしてそのあとに残った虚無の話です。どうぞ。
馴れ初めや細かいことは、ここでもこれからも触れません。
相手のこともあるし、別にドラマチックな話でもない。
浮気とか、そういうドロドロした話でもありません。
ただ、「このまま一緒にいても、お互いしんどいよな」って、そう思った。
いわゆる、価値観の不一致ってやつです。
研究者の働き方って、ほんまに伝わりづらい。
雇用は不安定、残業代も出ない、夜も週末も関係ない。
それでも成果を求められるし、こっちは「出さなあかん」と思ってやってる。自分を突き動かすのは好奇心だけ。
でも、相手からしたら
「いつまで学生みたいな生活してんの?」
「そろそろちゃんとお金のために働いたら?」
って感じやったと思う。それも、わかる。
けど、自分には譲れんものがあった。
「博士号を取りたい」って気持ち。
それだけは、どうしても手放したくなかった。
なぜなら、この博士課程は、
“毎朝10時に怒鳴られる”地獄の修士時代を乗り越えて、
やっとたどり着いた、穏やかで自由な環境やったから。
もう一度、「研究って面白い」って思わせてくれた場所やったんです。
だからこそ、どっちかしか選べないと感じた。
このまま結婚生活を続けてたら、きっと博士号は取れない。
博士号を取りにいくなら、きっと結婚は続けられない。
そう思って、離婚しました。
でも──
ただ、幸せにしたかっただけなんです。
それができなかったことは胸に残ったけど、後悔はしていません。
その後しばらくして、また新しい素敵な出会いもありました。
だからこれは、人生の終わりじゃなかった。ただのひとつの節目。
離婚してからは、誰にも何も言われず研究に没頭できるようになった。
実験も順調で、ええデータも出る。
ようやく、報われる日が来た気がした。
──けど、ある日、ふと手が止まった。
「自分、何のために、何を頑張ってたんやろ?」
博士号のため? 研究のため? キャリアのため?
それとも、誰かに“ちゃんとした自分”を見せたかっただけ? その先に何がある?
そもそも科学をやって何になる? 自分じゃなくてよくない?
気づいたら、研究どころか、
人生そのものの意味がわからなくなってた。
自己紹介シリーズ【世界からベッドへ】、
次回は「身体の不調、うつの前兆」について書きます。
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