保育園の行き渋り|子どもが困難にぶつかった時、親は信じて見守ることができるか?
我が子はいま3歳。
なにかあったら親が助けてあげないといけない存在のような気がします。
しかし、子ども自身が自分で乗り越えられると信じて見守ることが、親にとっても子どもにとっても成長なのだと思う瞬間がありました。
それは、ある日の保育園から帰ってきた時の出来事。
玄関まで迎えに行くと、目の下に青あざが。
『どうしたの!?』
と慌てた様子で、お迎えに行ったパパに状況を聞きました。
『お友達につねられたみたい』
何事もないように話す父と、心配そうな母。
帰りの車では何事もなく普通に帰ってきた娘が、急に不安そうになりました。
‥これ大事(おおごと)だったんだ。
娘はわたしの反応をみて、そう感じたようです。
そこから、
・保育園に行きたくない
・○○君(つねった子)が怖い
などいってくるようになりました。
子どもが顔にあざを作って帰ってきた。
これは、親としてはとっても心配になる出来事。
でも子どもの中では本当はちょっとした喧嘩の延長線で。
大人が介入したことによって、子どもの中のバランスが崩れてしまったような気がしました。
親が心配になってしまったから、これは心配される出来事だと認識してしまったこと。
心配という形ではなくて、サポートできることもあったのではないか。
そんなふうに考えさせられました。
そこから、保育園に行き渋るのが1ヶ月近く続いてしまいました。
理由を尋ねると
『○○君(つねった子)が怖いから』
しかし、わたしはなんと反応していいかわかりませんでした。
親が下手に反応したり介入するのは良くないのではないか?
何をサポートしたらいいのか?
そんな悩みから、何も行動できず、気持ちに共感しつつも見守ることしかできませんでした。
そんなある日、帰り道に娘が
『今日、○○君にやめてって言ったらやめてくれた』
と報告してくれました。
え!すごいね!
自然とそんな反応が出てしまうほど。
娘は嬉しそうでした。
きっと、娘の中で自分で行動して自分で解決できたという自信になったような気がします。
そこから、保育園の行き渋りはほぼなくなりました。
怖いと言ってた子とも遊んでる様子も見かけます。
3歳ってまだ、赤ちゃんで親が守ってあげないといけない存在のような気がしてしまいます。
しかし、子どもだってしっかり問題を解決できる。
そう信じて見守ることができるのか?
親の技量が試されてるんだなと感じました。
いまのわたしの悩みは偏食。
こちらの記事でいろいろ綴ってます。
