ほぼ毎日noteが9か月続いたのは、「うざったい成功論」を投げ捨てたから
「毎日記事を書こう」
「フォロワーを増やすには相互フォローも大事」
「自分から積極的にコメントしていけば関係性ができる」
「読まれる記事のタイトルにはコツがある」
こういうフレーズを、noteを書いている殆どの人が見たことがあるのではないでしょうか?
正直、書いてあること自体は全部正しい部分もあると思います。
実際に成果を出している人たちが、自分の経験から導いた話なわけで、頷くしかない部分もある。
ただ、そういう成功論を真に受けて自分でやろうとしてnoteを続けるのって、
ぶっちゃけめちゃくちゃうざったくないですか??
自分も過去に結果を取りたくてnoteを執筆をしていましたが、その時は結局半年間続けた後にやりたくなくなって挫折しました。
「あれ、書いてある通りにやってるはずなのに、なんでこんなに気が重いんだろう」
そう思いながら、毎回フェードアウトしてしまう。
そういう経験がある人は、ぜひ今回の記事を見ていってもらいたいです。
過去の自分は、結果のために嫌なことをやっていた
プロフなどには書いてあるのですが、今自分は週5で業務委託として都内の会社に勤務しながら、note執筆をしています。
ただ、この生活をし始めたのはここ2年程度で、過去には稼げない限界フリーランスとしてありとあらゆるノウハウを試していました。
そのときに「noteは育てればちゃんと稼げるようになる」みたいな話を見て、「じゃあ毎日noteを書こう」と決めて、書き始めた時期があります。
多分5年ほど前ですね。
最初の頃は、わりと真面目にやってました。
毎日記事を書く。
書きたくなくても書く。
フォロワーを増やすために、相互フォローっぽいこともしました。
他の人の記事を読んで、別にそこまで興味があるわけでもないのに、無理やり興味を絞り出してコメントを残す。
いいね回りもしっかりやる。
正直に言うと、そのほとんどは「やりたくないこと」でした。
ただ、当時の自分は「やりたくないことかもしれないけど、稼ぐためには仕方ないよな」とやりたくない感情を正当化していました。
そうやって続けていて、たしかに少しはフォロワーも増えました。 記事が読まれることもちょっと増えたし、有料noteが数件売れたことも合った。
だけどその引き換えに、書くことそのものへのエネルギーは、確実にすり減っていきました。
結局「これだけ嫌なことをやって、この程度か」で辞めました
で、結局半年間ほど続けてすぐに辞めることになりました。
「これだけ嫌なことを続けて、得たものはこれだけか」と。
毎日記事を書くのも、興味のない人の記事に無理にコメントするのも、相互フォローも徐々に徐々に心に負荷を与えていきました。
そして、我慢した見返りとして得たお金も、正直、たいしたものではなかった。
そこで自分は、noteを書くこと自体を辞めてしまいました。
そのときは「思ったほど成果が出ないから辞めた」と自分に説明していました。
でも、今になって振り返ると、たぶん本当の理由は違ったんですよね。
仮にそのまま続けていて、ちゃんと成果が出たとしたら、どうなっていたか。
おそらく「嫌なことをやり続ける未来」が確定していたと思うんですよ。
「相互フォローもいいね回りも毎日の更新も、これからずっと続けないと結果が維持できない」という構造の中に、自分が完全に入り込むことになる。
それって、結構地獄な気がしてます。
だから、自分の中の何かが、そうなる未来を無意識に避けたのかもしれない、とすら今は思っています。
「結果が出ない」を理由にして、嫌なことから降りた。
多分そういう勘みたいなものが働いたんじゃないかなぁと思います。
9か月前、嫌なことを全部捨ててもう一回始めた
それから少し時間が経った2025年の7月、自分はもう一度noteを書き始めました。
書き始めた理由は過去記事で書いた通り、「人生に停滞感を覚えたから」ですね。
ただ、今回はやり方を完全に変えました。
正確に言うと、「過去にやっていて、嫌だったこと」を、片っ端から自分にやらないでOKにしました。
具体的にはこんな感じです。
書きたくない日は書かない
気が乗らないオフの日も書かない
書けないなら、100文字くらいの記事で終わってもいい
アイキャッチ画像はnote内のフリー画像で済ませる
装飾もしない
フォロワーを増やすための行動はしない
他の人の記事に無理やりコメントしない
いいね回りもしない
Xでの告知もしない
書き出してみるとわかると思うんですけど、これってほぼ「noteを書くうえで大切と言われていること」を、片っ端から拒否しているリストです。
成功論的な観点でいえば、たぶんやってはいけないことを全部やっているレベルだと思います。
ただ、不思議なことに、これを全部捨てたらnoteのほぼ毎日執筆が9ヶ月間続きました。
過去の自分が半年で力尽きていたのと比べると、わりと驚くくらいの変化です。
「書こう」と思って書いている、というより、書きたいときに書いていたら気がつけば9か月経っていた、という感覚のほうが近い気がします。
成功論が悪いんじゃなくて、「合わない人もいる」というだけ
念のため、ですが、自分は成功論そのものを否定したいわけじゃありません。
実際に、相互フォローやコメント回りで関係性をしっかり作って、ちゃんとフォロワーを伸ばしている人もいます。
毎日記事を書くのを純粋に楽しめる人もいる。
読まれることをモチベーションにできる人もいる。
そういうやり方が合う人にとっては、成功論はそのまま使える武器なんだと思います。
ただ、自分のように、合わない人もいるよね、というだけの話です。
無理にコメントを残すこと自体が嫌で仕方ないタイプの人。
読まれる前提で書こうとすると、書きたいことが書けなくなるタイプの人。
こういう人が、合わない成功論を頑張って真に受けて続けようとすると、書くこと自体がだんだん嫌いになっていきます。
それって、なんかもったいない気がするんですよね。
多分、noteを書こうと思う人って文章がそんなに嫌いな人は少ないのだと思います。
実際自分もHSPで内向型と言われるタイプの人間ですが、文章を書くことで自分の人生が大きく開ける経験を現在進行系で体感しています。
「成功論を真に受けて行動した結果、続かなくなる」のと、 「自分が合うやり方を選んだ結果、なんとなく続いてしまう」のとどちらがいいのか?
両方やってきて自分が思うのは、後者のほうが結果的に良い未来につながりやすいのではと思うのです。
結果を上に置くと、自分のエネルギーがすり減りやすい
ここまで書いてきて、自分の中で改めて思うことがあります。
正直に、「結果を出すこと」を一番上に置くと、続けるのって結構しんどくなるんですよね。
結果が目的になると、「結果に近づくためなら、どんな嫌なことでも我慢しよう」という方向に思考が動きます。
多分真面目な人ほどそういう思考にいきやすいんじゃないかなと。
ただ、そうなった瞬間から、行動の一つひとつでエネルギーがすり減っていくことになります。
エネルギーがすり減ると、続けるのが苦しくなる。
苦しくなると、辞めるか、続けても惰性になる。
逆に、自分がやりやすいやり方でやっていると、エネルギーがすり減りにくいです。
むしろ、書くこと自体でエネルギーが少し回復することすらある気がします。
すり減らない、もしくは少し回復するから、なんとなく続けられてしまう。 続けられているうちに、書いた記事の総数だけは勝手に積み上がっていく。
「続ける」という観点だけで言うと、こっちのほうが圧倒的に強い気がしています。
noteを書くことがしんどくなっている人へ
最後にもし今、「noteを書きたい気持ちはあるけど、なんか書けない」と感じている人がいたら、
一度、自分が「これをやらなきゃ」と思っていることを全部考えてみるといいかもしれません。
その中に「うざったいな」と少しでも感じるものがあったら、いったん全部捨ててみるのもアリだと思います。
成功論を真に受けなくていい。
巷で言われているやり方を全部拒否したっていい。
自分がやりやすいやり方でやって、そのおかげで続いた事例もあるということは一つ覚えておいていただければ幸いです。
で。。。。
「じゃあ、自分がやりやすいやり方って、結局どんな記事を書けばいいの?」
と結局聞かれそうな気がしてまして、その記事を次回の記事では書こうと思ってます。
※次の記事はこちら。
「役に立たない記事を書いていい理由」と「自分にとって役立つ記事とはどんな記事か?」を詳しく書いています。
【はじめての方へ】 元ベンチャー役員が5年間稼げないフリーランスになり、そこから立て直すまでの話を自己紹介にまとめています。
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