【22/7考察】構造的課題:2期生の壁と3期生「22/7 the 3rd」の変革
ユニコバルトさんの記事を読んでみた。ナナニジの2期生の成長について、ダンスや歌唱の役割分担に着目した視点は非常に興味深く、頷かされる部分が多い。本稿ではその分析に深く賛同しつつ、さらに一歩踏み込んで「演出プランと2期生の扱い」という構造的な課題について考察する。結成当初の完成された世界観があまりに強固すぎたが故に、2期生の活躍が見えない天井に阻まれてしまったのではないか。この「変革(アバンギャルド)」の不足と、3期生への移行における構造変化について紐解いていく。
ガラスの天井
ユニコバルトさんの記事によるダンスと歌唱の担当、役割に注目している記事となっているのは、面白い視点となる。賛同する点が結構ある。
ただ、私個人としては、それに加えて、2期生の活躍が見えない天井に翼を阻まれているような状態にあるのではないのか。それは、演出面において2期生をいかに働かせるか、そのプランは補助的存在としての役割にプランに引きずるものがあったのではないかとふんわり考えている。
保守的思考
ナナニジは結成当時の形を頑なに守ろうとし、2期生はその補助的存在に扱い過ぎたものがあるんじゃないかと思う。2016年結成当時につくられた世界観は、あまりに不動なものとなってしまっていた事は、逆にナナニジの成長をも押し込むものとなっているのかもしれない。
アバンギャルド
アバンギャルド(avant-garde)とは、フランス語で「前衛」を意味し、既存の伝統や権威、因習に囚われず、革新的で実験的な表現を目指す芸術や思想の動向を指す。
2期生を生かすための、ナナニジを大きく変革するアバンギャルドとなる活躍が行われなかったのが、難点だったのではないかとも感じるわけである。
アバンギャルドなりうるナナニジの楽曲となるのは月城咲舞と相川奈央が輝く「最後のピアノ」と椎名桜月、麻丘真央、そして雨夜音による「ハレロ」になるのではないだろうか。
しかし、その後ナナニジの楽曲は基本、天城サリー・西條和・河瀬詩に終始していた。「後でわかること」、「YESとNOの間に」、「ロックは死なない」、「あなたでなくちゃ」の主軸となるのは、天城サリー・西條和だけであり、2期生は入らない。
22/7 the 3rd
一方で、3期生は、先輩メンバーという足枷を一切取り外した。同じ哲学でありながらも、新たなパフォーマンスを行う舞台として用意したのが、22/7 the 3rdになるのだろうか。つまり、15人体制とは別のプロジェクトとして起動した。
また、3期生は8人すべてに主人公として役割を与えたことも大きいのではないのだろうか。
絶対的主人公 西條和(滝川みう)
2期生には絶対的主人公となる西條和とそれをとりまく先輩メンバーがあまりにも巨大すぎたため、彼女たちの活躍の場、成長を抑え込むガラスの天井のようなものとなっていたのかもしれない。
おわりに
絶対的主人公である西條和をはじめとする1期生の存在感は、ナナニジの象徴であると同時に、2期生の成長を押し込めるガラスの天井でもあった。「最後のピアノ」や「ハレロ」で見えた変革の兆しが継続しなかった。一方で、3期生は「全員が主人公」として先輩という足枷のない舞台を与えられた。2期生の直面した葛藤があったからこそ、3期生という新たなプロジェクトが起動したとも言える。ナナニジがこの変革を経てどう進化していくのか、今後も注視していきたい。
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