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【熱帯夜】#シロクマ文芸部

熱帯夜の息苦しさ。
空調は効いていても眠れずにベッドから出る。
冷蔵庫から水を取り出し、コップに注いでひと口飲んだ。
あの時の新幹線を思い出す。
空調が止まった後の車内は暑いほどではなかったし、グリーン車に移動させたことも犯人たちの「善意」だったと思う。
食べ物は与えられなかったが、飲み水は十分にあった。
客室乗務員が何度か水を運んできた。
新幹線の占拠事件に遭遇したのはひと月半ほど前の話。
まだ犯人たちは捕まっていない。
私と出版社の担当は講演のためにその新幹線に乗った。
下りの新幹線が1時間ほど走った時だった。
長いトンネルの中でいきなり新幹線は停まった。
そして、社内アナウンスで、新幹線が占拠されたことを知った。
車内の乗客はグリーン車に集められた。
平日の昼過ぎの新幹線にはグリーン車両の座席がいくつか空くくらいの客しか乗っていなかった。
スマホなどの通信機器を回収された以外はきつい拘束もなく、乗客は座席に座っていた。
乗務員たちは犯人らに指示され、乗客の様子を見たりするなど、こちらも拘束されることはなかったようだ。
6時間後から少しずつ乗客は解放された。
初めは子ども連れと老人。2時間ごとに5人程度ずつ解放された。
自分と担当は揃って解放された。
後に残っていた乗客は6人だった。
元々、ホテルに荷物を先に送っていた我々は手荷物のバッグを持ち、トンネルの出口まで、客席乗務員が渡してくれた懐中電灯の灯りを頼りに歩いた。歩き出して間もなく、出口まで200mという表示が見えた。
顔を上げると向こうに明かりが見えた。
200mほどの距離がやたら長く感じた。
車内で饒舌だった担当も何も言わずに歩いた。
トンネルの中は埃っぽくも、妙に湿り気を感じることもあった。
はやる気持ちもあったが、足はゆっくりとしか動かない。
あの夜の息苦しさのピークはその開放時だったように思える。
出口には警察や医療スタッフが待機していた。
私たちが出口に着くと、それらの人々がわっと囲んだ。
マスコミはいないようだった。
警察は私たちを大型の警察車両に乗せた。
中に控えていた医療スタッフが健康状態をチェックする。
幸い私と一緒に解放された者は誰ひとり健康状態に問題がなく、別の警察車両(覆面車)に分乗し、警察が用意しているという宿泊施設に移動した。
その時点で午前0時を回っていた。
鉄道会社系列のホテルだった。
私と担当は隣室だったが別々の部屋だった。
私は部屋に着くと急に疲れを感じた。
シャワーも浴びずにそのまま眠った。
翌朝、担当のノックに起こされた。
朝食後、講演先に向かうと担当は言う。
その言葉に私は少し面食らったが「どこにいるかがわかるようにしてくれたら、仕事も自由にやって構わない」と警察が言っていたという。
そして「後ほどお話をうかがうことになると思います」とも話していたという。
ホテルの食度のテレビで事件のことが報じられていた。
が、現場にはマスコミはやはり入っていなかったようで、新幹線が上下線でそれぞれ一本ずつ占拠されたこと。人質は皆解放されたこと。解放された人質の中に体調を崩していた人が2名いたこと。そして、犯人グループが誰ひとり捕まっていないことを三度、少しずつ言葉を変えて報道して次の話題に変わった。
人質となった人々は翌日までには皆ホテルをあとにした。
やがて半月も過ぎた頃になるとテレビや新聞では新幹線乗っ取り事件は語られなくなり、SNSで推察班とやらが、持論を展開するだけだった。
私は警察に二度呼ばれた。
本来ならば事件の起きた県警に出向くところだろうが、最寄りの警察署に出向き話をした。
一度目は担当も一緒だったが、二度目はスケジュールの関係で私ひとりで行った。
もっとも、一度目も話は私と担当と別々に行われた。
一度目は列車の中での様子を訊かれた。
二度目は犯人グループの存在について訊ねられた。
「どんな人物だったか?」
訊ねられ、私は気付かされた。
私は客室乗務員以外、顔を見ていないのだ。
最初にトイレに立った担当が、トイレ付近にふたりいると言った。
その後しばらくして私もトイレに行ったが、向こう側の車両のドア付近にひとりいたのは確認できたが顔は見えなかった。
担当に倣って眠ったせいか、私はそのあともう一度だけトイレに行った。
その時もひとり。先ほどと少し立ち位置が違っているような気もしたが、やはり顔は見えなかったし、向こうをこちらを見るような動きもなかった。
警察は渋い顔をした。
ほとんどの乗客は私と同じことを言うらしい。
犯人たちが何人だったのか?正確な人数もわからない。
乗客が降ろされた後、乗務員たちが解放された。
それと同時に警察が新幹線に乗り込んだが、誰もいなかった。
それきり、犯人たちはいまだに捕まっていない。
「また、お話を聞かせていただくこともあるかもしれません」
何の成果もない二度目を終えて以降、警察からは連絡はない。
コップに残る水を飲み干す。
空調が静かに風を作る。
私はコップをシンクで洗い、寝室に戻らずリビングのソファに座った。
私はあの事件について、ひとつの答えに到達している。
しかし、その答えだと、新幹線を停める動機が全くわからない。
答えを確認することもできないまま悶々としている。
ネットで展開されている考察の中には私に似た考えを持っている者もいるようだった。
あの事件は解決するのだろうか?
予定の狂った多くの人たちと、新幹線が再び動き出すまでのほぼ一日の売り上げを失った鉄道会社。
被害は甚大なはずだが、誰も何も語ることはない。
私の背中は冷たい汗が流れる。
熱帯夜には似つかわしくない冷たい嫌な汗が伝い落ちる。

こちらの後日談
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