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当たり前の話の人物伝ーパランティア、SONYそして「偏るからテレビ見ろ」

1)パランティアは悪の企業か

防衛・情報・警察機関に業務用ソフトウェアを販売しているアメリカの会社、Palantir Technology(※筆者注:文中以下表記、パランティア)。日本では監視社会の推進役という“イメージ”で受け止められている企業です。

2025年初頭に出版された、このパランティアのCEOアレクサンダー・C・カープさん(1967-)と同社法務部門のニコラス・W・ザミスさんによる著書「The Technological Republic: Hard Power, Soft Belief, and the Future of the West」。最近、この本の翻訳版が出版されました。邦題は「テクノロジカル・リパブリック 国家、軍事力、テクノロジーの未来」(2026/ 日経BP日本経済新聞出版)

この本、超ざっくり言うと「シリコンバレーのテック企業は、国家や国防のために本気で技術を使うべきだ」と主張しています。

かつてアメリカの技術者たちは政府と協力して、戦後の秩序や技術的優位を支えてきたのに、今のテック業界はその使命感を失っている。テック企業は広告やSNSのような商業的な成功に閉じこもるのではなく、AIやソフトウェアを国家安全保障、軍事、地政学的競争に結びつけるべきだ、というアジテーションでもあります。

原題の副題、 “Hard Power, Soft Belief” 。「ハードパワーが新しい信念になる」とは、テック企業の覚悟なのでしょうか。

面白いのは、パランティア社として「よく質問されるので『The Technological Republic』の概要を」と、X上に22項目の要点を発表しています。
https://x.com/shaunmmaguire/status/2045606510206877716

これを読んでいただくと、意外にも結構、当たり前の事を言っています。もちろん、アメリカでの徴兵制の復活など議論を呼ぶ主張もある一方、こんな項目もあります。18項目です。翻訳ソフトに入れてみました。

18. 公人の私生活に対する容赦ない暴露は、あまりにも多くの有能な人材を公務の場から遠ざけている。 公の場――そして、自己の富を増やすこと以外の行動に踏み出す者たちに対する浅はかで卑劣な攻撃――は、あまりにも容赦のないものとなり、その結果、共和制社会には、もしその内に真の信念体系が潜んでいればその野心を許せるような、無能で中身のない人物たちが多数残されることになっている。

ほら、本邦では“文春砲”なんて持て囃している方々もいらっしゃいますが、あれだって殆どの記事が公的な問題を取材している調査報道でも何でもなく、単なる妬み・嫉みを駆立てる、「公憤」の名を借りた個人攻撃記事ですし、ましてやSNSでの個人情報暴露が幅を利かせている現在に対する警告ですね。

もちろん、議論は必要ですが、結構、当たり前の事が並んでおり、突拍子も無い事は書いてありません。現実を見ての発言というように感じます。

パランティアと言えば、共同創業者兼会長のピーター・ティールさんが良く知られています。

今年3月、来日して、高市早苗首相への表敬訪問を行った際も、「国民を奴隷にするための監視技術を日本に売り込みに来た」などと口さがないネット雀が盛り上がっていましたが、来日の主な目的は文藝春秋社が企画した漫画「ワンピース」(1997-/尾田栄一郎/集英社)をテーマにした討論会への出席だったと言われています。

彼は「ワンピース」を終末論・政治思想の一つの「思考モデル」として読んでいる、大ファンなのです。 プライベートジェットで、世界の何処でも自由に思いのまま移動する身の上は、我々日本の下々には理解出来ないでしょう。

このピーター・ティールさんとアレックス・カープさんの役割は、「ビジョンと資金の提供者(ティールさん)」と「戦略・経営と政治的裏面工作の司令塔(カープさん)」という、極めて対称的な分業になっています。

それぞれ著作もあり、また折につけ、公的に発言する機会もあります。先入観無しに玩味し続ける価値があると思います。そうそう、「先入観は可能を不可能にする」、大谷翔平選手が恩師から授かって座右の銘にしている言葉なんですって。

2)そして残ったのはSONY

総合テクノロジー&エンタテインメント企業ソニーの80回目の創立記念日がこの5月7日だったとのこと。ソニー広報のnoteで創業者を軸にした企業の軌跡が公開されています。
ソニー 80回目の創立記念日|ソニー株式会社|広報note

この記事は、主にファウンダーの井深大(1908-1997)さんと盛田昭夫(1921-1999)さんの言葉と当時の写真を思い起こす内容になっています。この、お二人以外に写真に登場し、名前が出ているのが、「ソニー第三の男」大賀典雄(1930-2011)さんや、ソニー方式のCDの普及に協力した世界的な指揮者のヘルベルト・フォン・カラヤン(1908-1989)、 そして後に第6代社長となる、若き日の出井伸之(1937-2022)さんだけです。

4月に「ソニー神話を壊した男 出井伸之が創った未来」(2026/児玉博・小学館)という本が出版されました。そして、ワタシはこの本を読了した時、快哉を覚えました。

ワタシはSONYの社員だったわけでもないし、出井さんに知遇をいただいていた訳ではありません。

一度だけ、お見かけした事があります。おそらく、ゴルフの大会、SONYオープンが1月にハワイで開催されていた頃、ハワイから成田空港にお帰りになったと思しきタイミングでした。ちなみにワタシはラスベガスのCESから帰り。ワタシ、出井さんの著書「ONとOFF」(2002/新潮社)、結構、好きだったのです。

一時期、物知り顔で「『出井さんがSONYをダメにした』と言う」のが、“流行って”いました。

出井さんは、1995年から2000年前半が高評価期で、 2001年度にはソニーの時価総額が史上最高になるなど、世界最高の経営者の1人とされていました。しかし、2000年代に入り、主力のテレビ事業の不調から株価が急落、一転して世界最悪の経営者と言われました。

日本国内では、“本業”の「エレキ=エレクトロニクス製造業」を疎かにして、現実離れした“デジタル夢物語”にうつつを抜かしているからだと言うような批判だったと思います。

その頃のある出来事が、この本に書かれています。

一部から「経営の神様」と称された稲盛和夫(1932-2022)さんという方がいらっしゃいました。高機能なセラミックス技術の京セラ、NTTに対抗し日本の電話料金を下げる事に貢献したKDDIを設立、また経営破綻した日本航空を再建した事で知られています。

でも、経営理念と人生の原理らしきことをごっちゃにして語る事から生まれたご本人への信奉から生まれた宗教的な“圧”でも知られています。ワタシは斜に眺めてしまう人物です。

2003年頃、ある会社の経営会議に、この稲盛さんと出井さんがアドバイザーとして同席していたそうです。出井さんがその企業の販売システムをさらに拡大させるために「エンターテインメントへの進出を視野に入れるべきではないか」と言うに、稲盛さんが叱りつけるように「だからあんたはダメなんだよ。そんなことばかり言っていないで、本業のエレキ(エレクトロニクス)をしっかりやりなさい」と言ったとか。「ソニー神話を壊した男 出井伸之が創った未来」に書かれているお話です。

製造業に絶対の信を置く“製造業神話”が成功体験として刷り込まれていた日本の経済界の空気がよくわかる逸話です。だから、今も低迷が続いているのです。

出井さんの“先見の明”が無ければ、今頃、ソニーという会社は存亡の際に立っていたかもしれません。インターネットの可能性に未来を観て、舵を切った勇気は並々ならぬものだったはず。

第8代社長の平井一夫(1960-)さんが著書「ソニー再生 変革を成し遂げた『異端のリーダーシップ』」(2021/日本経済新聞出版)にこんな事を書いています。

平井さんがエレキ事業に重きを置いていなかったため、一時期、OBから「忠告」が殺到していたのですが、それを一切無視していた時期があったそうです。「昔は良かった」とか「エレクトロニクスを軽視する経営はけしからん」という類の内容ばかりだったからで、今更そんなことを言われてもノスタルジーでしかない、そんなノスタルジーがソニーを今のような会社にしてしまったんじゃないかとさえ思ったからだそうです。

未来は簡単には見えてきません。でも、先を観ている人は、今しか見ない人に疎まれます。

3)偏っているのは間違いか

毎週、生放送を拝聴しているわけではないのですが、TBSラジオの「安住紳一郎の日曜天国」を愛聴させていただいております。基本的にはradikoで、なのですが。

5月3日の放送での安住さんの発言が少々、バズっておりました。こんな発言でした。

『極論ばっかり言うと嫌われちゃうけれど』と前置きした上で、ネットやSNSを中心に育った30歳前後くらいの人たちについて『意外にちょっと勘違いしたまま大きくなられてるって人が多かったりして、テレビとか新聞がつまらないって思っている世代でもあるんだけれども』、『やっぱりね、ちょっと偏るからテレビ見ろって感じだよね。つまらないかも知れないけど、偏るからテレビ見ろって感じだね』
TBS安住紳一郎 「偏るからテレビ見ろ」ネット世代に忠告も“報道の公平性”めぐる議論百出(SmartFLASH) - Yahoo!ニュース

この記事のタイトルにもあるような「報道の公平性をめぐる議論百出」、「オールドメディアの負け惜しみ」、「勘違いも甚だしい」「テレビ離れは内容が偏向しているから」など、何を言っているのだ、という反応があったのですが、どれも典型的な、後出しジャンケン。放送を聞いていない人が、SNSやネットで見ての反応でしょう。オールドメディアは発言の「切り取り」で信用できない、とネットの「切り取り」を見て、怒っても意味がありません。せめて聞いてから反応しましょう。

小泉今日子さんのコンサートで、(小泉さんが)日本国憲法を朗読した、と何方かがSNSに書いて、これまたお怒りの向きが大量に発生しました。でも。実際は開演前、客入れ時に、DJ高木完さん(※筆者注:1961-/ずっとパンクです。素敵)のオープニングアクトがあり、そこで俳優の佐藤慶(1928-2010/素敵なお声でした。)さんが日本国憲法を朗読しているCD(1993年発売/2006年再発)を、音源としてミックスしたパートがあったというのが実際のようです。

おそらく、現場に居ても、まずこの状況を説明できない、SNSなどに言語化できない人々が「小泉今日子さんがコンサートで日本国憲法を朗読した」と語った(騙った)のではないでしょうか。そして、そこに妙な揺らぎが涌くのです。でも、思いつきに舞い上がる前に一呼吸を。

情報を人に伝えるために正しく、もしくはわかるように伝えるには技術が必要です。「偏り」が生じるのは、わかりやすくするため(※筆者注:もちろん、ある方向に誘導するためという場合もあります。)に“ある視点”を付け加えた時に起き易いように思います。

古くは伝言、それから手書き文字、印刷文字、ラジオによる音声、テレビ、インターネットと情報の媒介(メディアですね)の経路が複雑かつ大規模になってきたのが人間の歴史です。

情報の伝搬の途中で「偏り」や「揺れ」などが「混入」するのは避けられないし、そもそも「純粋な」情報なんて存在しません。そして、伝えられた情報に関して、何らかの判断を下す際に知らず知らずのうちに適応させてしまう自分の「判断基準」自体が、既に「偏り」です。

確かに、メディアの質が下がっているようにも感じる時もあります。こんなタイミングに困った事です。でも、安住アナウンサーが仰っていた事はその通りだと思います。

判断基準が「敵」か「味方」かレベルですと、すぐに騙されますよ。そんなにわかり易い事はありません。今の世の中、こんなにややこしいのですから。神や正義はそんなに簡単に姿を現しません。  了

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