テレワークゆり物語 (98)私の「桜ものがたり」
みなさん、「桜」にどんな思い出がありますか?
私の思い出の「桜」は、3つ。それぞれに「ものがたり」がある。
奈良高校の「桜ものがたり」
三年間通った、奈良県立奈良高校。校舎を出て、校門へ向かう階段の上から見える桜の木。
高校1年のとき、英語の先生が大好きで、先生に質問するために、英語を一生懸命勉強した。でも、その先生は、私が2年生に上がるとき教員を辞めて函館へ行ってしまった。
最後に高校を去られるとき、先生の後ろ姿と、桜とが重なった。
それ以来、その桜のシーンは、大切な思い出となった。
その先生に英語を教えてもらったのは、たった1年。ただ、集中的に英語を勉強したことは、私のその後の人生を変えた。
そして、先生が教えてくれた英語のフレーズを今も忘れていない。
Every moment is a starting point.
自分の「あきらめない」方針の根っこでもある。

桜はないけど。
2022年4月から、奈良高校は、平常高校跡地へと移転した。私たちが過ごした奈良高校 法蓮校舎(*)に、生徒はもういない。
※法蓮校舎と呼ぶのは、法蓮町にあるから。奈良らしい地名。
四ツ谷の土手の「桜ものがたり」
上智大学の学生だった四年間、毎日通った四ツ谷。大学校舎から道をひとつ挟んだところにある、通称「土手」は、江戸時代、江戸城の外堀だった土手の上に作った遊歩道。その下、つまり濠(ほり)の底は、大学のグランドだ。
私は卓球部だったので体育館だったが、陸上部だったダンナは、この「おほり」で毎日砲丸を投げていた。
しかし、四ツ谷の土手の「桜」の思い出は、大学時代だけではない。
アグネス・チャンの追っかけをしていた中学生のときの「桜」
長女が上智大学に入学したときと、卒業したときの「桜」
四ツ谷にオフィスを置いたおかげで、今も毎年楽しめる「桜」
実は、今年も見ることができた。移動の合間のため、朝5時過ぎ、誰もいない中、セブンイレブンのカフェラテでひとり花見をした。

生駒の実家へ続く道の「桜ものがたり」
実家といっても、今、両親が住む家は、私が生まれ育った家ではない。生駒の再開発のため、転居を余儀なくされ、私が大学のときに両親が建てた家だ。生駒山の宝山寺に続く道を曲がった坂に、その桜並木がある。

子どもたちにとっては、「じいちゃん、ばあちゃんちの桜」だ。

しかし、この桜並木は、今はもう無い。古くなったため、安全のために一部を残して伐採されてしまったのだ。
桜並木のところどころに「切り株」だけが残った。

いやいや、頼むから、切り株に座らんでくれ。(笑)
でも、今年、うれしいものを見つけた。
桜の切り株から芽を出した幼木に、桜の花が咲いたのだ!

毎年、短い期間しか会えない「桜」。長い年月の間に、無くなったものもあるが、心に残るものも、新しく生まれるものもある。
ありがとう。桜たち。
※冒頭の写真は、私のじいちゃんが眠る霊園の桜。先日お墓参りにいったときのもの。
