テレワークゆり物語 (92)11年前の3月11日、みなさんは何をしていましたか?
今日は、東日本大震災から11年。2011年の3月11日。あの日、あの時、社員はどうしていたのだろう。朝、オンラインラジオ体操をしながら、ふと思った。
弊社テレワークマネジメントは、2008年創業だが、2011年の時点では社員は3人のみ。現在は16名。ほとんどの社員が、あの日は今と違う「仕事人生」を歩んでいたはず。
弊社では、社内のホウレンソウ(報告・連絡・相談)のコミュニケーションをWorkplaceというツールで行っている。そこに、仕事以外の話をしやすい「フリートーク」も用意している。
Workplaceは、Facebookのビジネス版らしく、自分に関連した情報が流れるニュースフィードがある。
仕事をしていると、自然に「フリートーク」も目に入ってしまう。…というのが、全員テレワークでも「雑談」が起きやすいポイントだ。
ということで、ラジオ体操が終わると、すぐにフリートークに投稿した。

すると、私の想像を超えるコメントが戻ってきた。せっかくだから、本人の許可を得て、ご紹介する。
まずは、当時アメリカに住んでいた社員(びっくり)。日本の家族に連絡がとれたものの、おじいさまが、避難で体調を崩して亡くなられたとか。

当時は別の会社で毎日通勤していた社員。子どもが熱を出して良かった件。それにしても、ご両親が南相馬にいらしたとは、知らなかった。

大学生だった社員は、青春18きっぷで、北海道の実家に戻る途中。大変な思いをしたとか。

入社前は、自営型テレワーカーだった社員のエビソード。子どもよりPTAの要件を優先してしまった母。当時は、自宅で働くことが珍しかった時代。

当時は、別会社で人事マネージャーをしていた社員。部下か家族か葛藤しつつ、徒歩で5時間かけて帰宅したとか。

ワイズスタッフでプログラマをしていた社員。私も忘れていた、スピードクッキングのエピソードにビックリ。

当時は上下水道や建物の配管工事を請け負う会社にいた社員。東北には、いろいろな部品工場があることを実感したことを思い出しました。

すべて仕事に関係の無い「雑談」ではあるけれど、社員の知らなかった人生が少し見えたようで、うれしい。
テレワークだと「雑談」がしにくい。と言われがちだが、テレワークだからこそ「雑談」が大事であることを再認識。
※冒頭は、地震で帰れず長野に宿泊したところ、翌日の午前4時に、ガラケーに緊急事態連絡が入った写真。長野の隣、新潟の栄村で震度6.7の地震が発生した。ひとりで不安いっぱいの一夜だった。
