催眠/懐古(2本)
何も考えずに楽しめばいいって
催眠系のボイスにあったりするんだけど
推し活が催眠音声になっている人って
それなりにいるんだろうな。
現実を見たときに座っている場所が奈落だと気づく
オタク的な話の現実を見て、現実逃避するもので
有名なものにルイズコピペがある。
以下流通版https://w.atwiki.jp/aniwotawiki/pages/7543.html
ルイズ!ルイズ!ルイズ!ルイズぅぅうううわぁああああああああああああああああああああああん!!!
〜中略〜
ううっうぅうう!!俺の想いよルイズへ届け!!ハルゲニアのルイズへ届け!
信頼というのは築くのが難しく、壊れるのは一瞬。
だからこそ気を使う必要があるのだけど
利便性だけを追求していくと、利己的になり
気づいたら周りには何も残っていないんだ。
演者にも言えるし、ファンにも言えること
でもだからこそ熱狂できるとも言える…
おかしいことを受け入れて、パレードを楽しむか
楽しむ人を含めて、距離を取って楽しむかを選ぶ。
その距離感を自分で調節するノブを手に入れるには
経験値やチュートリアルが必要なんだろうね。
この画像って未だに見かけるけど、作ったの私なんだよね。当時思いの外あちこちで貼られちゃっ反省してすぐ消したんだ。若気の至りだったなと…
— 櫻日和鮎実(サクラカワ アユミ) (@ayuneo) March 15, 2023
私はこれしか作ってないけど第5話まで出てるって何? pic.twitter.com/hSMIX76Vjq
上の画像に関連する話を検索したら下の動画が出てきました。
↑のコメント欄もいろんな考えがあっておもしろい。
というか自分の思ったこと、大概出てくるのすごい
ゆる〇〇を貼りすぎると盲目的というか
この人の言うことは正しいことだ!みたいな
ある種、催眠的洗脳的だな〜と思いつつも
自分にはこれがわかりやすいと思って見ています。
真面目は美徳であるが、人に振りかざす時には
正しい使い方を吟味してほしいけど
その物差しをそもそも持てないんだよな…
バランスが大事だと至る過程を色々考えた上で
出す回答であるべきなのに、脳死でバランスだよね
って話は聞いてないやんってなりますので。
懐古の話
こちらはさっき上がった動画。
iモードや現ニコニコを動かしている
栗田さんを呼んで昔との違いを話す動画。
僕個人が昔のネットについても
懐古してるnoteだとこれかな。
自分にとって少し前のインターネットが特別なのは
現実と地続きではあるものの、現実にはない作品
現実じゃないような浮遊感と悪いことの共有だった
それと同時にSNS的なネットの世界が
あまりに現実すぎて、もう別の世界ではないし
怒りが満ちていて、魅力を感じなくなってしまった。
僕は最初の体験であること、非日常感と
身内ノリが楽しかったということを書いているんです。
動画内でも身内ノリの楽しさについての言及が
ありますよね、ニコニコも身内ノリ感とか
最初の体験の楽しさがあるという話。
設計側としてもそれがあるという話が
話されたことでより強固になった気がします。
不快な意見は悪い意見か?がYesであってもいいけど
万人がそうであるべきかについてはNoであるべき。
Yesと言う面白さを提供する場合もあるけど
その面白さにはコンテキストが必要であり
必要としなくても面白いと思われるものを作る必要がある。
もしそうなった時は不必要な不快な意見を
言わずに置いておく形を取ることになると思う。
今は誰でも利用できるが炎上リスクや
コンプライアンス、表現規制により投稿が難しくなった。
自分も2009年からやっていますが
栗田さんが言っていた通り、その当時はもっと
牧歌的で同じ枠組みの人ばかりでしたよ。
アルゴリズムについてはYoutubeはすごい優秀
それ以外はなんとも言えない。
Youtubeは検索も酷いし、仕様も勝手に変えるし
アルゴリズムと人がいる以外酷いサイトだと思う。
ニコニコは人が居ない以外本当に良いんだよ
検索は優秀でランキングも自分仕様に変えられる。
多様化により、かつての内輪的な面白さが残る場所
であるというのは、まさしくそうだと思うんですよね。
次に僕は嫌儲寄りのオタクだと思っています。
でもそれは金儲け全てに対して否定的ではないし
そもそも嫌儲という言葉自体、他人の作ったものや
共有財産で勝手に金儲けをすることを嫌うという思想。
ネット上で金を稼ぐこと自体を否定する考え方ではないので
この言葉を使う場合は間違えてはいけないポイント。
上の動画のような使われ方は元の使い方として誤用かな。
商業的なものにつまらないものが多いのは
本人の魅力を生かしきれていないことが
多いことに紐づいていて
同じ時間であれば、本人がやりたいことを
やりたいようにやっているのを見る方が楽しい
みたいな、そういう話だと思っていて
最初からスポンサー配慮がある動画は
それに当てはまらないと思うんですよ。
最近オタクの金儲け云々っていうのがありましたが
アレは法律的にどうなんだ?って側面と
同人イナゴ的な振る舞いだったために
燃えたんじゃないかなと思います。

話を戻して、これは僕もそう思っているんです
コンテンツの量は増えていて、より面白いものは
たくさんあるんだけど、そのコンテンツの多くは
感情を逆撫でしながらマネタイズしてるものも多く
すごく嫌な気分になることがありますね。

これもそうなんですよね~ニコニコとかもそうですけど
一緒に仲間として楽しんでいる感じが強かった。
今は粗探しがコンテンツになってしまうから
敵になるほうがお金になるんですよね。
勿論ノスタルジーバイアスはあるだろうけど
別にインターネットに限らずそういう事ってありません?
身内ノリってそういうものだと思うんですよ。
そして快、不快で言えば不快を昔より感じやすいから
アルゴリズムで外した時に、いくらコンテンツが溢れても
過去にはなかったものなのだから今、不快なわけ
でも快、不快と正誤は違うというのはその通りでさ…
これは自分も意識しないといけないなって思うし
便利にはなったけどさ、幸せや楽しくはなくなった

これは僕が1番優先していたであろう
身内感の喪失を感じるから
そう感じている部分がデカいんだろうね
友達が少なくなったというか
アイツもおとなになっちまってみたいな
そういう悲しさに近いというかさ
正しさではなくて、気持ちよくちょっと悪いことが出来る
れびてーしょんを結局求めているんでしょうね。
2本分けようと思ったんだけど
近い話題だったから同じ1本にした。
少しでも僕の温度感が伝わると良いな、またね。
