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公文と市販ドリル、何が違う? 3年間通って分かった「月謝を払う意味」

計算や読み書きの練習だけを考えれば、市販ドリルでもできることはたくさんあります。
それでも、年長の秋から小学3年生の途中まで、3年公文に通ったわが家は、今選び直しても、おそらく公文を選びます。
なぜなら、公文の月謝はプリントだけに払うものではなかったからです。

子どもに合う教材を選ぶこと。
進む順番やペースを判断すること。
採点し、間違いを直し、学習の流れへ戻すこと。

公文には、家庭学習を続けるために必要な仕事の一部を、親以外の人に任せられる仕組みがありました。
書店には優れたドリルがたくさんあります。
計算力をつけるなら、そろばんという選択肢もあります。
公文を3年続ければ、公文の月謝もそれなりの金額になります。
「市販ドリルでも、同じことができたのではないか」
今振り返れば、そう考えるのは自然なことです。
でも、公文と市販ドリルの違いは、プリントの中身だけではありませんでした。

中学受験のために始めたわけではありませんでした

息子が公文を始めたのは、年長の秋でした。
当時は、まだ中学受験について具体的に考えていたわけではありません。
小学校へ入る前に、ひらがなを書いたり、簡単な足し算をしたりする子もいる。
けれど、家で私が一から教える姿は、あまり想像できませんでした。
何を、どの順番で、どのくらいやればよいのか。
教材を買ったとしても、それを毎日どう続ければよいのか。
そこまで考える余裕も、自信もありませんでした。

公文へ通わせれば、小学校で困らない程度の読み書きや計算を、少しずつ身につけられるのではないか。
私自身も子どものころにやっていたし、おかげで計算に苦労したことはありませんでした。
だから子どもにもやらせればいいだろう。
そのくらいの感覚で、公文を始めました。

もちろん、月謝を見て「高いな」とは思いました。
それでも、子どもに合う教材を用意し、進む順番を考え、毎日の学習につなげてもらえるなら、通う意味はあるように思えました。

今の私なら、始める前にもう少し考えます。

公文で何を身につけたいのか。市販ドリルやそろばんではなく、なぜ公文なのか。そして、その教室は家庭の負担をどこまで引き受けてくれるのか。それぞれの選択肢を比較したうえで決めると思います。

それでも、3年以上通った経験を踏まえて選び直すなら、わが家はやはり公文を選んだと思うのは、通い続けるなかで、公文の月謝はプリントだけに払うものではないと分かったからです。

教材選びと進度判断を、親が毎回しなくてよかった

公文の教材では、似たような問題が繰り返し出てきます。
少しできるようになると、ほんの少しだけ難しくなる。気づけば、次の教材へ進んでいる。

親が毎回、
「今日はこの単元を教えよう」
「次はどの問題集を買おう」
と考えなくても、学習が前へ進んでいきます。

一枚ごとの区切りが小さいことも、続けやすさにつながっていました。
子どもが疲れている日でも、
「あと1枚だけやろう」と言える。
一度に大きく進むわけではありません。それでも、小さく終わらせながら、次へつなげられます。

市販ドリルでも、同じ内容を学ぶことはできるでしょう。
けれど、家庭で進めるなら、親が今の子どもに合う教材やページを選び、毎日始めさせ、次へ進んでよいかも判断しなければなりません。
優れた問題集を買うことと、それを毎日続けられることは別です。

公文では、その流れの一部が最初から用意されていました。

週2回、学習の流れへ戻る場所があった

公文には、週2回、教室へ行く日があります。
教室へ行けば、周りの子どもたちもプリントに取り組んでいます。
そこへ行き、椅子に座り、自分のプリントをする。それを繰り返すうちに、勉強することが特別なイベントではなくなります。

もちろん毎日、予定どおりに宿題が進んだわけではありません。
決められた枚数まで終わらない日もありました。
それでも、宿題が終わっていないからといって、教室を休ませることはありませんでした。
そのまま行けば、教室で宿題の続きに取り組みます。

さらに、間違えたプリントには、山のようなやり直しがつくこともありました。
迎えに行っても、なかなか出てこない。いつもより帰りが遅くなる日もありました。
あの量のやり直しを前にすると、親の私でもげっそりします。
それでも先生は、息子が終えるまで根気よく対応してくださっていたのだと思います。

家庭だけなら、「今日はもういいか」と切り上げていたかもしれません。けれど公文には、予定どおりに進まなかった日も、学習の流れへ戻してくれる場所がありました。

これも、市販ドリル一冊との大きな違いでした。

採点を任せると、親が「間違いを見つける人」にならずに済む

わが家にとって、もう一つ大きかったのが採点です。

家庭で市販ドリルを使えば、丸つけをするのは親です。
親が問題を選び、勉強を始めさせ、終わったら答えを確認する。

間違っていれば、
「ここ、違うよ」
「もう一度やって」
と伝える必要があります。

必要なことではありますが、それが毎日続くと、親はいつの間にか「できているかを判定する人」になります。
子どもから見れば、親は間違いを見つける人です。

わが家が通っていた公文の教室では、採点ややり直しへの対応を先生に任せることができました。
だから私は、息子の答えが合っているかどうかを、毎回判定する人にならずに済みました。
山のようなやり直しがあっても、それを一つずつ確認し、終わるまで付き合うのは先生でした。

私は、間違いを突きつける側ではなく、取り組む息子を応援する側にいられます。

採点者を親の外に置くことで、親子が同じ側に立てる。

これは、始める前には分からなかった公文の価値でした。
特に共働き家庭では、親子で過ごせる時間が限られています。

その時間の多くを、
「まだやっていないの?」
「ここが間違っているよ」
というやり取りに使わずに済むことには、教材代だけでは測れない意味がありました。

ただし、採点や宿題の直しをどこまで教室で行うかは、教室によって違うようです。
公文を検討するときには、教材の内容だけでなく、家庭でどこまで対応する必要があるのかも確認したほうがよいと思います。

市販ドリルで十分な家庭もあります

だからといって、すべての家庭に公文が必要だとは思いません。

市販ドリルの中にも、優れた教材はたくさんあります。
親が子どもの理解度を見ながら教材を選び、無理なく続ける仕組みをつくれるなら、市販ドリルでも十分です。
費用も大きく抑えられます。

計算力を伸ばすことが目的なら、公文ではなく、そろばんが合う子もいるでしょう。

大切なのは、「どの教材が一番優れているか」を決めることではありません。
家庭で、どこまで引き受けられるかです。

  • 教材を選ぶ

  • 取り組む順番を決める

  • 毎日始めさせる

  • 採点する

  • 間違いを直させる

  • 次へ進む時期を判断する

これらを家庭で無理なくできるなら、公文である必要はありません。

反対に、この仕事の一部を家庭の外へ出したいなら、公文の仕組みに月謝を払う意味があります。
公文と市販ドリルの違いは、問題の質だけではありません。

誰が学習の流れをつくり、誰が毎日支えるのか。

そこまで含めて選ぶ必要があります。

今、選び直しても公文にすると思います

当時は、ほかの方法と十分に比較して公文を選んだわけではありませんでした。
それでも振り返ると、わが家には公文が合っていたと思います。

教材を選び、少しずつ先へ進めること。
予定どおりにできなかった日も、学習の流れへ戻すこと。
そして、採点や山のようなやり直しに、親以外の人が根気よく付き合ってくれること。

この仕事を家庭だけで引き受けるのは、わが家には難しかったからです。

公文に通うかどうかを決める前に考えたいのは、
「公文は良い教材ですか」
ではなく、
「わが家は、公文に何を任せたいのですか」
という問いなのだと思います。

ただ、小学生になり、中学受験を意識し始めると、別の疑問が出てきます

次は、公文算数の「ゴール」を決める

毎日プリントを続けていても、このペースで入塾までにどこまで進めるのかは、意外と見えにくいものです。
わが家では、公文をいつまでも続けるのではなく、中学受験塾へ入る時期から逆算して、一つの区切りとなる教材を決めました。

次の記事では、子どもの現在の教材と進むペースから、入塾までの目標教材を決める方法を、実際に使えるシートとともにまとめます。

現在、公文算数に取り組んでいる方は、お子さんの学年や教材、困っていることをコメントで教えていただけるとうれしいです。

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低学年戦略|焦らない中学受験 読んでもらえたこと、とてもうれしいです😊 これからも、わが家の経験を少しずつ残していきます。