ちゃんと生きようとすると、なぜか疲れる社会の話
丁寧に生きたい。
健康にも気をつけたい。
無理もしたくないし、ちゃんと眠りたいし、ちゃんと食べたい。
それだけの話のはずなのに、
なぜか、それをやろうとすると――
とても疲れる。
◆ 丁寧に生きたいのに、なぜか疲れる
身体にいいものを選ぼうとすれば、
情報が多すぎて分からなくなる。
運動しようと思えば、
「最低でも週◯回」「心拍数は◯◯」「これをやらないと意味がない」
そんな“条件”がどんどん積み上がる。
休もうとすれば、
「もっと頑張れるんじゃないか」
「このままで大丈夫なのか」
と、不安が顔を出す。
ちゃんと生きようとすればするほど、
なぜか、しんどくなる。
◆ 健康になろうとすると、しんどくなる矛盾
不思議な話だけど、
• 健康に気をつけない → 不安
• 健康に気をつけすぎる → もっと不安
という、どちらに転んでも疲れる構造の中に、
私たちはすっかり入り込んでしまっている気がします。
しかも今は、
• 「これが正解」
• 「これをやらないとダメ」
• 「それはもう古い」
という“正しさ”が、毎日のように更新されていく。
一生懸命やっている人ほど、
情報に振り回されて、疲れていく。
これって、
その人が弱いからじゃないと思うんです。
◆ 何もしなければ、今度は不安になる
じゃあ、もう何もしないでいよう。
健康も、運動も、食事も、考えないことにしよう。
――そう割り切れるかというと、
それもまた、できない。
何もしなければ、
• このまま歳を取って大丈夫かな
• 将来、動けなくならないかな
• もし病気になったらどうしよう
そんな不安が、静かに積もっていく。
つまり今の私たちは、
• やっても疲れる
• やらなくても不安になる
という、とても息苦しい構造の中にいるのだと思います。
◆ これは「個人の問題」じゃない
ここで、一つはっきり言っておきたいことがあります。
この息苦しさは、
あなたの努力不足でも、意志の弱さでもない。
これはもう、
そう感じてしまう社会の構造そのものの問題です。
• 常に成果を求められる
• 効率を求められる
• 正解を求められる
• ミスを避けることを求められる
「ちゃんと生きよう」とする人ほど、
この構造の影響を、真正面から受けてしまう。
だから、疲れるんです。
◆ 「丁寧生活」という言葉の居場所
丁寧生活という言葉は、
決して、
• 完璧な生活
• 意識の高い生活
• 何でもできる人の生き方
を指していません。
むしろ、
• 頑張れなくなった人
• 正解が分からなくなった人
• もう無理したくない人
• それでも「ちゃんと生きたい」と思っている人
そういう人のための、
いったん腰を下ろせる場所でありたいと思っています。
◆ 何者かにならなくてもいい
世の中はいつも、
• もっとできる人
• もっと頑張れる人
• もっと成果を出せる人
を、前へ前へと押し出してきます。
でも現実には、
• 途中で止まった人
• 遠回りした人
• 立ち尽くしてしまった人
のほうが、圧倒的に多い。
丁寧生活は、
その「止まってしまった場所」にも意味がある、
という立場を取り続けたいと思っています。
◆ 丁寧に生きる=戦わない、ではない
丁寧生活は、
• 逃げること
• 諦めること
• 下を向くこと
ではありません。
むしろ、
• 無理な戦い方をやめる
• 比べる基準を変える
• もう一度、自分のリズムを取り戻す
そのための、静かな再出発だと考えています。
◆ ちゃんと生きようとすると、疲れてしまう人へ
もし今、
• 何をしてもしんどい
• 頑張ろうとすると苦しくなる
• でも立ち止まるのも怖い
そんな状態にいるなら。
それは、あなたが壊れているのではなく、
今の構造が、そうさせているだけかもしれません。
まずは、
• ちゃんと眠る
• ちゃんと呼吸する
• ちゃんと歩く
• ちゃんとごはんを食べる
それだけで十分な日も、あっていい。
ちゃんと生きようとすると、
なぜか疲れてしまう社会の中で。
それでも、
「ちゃんと生きたい」と思っているあなたへ。
丁寧生活は、
今日も、少しだけ静かな場所で、灯りをつけて待っています。
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◆ プロフィール
丁寧生活|車田きよし
40歳を過ぎて身体の不調が増えたことをきっかけに、
食事・運動・休養の3つを整える生き方へシフト。
現在は「筋系ストレッチ」とセルフケアを通じて、
誰もが自分の身体を自分で整えられることを目指して活動しています。
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