第2章.大手企業への就職~離婚
=高卒なのにあり得ない出世と二度目の挫折・離婚=
「学歴コンプレックス」
県内大手(一部上場会社)に入社した私は、高校卒業なので当然現場での作業に従事することになりました。
私は、現場の作業だけでなく、特殊なプログラミングスキルを身に付けたことにより重宝されたのでした。
ここで、高卒でもやれば出来ると意気込んでいた時に事件が起こったのです。この事件で学歴コンプレックスを強く感じた私がいました。
当然、私は理解していました。高校卒業と学卒では初任給が違い学卒の方が高いということを。
しかし、納得が出来なかったことは、学卒の先輩は全く仕事が出来ず、高卒の私に全ておんぶにだっこ状態でした。
たまたまだったとは思いますが、尊敬できる部分は全くなかったのです。
顧客との調整や作業の段取り、会社への報告も全て私が行い、挙句の果てには、最後の顧客との最終確認、検収処理も全部私がやりました。
それでも、学卒の先輩の給料が私より高かったのです。
しかし、これは私にとってよい出来事だったのです。
学卒の方へのライバル心が芽生え、本気で学び本気で働いた私がいたのです。
そう、あの剣道以来...久々に私の心に火をつけてくれたのでした。

「良いお客様との出会い」
気付けば2年半が経っていました。
ある日、お客様からプログラミングの要請で指名を受けたのです。
本来、プログラミングの対応は空いている人がする仕事だったので指名などありませんでしたが、私は、プログラミングの要請で指名を受け、そのお客さんのもとへ伺いました。
そこで、先方の社長さんが自ら出てこられて私に言いました。
「以前、プログラミングしている私を見ていて、自分の息子と変わらない歳で若いのにしっかりしていて御礼をしたかったんだよ。前回は、急遽出張になって御礼が出来なかったから、今回は貴方にプログラミングして欲しいということを営業に伝えたんだ。」
私は感動しました。
私を学歴ではなく、仕事で評価してくれている人が会社の外にもいるんだということで私は感動していたのでした。
そして社長さんは、今日の仕事はもういいから今から食事行こう、と三次会迄ご馳走になりました。
この時の感動は今でも鮮明に覚えています。本当に嬉しく涙が溢れる思いでした。
そう、私は人に認めてもらいたかったのです。私は喜んでもらいたかったのです。
このことがきっかけで、一生懸命やっていればその姿を見てくれている人がいること、相手のためにやった結果、感謝されることを体感し、自分の仕事に自信が持てるきっかけになったのは言うまでもありません。
これが無かったら、早々に会社を辞めていたかもしれません。
そんな良い出会いもあり、その後の仕事は顧客の為に出来ることは可能な限りやることを決めて仕事に取り組んできました。

「営業へ転勤」
「営業に来ないか」
と突然私に声がかかったのです。とある関東支社の方からでした。
入社して4年が過ぎた時、私に転機が訪れたのです。
連絡があった時は「嬉しかった」というのが素直な感想でした。
声を掛けてくれたことに私は感動を覚えました。私を見てくれている人がいる。しかも、私を見てくれていた人は、何より営業成績が優秀な人だったのです。
過去に一緒に仕事をしたことがあり、凄く優秀で素敵な人だなと思っていた人から私に声が掛かり、その出来事が私の人生を成長に導いていったのです。
その夜、認めてもらいたかった両親に嬉しかった気持ちを報告したのでした。
しかし、両親の返答は「この家を継いで欲しかった」という衝撃的な返答だったのです。
そう、両親は私の予想と反して、けして喜ぶ顔など見せなかったのです。
そんな両親に、「優秀な営業の人からの誘いであり、その人と仕事をして自分も優秀になりたい。会社で必要な人間に成長したい」と熱く語った私がいたのです。
翌朝、瞼を腫らし真っ赤な目をした母親から
「私のやりたいようにしていいよ」
という一言がありました。
その顔を見た瞬間、両親は一晩中話し合いをしてくれたことを感じ取りました。
そう、私は初めて実家を離れることができたのでした。
何かが変わると感じた私がいました。
父親は過去に自分の意志で決められず後悔しているということを後で知りました。
実は、祖父が病気になり病院通いをしていたことで、出世する機会を逃し辛い思いを経験していた父。
同じ思いだけは私にさせたくない。そんな気持ちが、家を継いで欲しいという気持ちを上回ったとのことでした。
今では感謝しかありません。
この時、お客様が喜んでもらえることがとにかく嬉しくて、帰る時間も惜しんで仕事に励んでいたのです。
当時、遠距離だった恋愛は当然ダメになりプライベートの寂しさを仕事で紛らわしている状況でした。

「結婚」
仕事が順調な中、プライベートの時間がない私は心に寂しさを覚えていたのです。
そんなある日、結婚は突然やってきたのです。
29歳の時に知り合いのツテで出会った女性は、3歳年上の綺麗系な人でした。
しかし彼女は子供が嫌いだったのです。そんな想いは当然知っていましたが、いずれ変わるだろうと安易に考えている私がいました。
新婚時代は当然楽しかったのですが、子供が大好きな私は、日に日に子供が欲しいという想いが大きくなってきました。
しかし妻の子供嫌いが改善することは一向になかったのです。
その理由は、妻は自分自身が虐待された経験から、「子供が好きじゃないし虐待してしまうかもしれない」という想いで子供を作ることを拒否していたのでした。
周りからは、「自分の子供は可愛いからそのうち考えが変わるよ」と言われ安易な気持ちでいた私がいました。
そこで、転勤をきっかけにマンションを購入し、あとは子供だけになった時、改めて子供が欲しいと真剣に彼女に話をしてみたのです。
子供がいる将来、私達の将来について真剣に向き合ってみたのです。
ところが、妻の考えは全く変わらなかったのです。
そして、事件が起こりました。
ある夜、妻が犬を虐待したのです。
お酒に酔った妻が当時可愛がっていた犬を暴行する姿を見た時、私は子供を諦めたのでした。
その光景を見ていて、まさに虐待し兼ねないという感情が沸いてきました。
そして、子供を諦め、この先、夫婦とペットで暮らしていく覚悟を決めたのです。
そんな覚悟を決めた私を、また奈落の底に突き落とすような事件が起きたのです。

「離婚」
暫くたったある日、妻は私に言いました。
「好きな人ができたから離婚しよう」
まるでドラマのワンシーンの様でした。
そう、妻から離婚の申し出があったのです。
私は承諾したのですが、相手の家の方々にはもの凄く引き止められました。しかし、話し合いの結果納得してもらい離婚の話が出てから半月で離婚成立しました。
結婚生活は9年と長かったこととペットロスにより、38歳でまた挫折を味わうことになったのでした。
しかし、どこかでホッとした部分があったのも事実です。子供を諦めきれなかった私がいたのです。
でも、これが地獄の始まりに過ぎなかったのです。
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第3章では
独り身になり心にぽっかりと穴が空いた時に忍び寄ってきた
「自己啓発とネットワークビジネスとの出会い」についてお話をさせていただきます。
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【目次】
プロローグ
=はじめに=
第1章.幼少期~就職までの私
=剣道にのめり込み才能が開花した途端、奈落に落とされた現実=
第2章.大手企業への就職~離婚
=高卒なのにあり得ない出世と二度目の挫折・離婚=
第3章.自己啓発とネットワークビジネスとの出会い
=お金が欲しいはずが、400万円以上をなくす=
第4章.2度目の結婚
=本当の幸せとは=
第5章.27年間勤めていた大手企業の退社
= そして私が選んだこと =
第6章.インターネットの可能性
= 情報過多の今の時代は正しい情報入手と選択が必須 =
エピローグ
= 最後に =
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