そのIT(デジタル)は、誰のため?「顧客に仕事をさせる」ようになった?――模試の紙廃止、セルフレジ、ネット銀行から考える「便利」の正体 ※業務終了後の投稿
smartbbさんのブログ記事を読んだ。
模試の解答・解説が、紙ではなくデジタルで提供されるようになっているという話である。
私が受験生だった頃、模試を受ければ、問題冊子だけでなく解答・解説冊子も紙でもらうのが普通だった。
試験が終わる。
解答冊子を開く。
問題冊子を横に置く。
自分の間違えた問題を確認する。
解説を読む。
分からなければ、すぐ問題文に戻る。
必要なら鉛筆で線を引く。
付箋を貼る。
前のページと後ろのページを行ったり来たりする。
極めて単純だった。
ところが現在、一部の模試ではこの「解答・解説」がWebへ移行している。
河合塾の2026年度全統模試でも、個人成績データや「学習の手引き(解答・解説集)」などはWeb上で提供され、個人申込では紙媒体の提供・郵送はない。河合塾自身はDXのメリットとして、従来より10~14日ほど早く結果を確認できることなどを挙げている。
早く結果が返る。
これは確かに便利だ。
しかし、私はここで別の疑問を持つ。
企業にとって効率化されたことと、受験生にとって勉強しやすくなったことは、同じなのだろうか。
紙なら「開くだけ」だった
模試の復習という行為を、もう少し細かく分解してみたい。
紙なら、
問題冊子を開く。
解答冊子を開く。
それだけである。
一方、デジタルなら、
端末を用意する。
電源を入れる。
ロックを解除する。
ブラウザやアプリを開く。
ログインする。
模試を選ぶ。
科目を選ぶ。
該当する解説へ移動する。
スクロールする。
前の問題を確認するために戻る。
場合によっては、再び画面遷移する。
一つ一つは大した作業ではない。
しかし復習とは、同じ操作を何十回も繰り返す行為である。
その小さな摩擦が積み重なる。
特に大きいのが、
一覧で読めない
という問題だと思う。
紙なら、問題冊子と解答冊子を机の上に同時に開ける。
右のページ。
左のページ。
ページ上部。
ページ下部。
こうした空間的位置そのものが、情報を探す手掛かりになる。
ところがスマートフォンでは、一度に表示できる範囲が狭い。
PCでも長いPDFなら縦方向へスクロールする。
「あの説明は2ページ前の右上だった」
という感覚を使いにくい。
最新研究でも「スクロール」が問題になっている
これは単なる紙世代の懐古ではない。
2026年1月に発表されたVirginia Clinton-Lisellらのネットワーク・メタ分析では、56研究、79効果量を統合し、紙、PC、タブレット、電子書籍端末、スマートフォンの読解成績を比較している。
総合順位では紙が最上位だった。
しかし、もっと重要なのはそこではない。
スクロールが必要だったかどうかである。
スクロールが必要な条件では、紙の方がデジタル端末より明確に理解度が高かった。
一方、デジタルでも固定されたページをめくる方式で、スクロールが不要な条件では、紙との差は非常に小さく、統計的に信頼できる差が確認されなかった。
研究者たちは、スクロールでは文章の画面上の位置が動くため、
place on the page
つまり「ページ上の位置」という手掛かりを利用しにくくなることも指摘している。
これは模試の復習と非常に相性の悪い特徴だ。
模試の解説は、小説のように最初から最後まで順番に読むものではない。
問題を見る。
解説を見る。
問題へ戻る。
別解を見る。
自分の計算式を見る。
また解説へ戻る。
つまり、
復習とは、大量のBacktrackingを伴う作業
だからである。
Haverkampらの大学生を対象とした実験でも、スクロールよりページ送り方式の方が、文章全体を統合した理解が良くなる傾向があり、以前読んだ場所へ戦略的に戻る行動も多かった。
だとすれば、
「PDFにしました。スマホで見られます」
だけでは、紙の代替とは言えない。
紙が持っていた学習上の機能まで代替できて初めて、本当のデジタル化ではないだろうか。
しかも学校では「いつでもスマホ」が使えるとは限らない
提供企業から見れば、
Digital = Anytime, Anywhere
なのかもしれない。
しかし学校現場では事情が違う。
学校によっては授業中の私物スマートフォン利用を認めていなかったり、端末の利用方法に制限があったりする。
そうなると、
自宅では読めるが、学校では読めない解答解説
が生まれる。
紙にはこの問題がない。
電池もいらない。
Wi-Fiもいらない。
アカウントもいらない。
OSのバージョンも関係ない。
河合塾のWeb受験でも、対応OSやブラウザが指定され、端末を満充電にしておくことなどが案内されている。復習時にもPORTALへログインし、模試ナビから科目ごとの解説へ進む手順になっている。
さらに象徴的な例がある。
2026年の河合塾の京大入試オープンのフォロー講義では、講義そのものは対面形式なのに、持ち物として問題冊子、筆記用具に加え、「学習の手引き」を閲覧するスマートフォンまたはタブレットが指定されている。
紙の解答・解説集は配付しないと明記されている。
教室へ行く。
紙の問題冊子を机に置く。
目の前には先生がいる。
しかし解答解説だけスマホで見る。
これが本当に教育上最適な組み合わせなのか。
検証する価値はあると思う。
実際、受験生からも「紙に戻して」という声が出ている
2026年夏のSNSを調べると、全統模試について、
「解答解説を紙に戻してほしい」
「PDFは使いづらい」
「スマホで解説を見ていると別のアプリを開いてしまう」
といった趣旨の投稿が確認できる。もちろんSNS投稿は利用者全体を代表する統計ではない。しかし、少なくともデジタル化によって新たな不満が発生していることは分かる。
河合塾自身も、
模試は受けて終わりではなく、復習まで含めて学力を育てるもの
と説明している。
ならば評価すべきKPIは、
アクセスできたか
だけではない。
本当に重要なのは、
復習したか。
理解したか。
間違えた問題へ戻ったか。
次回、解けるようになったか。
である。
つまり、
Access Success ≠ Learning Success
なのだ。
ここで、もう一つ気になることがある
紙を廃止すれば、企業側では確実に減らせる工程がある。
印刷。
製本。
梱包。
配送。
余部管理。
在庫。
廃棄。
訂正版の再印刷。
これは大きな効率化だろう。
一方、私は受験生だった頃と比べて、現在の模試料金はかなり高くなったと感じる。
もちろん、これだけで、
「紙代を削った分が全部利益になった」
などと断定することはできない。
問題作成者の人件費も上がる。
物流費も上がる。
会場費も上がる。
ITシステムにも費用がかかる。
セキュリティ投資も必要である。
だから、
紙をなくしたのだから模試料金を下げろ
という単純な議論にはしたくない。
しかし、それでも一つの問いは残る。
デジタル化によって生まれた生産性向上の果実は、誰に帰属したのか。
企業のコスト削減なのか。
価格低下なのか。
サービス向上なのか。
成績返却の高速化なのか。
学習成果の向上なのか。
ここを見ないまま、
「ペーパーレスになりました。DXです」
と呼んでしまうことに、私は違和感がある。
これは模試だけの話ではない
調べてみると、同じ構造は世界中に存在する。

例えば日本のdカードでは、Web明細は無料だが、紙の利用代金明細書は2025年から1通220円になった。ソフトバンクでも紙の請求明細発行は253円で、WebではPDFを自分で取得できる。
英国のBTでも、紙の請求書は1回3ポンドで、Web上から自分でPDFをダウンロードして印刷する方法なら料金を避けられる。
ドイツのGLS Bankでは、オンラインバンキングによるSEPA振込は無料だが、紙の振込票を銀行側が手作業で処理する場合は1ユーロ、自由形式の手紙による振込依頼なら5ユーロである。銀行自身が、紙の場合は人手による処理が必要だから料金を取ると説明している。
フランスでは2026年2月時点で、調査対象銀行のインターネット振込はすべて無料だった一方、支店で銀行員へ依頼する振込は130行中122行で有料、平均4.75ユーロだった。
つまり世界的に、
自分でやるなら安い。
人にやってもらうなら高い。
というサービス構造が広がっている。
セルフレジは「自動化」なのか
スーパーのセルフレジを考えると、問題はさらに分かりやすい。
昔は店員が商品をスキャンしていた。
現在は自分でスキャンする。
自分で決済する。
自分で袋へ入れる。
スペインのCinco Díasがセルフレジを取材した記事では、利用者から、
自分が誰かの仕事をしているのに価格は同じだ
という趣旨の不満も紹介されている。
便利な場合もある。
数点しか買わないなら、セルフレジの方が速い。
人とのやり取りを避けたい人にも便利だ。
したがってセルフレジそのものを否定する話ではない。
しかし、
店員の仕事を機械が完全に代替した
のかというと、少し違う。
客自身がその一部を行っている。
学術研究では「Pseudo-Automation」という言葉まで登場している
この現象は学術研究でも議論されている。
2025年にACM系で発表されたMoradi、Levy、Cheyreらの研究は、セルフサービス機器を
Pseudo-Automation
つまり「擬似自動化」と表現した。
本来の自動化なら、
従業員の仕事 → 機械
である。
ところがセルフサービスでは、
従業員の仕事 → 顧客
へ移っている部分がある。
研究者らは、セルフサービス機器は業務を完全に自動化するのではなく、一部の労働を無給の顧客へ移す仕組みだと論じている。
別の2025年の研究では、このような行為を
Shadow Work
と呼び、セルフサービス技術によって消費者が追加の無償作業を行う構造を測定する尺度まで開発している。
この考え方はかなり重要だと思う。
「便利になった」のか、「仕事を渡された」のか
銀行のネット振込は便利である。
私は昔の窓口へ戻りたいとは思わない。
航空券のネット予約も便利だ。
セルフレジも状況次第では便利だ。
Web明細も検索性では紙より優れている。
つまり、
Customer Labor = 悪
ではない。
顧客側の作業が増えても、それ以上に、
時間短縮。
24時間利用。
検索性。
即時性。
価格低下。
パーソナライズ。
などのメリットが返ってくれば、合理的な交換になる。
問題なのは、
企業側のコストだけ下がり、顧客側の作業だけ増え、価格も下がらず、体験も悪くなる
場合である。
これを私は、
Provider Efficiency ≠ Customer Efficiency
と考えている。
さらに模試なら、
Provider Efficiency ≠ Learner Efficiency ≠ Educational Effectiveness
である。
企業の工程が減った。
だから成功。
ではない。
利用者の工程が増えていないか。
利用者の成果が良くなったか。
そこまで見て、初めて社会全体としての生産性を評価できる。
Ryanairのように企業側の論理を明示する会社もある
航空会社のRyanairも興味深い。
同社は2025年からデジタル搭乗券への移行を進め、その理由として顧客体験だけでなく、紙の削減や空港業務の効率化を挙げている。年間300トン以上の紙削減を見込むとしている。
これはある意味、非常に分かりやすい。
企業にもメリットがある。
環境にもメリットがある。
顧客にも場合によってはメリットがある。
DXとは、本来この三者を同時に改善するものであってほしい。
「紙かデジタルか」という議論ではない
ここまで書くと、
紙の方が優れていると言いたいのか
と思われるかもしれない。
違う。
2026年の最新メタ分析がむしろ示しているのは、
デジタルでも設計次第で紙との差はかなり小さくできる
ということだ。
固定ページ。
十分な画面サイズ。
高速なページジャンプ。
問題と解説の二画面表示。
自由な書き込み。
全体ページのサムネイル。
オフライン保存。
ワンタップで前の問題へ戻れるUI。
こうした設計があれば、紙にはない利点も出てくる。
検索。
動画解説。
音声。
弱点分析。
自動採点。
個人別おすすめ問題。
AI質問。
こうした機能は紙にはできない。
だから本当にやるべきことは、
紙をPDFに置き換えること
ではない。
紙では不可能だった学習体験を作ること
である。
PDF化はDXではない
私は企業のITに長く関わってきたが、DXでよく起こる勘違いがある。
紙の申請書をWebフォームにする。
紙の帳票をPDFにする。
窓口をアプリにする。
その瞬間、
「デジタル化しました」
となる。
しかしユーザーが、
以前よりクリックしなければならない。
以前より探さなければならない。
以前よりパスワードを覚えなければならない。
以前より自分で処理しなければならない。
のなら、
会社の仕事を顧客に移しただけ
という可能性がある。
企業内部では工数削減になる。
だが社会全体ではどうなのか。
従業員が5分短縮した代わりに、
10万人の顧客が毎回30秒余計な作業をしているなら、
全体では膨大な時間を消費しているかもしれない。
DXを評価するとき、「誰の時間が減ったのか」を問いたい
これから企業がDXやAIを進めるほど、この問題は大きくなると思う。
「何人削減できたか」
「郵送費はいくら減ったか」
「窓口件数が何%減ったか」
だけではなく、
顧客の作業時間は何分増減したのか。
も測るべきではないだろうか。
模試なら、
受験生は復習を始めるまでに何分かかるのか。
紙とデジタルで復習率は変わったのか。
何ページ読み戻したのか。
途中で離脱していないか。
自宅で印刷している受験生はどの程度いるのか。
学習成果は上がったのか。
そこまで調べて初めて、
教育DXに成功した
と言えると思う。
一番避けたいのは「企業にはDX、顧客にはDIY」
企業から見れば、
Digital Transformation
でも、
顧客から見れば、
Do It Yourself
になっている。
そんなサービスは意外に多い。
模試。
銀行。
セルフレジ。
航空。
通信。
クレジットカード。
もちろん昔へ戻ればいいという話ではない。
人手不足の社会で、すべてを有人サービスに戻すことも現実的ではない。
だから必要なのは、
企業と顧客の双方が得をするデジタル化
である。
企業のコストが下がる。
顧客の手間も下がる。
価格やサービスへ還元される。
教育なら学習成果が上がる。
そこまでできればDXである。
そうでなければ、それはもしかすると、
単なるコストカットを、「便利」という言葉で包んでいるだけ
なのかもしれない。
smartbbさんの模試に関する問題提起は、小さな話ではないと思う。
私たちの生活のあちこちで進んでいる、
「デジタル化のコストを誰が払い、誰が利益を受け取るのか」
という、かなり大きな問題につながっている。
次に「便利になりました」と言われたら、一度だけ考えてみたい。
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