シロクマ文芸部|Woodstockの夏はいつも夜
夏休みにありがちな、ありあまる時間と倦怠、眠たいほどの孤独がまとわりつくのは嫌いじゃなかった。
知っていたのだ。輝かしく特別な時間を持て余すことができるのは、若さの特権だということを。
その夏、私はウッドストックの郊外に遊学をしていた。
光が降りそそぐシェアハウスで一緒になったのは、のちに私の人生に消えないスペルミスを刻みつけることになるシンシアだった。同い年の彼女は出逢ったときからずっとリーバイスのデニムに古着のシャツを羽織っていた。
週末、私たちは庭にデッキチェアを持ち出して、太陽の愛撫を受けるべく一日中寝そべるのが常だった。
青々とした芝生の上には、シンシアの愛読書であるジャック・ケルアックのペーパーバック──どこもかしこもボロボロで余白にびっしりと書き込みがしてある『オン・ザ・ロード』──や、カルト的な人気があった村上春樹の『The Wind-Up Bird Chronicle(ねじまき鳥クロニクル)』のペーパーバックが放り出されていて、持ち出したスピーカーからオルタナティブ・ロックのギターリフが流れていた。
ウッドストックはヒッピー文化の幸福な残骸がギリギリ残っている街で、ダイナーにはグランジファッションの学生たちがビール一杯で何時間もたむろしていたし、通りに出れば剥き出しの鉄のようなバイクに跨った男たちが東洋人の私を値踏みするように視線をよこした。
「ねえ、明日マンハッタンまで行ってみない?」
ある日デッキチェアから急に起き上がったシンシアが、色素の薄い瞳で私に微笑んだ。
「ケルアックが『オン・ザ・ロード』の構想を練ったオゾン・パークにある家とか、彼らがたむろしていた古いバーとか見てみたいの。それに私たちは路上に出るべきよ。たとえそれが安物の高速バスだとしてもね」
影響されやすい彼女は、いつかバッグひとつで家族や恋人や社会的地位を捨てて、果てしなく遠い土地に行くのだと決めているようだった。
翌朝私たちは霧の立ちこめるウッドストックを出発した。
高速バスがグレイッシュな空が近づくにつれ、車窓の景色はコンクリートの塊へ変貌していった。私は無性に胸が高鳴った。マンハッタンの街が水で解いたような薄い闇が漂っていているように感じて、何百年も前からそこに棲みついている亡霊みたいで。
地下鉄を乗り継いで向かったマンハッタンの空気はウッドストックとはまるで違った。排気ガスとドーナツの油の匂い、無数の人種が行き交う強烈な熱気。看板、媚び、依存、混沌。硬貨を数えるジャラジャラとした金属音がどこからともなく聴こえてきた。
「ここよ。ここに、ケルアックがいたの」
シンシアが高揚した声で振り向いた。けれど、息を切らせて辿り着いたその場所には、想像していたような「ビートニクの聖地」は存在しなかった。
かつて若き天才たちが文学の火花を散らしたはずのバーは薄汚れたクリーニング店になっていて、主人公サル・パラダイスと親友ディーンが住んでいたとされるアパートメントは何の変哲もない両替所に変わり果て、雑踏に埋没していた。
ビルの前に立ち尽くす私たちに、「あれは脚色されているだけなんだ」と両替所の黒人のおじさんがしゃがれた声で言う。
もちろん、そんな事はわかっていた。ただ、あまりにシンシアがせつない表情をしていたので、どうしたらいいのかわからなかったのだ。
人混みの中、私たちは哀れで、ひどく見窄らしかった。
「なんだ、もう帰ろ」
ペーパーバックの角を爪でいじっていたシンシアの感情は、ある地点を目指して駆け登り、そこを過ぎると急速に沈まっていったけれど、むしろ彼女が物憂げに黙りこんだり、うんざりしたような薄笑いを浮かべるたりすることの方が、私をより哀しくさせた。
ささやかな聖地巡礼はあっけなく、何のドラマも起こさずに終わりを迎えた。ハリウッド映画のように人生を変える衝撃、もなかったし、胸がおどるとびきりな出逢い、もなかった。
イーストビレッジの片隅にある床にピーナッツの殻が散らばった薄暗い古着屋に入ったときだ。私はそこで奇妙なものを見つけた。
悪趣味なほどのピンク色の古い腕時計だった。文字盤にはチープな金色の文字で「No Where(どこにもない)」とだけ書かれている。
ある種のチープさはとてもせつなくて、胸が痛くなる。嘘っぽいものの持つ、けなげさが宿っているから。
「本気で欲しいの?」
シンシアが呆れたように肘を突くのを無視して、私はそれを買い取った。
意地になっていたのだ。この時間が意味のあるものだと思いたいと言うよりも、何か意味があって欲しかった。ちゃんと意味があって、その答えをわかっていると思いたかった。
帰りのバスに乗りこむとすぐに真っ暗になり、アメリカの果てしない闇が広がっていた。
私はピンク色の腕時計を膝の上で弄んだ。耳を近づけると、チッ、チッ、と頼りないプラスチックの歯車が噛み合う音が聴こえ、窓の外に『ねじまき鳥クロニクル』で主人公が潜りこんでいた果てのない井戸の底のような暗闇が流れていった。
「脚色がないから眩しいのね、人生って」
こんなときでも文学的なことを言うシンシアはガラスに頭をもたげ、目を伏せた。彼女の背後には、翌年、同時多発テロで崩壊したツインタワーが巨大な亡霊みたいにそびえ建っていた。
わたしは誰かの詩を思い出した。
〈夜は、夢を見ること、世界を恐れることを教えてくれる〉
うつくしい答えだ。
けれど、言葉は教えてくれない。
夜は、幻滅をわからせるということを。
現在シンシアは、すっかり高級化してしまったウッドストックで大学教授の夫と共に暮らしている。土地が跳ね上がった街は、ニューヨークの富裕層が週末を過ごすためのブティックホテルだらけになり、溜まり場だったダイナーは洗練されたオーガニック・カフェに変わってしまった。
かつてケルアックを熱狂的に語っていたシンシアは、論文の翻訳を淡々とこなしているらしい。いつだったか、「世界一退屈だけどね」と電話で話していた。
腕時計は帰国のどさくさで、とうに失くしてしまった。
夜のバスで分けあった「No Where」の甘だるい自由さも一緒に。
(了)
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