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第1回 26歳、未経験だけど僕はデザイナーになりたい!   

28歳営業マン 未経験だけどデザイナーになる!!!


62歳、デザイン会社経営。
28歳未経験からグラフィックデザイナーになった僕の話です。


はじめに

 僕は今、代々木で小さなデザイン会社を経営している62歳の男です。
グラフィックデザイナーになって34年、(会社を作って22年。
本当に時間の経つのははやいなぁ・・・ とあらためて思います。
 我ながら、まあまあよくやってきた!(誰も褒めてくれないので自分で褒めてみた)
 そんな僕ですが、実は美大もデザインの専門学校も出ていません。
大学は文系の経済学部。社会人として最初に就いた会社と職種は、内装会社の営業マンでした。
 そんな僕が、26歳の時、「僕はグラフィックデザイナーになりたい! 
いやなる!!!」と突然思ってしまった!!!
 もちろん業界未経験、グラフィックの世界もMacなんてまだなく、写植(死語!!!)が一般的だった時代です。
 それから34年。
グラフィックデザイナーになり、会社をつくり、うまくいったことも、失敗や、もうあかん・・・ と思ったこともそれはそれはたくさんありました。

 ある時、知り合いのライターさんから、「土岐さんの人生、面白いからnoteでまとめて発表してみたら!!」と言われ、単純な僕は、「一生に一度くらい自分の歩みをまとめてみるのもいいかも!!」という軽いノリで、noteを始めてみました。
このnoteでは
なぜ26歳の営業マンがグラフィックデザイナーを目指したのか!
どうやって未経験からグラフィックデザイナーになったのか!
そして、なぜ40歳で会社をつくったのか!

そんな僕自身の話を書いてみようと思います。

これから社会人になる人。
自分が将来何をしたいのか、まだわからない人。
社会人にはなったけれど、「このままでいいのかな?」
と、ときどき考えてしまう人。
そんな人に読んでもらって、
「こんな生き方もあるんだな!」
「じゃあ、自分も挑戦してみようかな!」

など、何か一つでも感じてもらえたら嬉しいです。
人生、思っていた方向とは違うところへ進んでみるのも、
案外悪くないものです。

第1回 

26歳、僕はグラフィクデザイナーになりたいと思ってしまった

 「はじめに」、でも書いたけど僕は私立の大学の経済学部を卒業して内装会社の営業マンとして社会人デビューしました。
 先ず、そもそも数ある会社の中から何故内装会社を選んだのか? からお話しします。
 大学3年くらいになると、周囲は就職をどうするか? の話題でもちきりになります。それまでどの業界に行きたいか、をあまり深く考えていなかった僕は、もともとモノを作るのが好きだったこともあり「広告とか作る仕事がいいな〜〜」などと脳天気に簡単に考えていました。
 そこで色々調べてみると、CMとかは広告代理店という会社が作っていて、『D通』とか『H報堂』とか(とか!!)いう会社があって、そんな会社がTVで見るCMを作っているんだ〜 とかなり遅まきながら知ったのです。
 世間知らずで単純な僕は、「よし!『D通』とか『H報堂』みたいな会社に行入ってCMをつくるぞ!」と思い、広告代理店という会社に片っ端から履歴書を送りました!(今思えば、『D通』とか『H報堂』に履歴書を送るなんて、なんて身の程知らずで恐れ多いことをしたんだ! 本当に世間知らずでした・・・汗)
 もちろん大手は全部ダメでしたが、何社か入社試験には行きました。
今でも覚えているのはある広告代理店の試験で、会場に入るとヘッドフォンを渡されいきなり英語が流れはじめ、それを聞いてやはり英語の回答用紙に記入する、という試験。もちろん一つも分からずに回答用紙は白紙のままで帰りました。
 広告代理店へは20社以上に応募し全部落ちましたが、同時に飲食業界への就職活動もしており、スカッと爽やか!の日本⚫︎カ⚫︎ーラ、とか『お〜〜〜い お茶!』の⚫︎藤園とか、ポッ⚫︎コーヒーとか、あと忘れたけど何社か内定をもらいました(当時は時代的に売り手市場でしたね)。
 「あ〜〜このまま普通に社会に出て、社会人になるんだな〜〜、これが現実だ〜〜」 なんてぼんやり思っていた頃、父親の弟(おじさん)が、僕が広告代理店に行きたがっているが上手くいかないようだ、という話を父から聞いたらしく、「友人が、内装会社大手のT社という所にいるので会ってみたら?」 と親切にも教えてくれました。
 T社は広告代理店ではないですが、店舗やショッピンセンターの内装や博物館、展示会などの企画〜設計〜施工をしている業界大手の内装会社でした。
「広告じゃないけど、ゼロから企画して形にする会社って面白そう!」と思い、早速履歴書を持ってその方にお会いしました!(中原部長、まだお元気でしょうか??? その節は本当に有難うございました!)
 そして気持ちが通じたのか、中原部長の力が強かったのか(多分後者)、なんとか役員面接までこぎつけました。

 当時の内装業界は、売上は1位がN工芸社で、T社は2位でした。面接の前にOB訪問をした際の先輩から(⚫︎島さん、元気ですか〜〜?)、「面接では必ず『なぜN工芸社ではなく、当社を選んだのですか?』と聞かれる。その時は『1位はいつか落ちますが、2位は1位になるチャンスがあります!』と言うといいよ!!」とアドバイスをしていただきました。
 そして役員面接、案の定この質問が出たので教えていただいた通り「はい!1位はいつか落ちますが2位は1位になるチャンスがあります!」と言ったら、ある役員から「君は理屈っぽいな〜」と言われ「が〜〜〜ん!!ダメだこりゃ!落ちた!」と落ち込みましたが、結果はなんと内定をいただけました!
(振り返ると、自分でも理屈っぽくて素直な答えじゃないな・・・と思います)(萩⚫︎さん、お元気でしょうか? 僕はなんとかやってます!)

 そんなこんなで入社したT社。営業としての配属されたのが、専門店を担当する部隊でした。具体的には紳士服や婦人服・ジュエリーなど、誰もが知っている超有名なお店などです。最初は、超有名な紳士服の担当だった当時の先輩にくっついてお店まわりをして、営業の基本を教えていただきました。(その先輩は今やT社の社長です!!! とてもスマートでカッコよかった⚫︎林さん、大変お世話になりました!!! 「お前は字が雑で汚い!もっと丁寧に書け!」とよくしかられましたね・・・)。
 営業マンの仕事は、お客様が新しいお店を出店するという話をいただくと、話を伺いに行き、予算やイメージを伺い、社内のデザイナーさんに設計をお願いすることから始まります。デザイナーさんが描いた設計図をもとに購買部が原価見積を作り、営業が利益を乗せてクライアントに提出〜交渉〜契約という流れです。
 ここで簡単にT社の構造をお話しします。大きく分けて【営業】【デザイン】【購買】【制作】という部門がありました。【営業】はその名の通り、仕事を取ってきて見積を作って売る。【デザイン】はお店のデザインをする、【購買】は図面から材料や人件費等を計算し原価見積を作る、【制作】は工事が始まると現場に入り監督になって、完成〜引き渡しまでを管理する、という役割でした。

 入社3年目くらいになると、少しづつ新しい案件を任されるようになります。お客様から新規店舗の依頼を受けると【デザイン】部に行き、店舗デザイナーさんにデザインの相談に行きます。
 当時はまだパソコンではなく、デザイナーさんは大きな図面台に向かって設計図を引いていました。大体みんな口ヒゲを生やして、ポロシャツの襟を立てて、Gパン(死語?)を履いていて、僕が打ち合わせに行くと「お〜〜トキちゃん、元気〜〜? 調子はどうよ?」とか話しかけてくれて(なぜかちゃんで呼ばれる)、スーツ姿の僕には兎に角カッコよく見えた!「デザイナーさんって、なんてカッコイイんだ!!!!😍」と羨望の眼差しでみていました(鳥⚫︎さん、佐⚫︎さん、福⚫︎さん、今⚫︎さん お元気ですか?! 大変大変お世話になりました!! 皆様のおかげで今の僕があります!!)。
 

当時のデザイナーさんのイメージ!!
くぅ〜〜〜〜〜 カッコええ!!!!!!

少し仲良くなると、僕が絵が好きだということを聞いたデザイナーさんが、本番の平面図に色鉛筆で色を塗らせてくれるようになりました。百貨店とかの平面図だと、ここは何コーナー、などコーナーごとに色鉛筆で塗り分けをしていたのです!(今では考えられませんね!!!)
 僕が色を塗ると「トキちゃん、なかなか上手いじゃん〜〜!」とか褒めてくれると、嬉しくなって舞い上がっていたことを今でも鮮烈に覚えています。

 そんなこんなで、デザイナーさんと仕事をするようになると「仕事を取ってきてお願いする側ではなく、自分が手を動かしてデザインする側になりたい!!! Gパンを履いて仕事をしたい!!!」と、僕の中に眠っていた「手を動かす仕事につきたい!」という気持ちがにょきにょきと湧き上がってきたのです!(これを 1st impact! と呼ぶ)
 また、年齢が同じ35歳くらいでも、スーツを着た営業マンはおじさんに見えて、ヒゲをたくわえ、ポロシャツ+Gパンのデザイナーさんは若くて、すっごくカッコよく若く見えて、「あ〜〜〜このまま行ったら、僕も普通の冴えないおじさんになっていくのかな〜〜〜」などと考えていました(当時の先輩方 大変すみません!)。  
 あともう一つ、これは今まで恥ずかしくて誰にも言ってなかったけど、当時の僕はだんだん髪の毛が薄くなり、「このままだと禿げる!!」と自分でも分かっていました。「そうなったら坊主にしよう!」「でも営業マンが坊主だとカッコ悪い! デザイナーなら坊主でもかっこいいのでは???」という、他の人が聞いたら「バカなの?」と思うことを僕は真剣に悩んでいて、でもそれもデザイナーになろう!!と考えた要素として5%くらいあります。(今ではすっかり坊主です・・・・)

 脇道にそれましたが、じゃあ手を動かす仕事といっても具体的に僕は何をやりたいのだろう? と冷静に考えた結果、もともと絵を描くのが好きだったので、【ロゴマーク】を考えたり、【雑誌のデザイン】とかをする職業につきたい!! と思うようになりました。
 そこで色々調べたら、そのような仕事は【グラフィックデザイナー】という人たちがやっているらしい!!! とその職種を初めて知ったのです!!!(2nd impact!
 でもグラフィックデザイナーという職種の人たちは、美術大学やデザインの専門学校を卒業している人がなるのがほとんどで、全くそんな勉強をしてきていない僕がなれるはずがありません。「今更美術の学校とかいけないしな〜〜〜 やっぱ無理かな〜〜」と悶々としていたある日【運命のハガキ】に出会うのです!!!
(第2回 「あなたには絵の才能があります!」という返事がきた!!)


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